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第10話 イメルダからの使者(2)

第三章中盤の山場です。

使者との外交シーンを描いております。

 イメルダ・マルキウスからの使者として、後継者のイレーネ・マルキウスがやってくるとの知らせが郡都カルディツァに届いたのは彼女たちがラリサを発った日。

 早馬で届いた知らせを聞き及び、二人の女性が郡伯カロルスの屋敷を訪れた。対照的な青い髪と赤い髪をした美女であるが、その立場もまた対照的であった。

「同行する交渉官の筆頭はイメルダの『懐刀』(ふところがたな)ファビア・ウァルス――予想の範囲内でしたが、やはりそうですか」

 青い髪のユーティミアは大蔵府から派遣された若き官僚。数字にはもっぱら強く、カルディツァ郡とキエリオン郡の財政状況を知り尽くしている。

「まだ赴任して間もないカロルスに何を要求してくるのかわからぬな。応じられないような無理難題を突き付けてくるのではないだろうか」

 赤い髪のラエティティア――その名前で呼ばれるのを好まず、アグネアと名乗っている彼女は王国正規軍から派遣された連絡将校。カルディツァ郡に駐留する王国軍の態勢はすべて彼女の頭に入っている。

 それだけでなく、たった一人で数十人の賊を翻弄した腕の立つ武人でもあり、郡伯カロルスにとっては戦友といってもよい存在であった。

「おそらく、以前と同じ水準の貢納を求めてくるのは間違いないでしょう。将校殿がおっしゃる通り、最初に無理な要求を突き付けてきそうな気もします」

「その場合はその要求そのものを吞ませるのが先方の目的ではなく、真の狙いは別にあるかもしれないな」

「ええ、そこからどうやってこちらが妥協を引き出せるかですが……」

 ユーティミアの表情は明るくない。二つの郡の財務諸表が意味する内容を知り尽くしているゆえに、妥協の余地が決して大きくはないことを知っているからである。

「貢納金が納められないなら、別の何かを要求するかもしれないな。考えられるのは賦役(ふえき)労働(ろうどう)、あるいは軍役(ぐんえき)奉仕(ほうし)への従事か。うーん……」

 腕を組んでうなるアグネアの隣で、シャルルが口を開いた。

「賦役はともかく、まともな軍隊がまだない俺に軍役という選択肢があるだろうか」

「あるさ――機動甲冑という物がな」

 そう口にしたアグネアの目が鋭く光る。

機動甲冑(あれ)は王都で修理中だぜ」

「だが、いずれは戦列に復帰するはずだ。それを見越して要求してくる可能性は大いにあり得る。竜を駆逐した超兵器がイメルダの味方に付いたとなれば、テッサリアはこの王国内で絶大な軍事的圧力を持つに至るだろう。そうすると困ったことになる」

(女王陛下への叛意(はんい)あり――そう思われても仕方が無くなるな)

 シャルルは先日カリス・ラグアンシアとの対談を思い出していた。

 姪のオクタウィアが資格者に登用された経緯。

 それを叔母のラエティティアが知らないはずがない。

 おそらく彼女の抱いている懸念の一つに、資格者カロルス・アントニウスが王国に反旗を翻す疑念が広がること、それがあるだろう。

 それを理解しつつ、シャルルはあえて論点を別のところに向けた。

「イメルダがより増長する。軍事的均衡が崩れるってわけだな」

「そういうことだ。テッサリアが動員できる兵力は三万。これだけでも周辺地域への圧力はただならぬものがある。ここに機動甲冑が加わってみろ。戦乱の引き金になりかねない」

「三万も兵力があるとそれだけで十分脅しになると思うがな……」

「交渉の席で武力をもって威圧を加えることを匂わすようなら、カロルスに代わって私が矢面に立とうか。なぁに、ちょっとばかり凄みを利かせてやるだけさ」

 不敵な笑みを浮かべるアグネアに対して、ユーティミアは少しばかり顔を引きつらせている。そんな空気を手を叩いた彼が打ち破った。

「このカルディツァで一番財政に明るいユーティミア嬢と、一番腕の立つアグネア殿がいるんだ。何も怖いことはねぇさ。この上どうにもならない要求をされたら腹(くく)るしかねぇだろうがな」

 重要な作戦会議ということで、クロエに代わって同席し、自ら隣席者たちにお茶を注いでいたヘレナがこんな口を挟んだ。

「シャルル様のその()()()()()()()はいったいどこから来るのでしょうか」

「親譲りってやつだな、たぶん」

「はぁ……カロルスの親御様はさぞかし()()だったのだろうな」

 ため息をつき、アグネアはそのような人物評を口にしたのであった。


 ***


 カルディツァの格式ある宿の車寄せに豪奢な装飾を施した馬車が滑り込んだ。

 亜麻色の髪に白い帽子をかぶり、貴人らしいドレスを身に付けた女性はイレーネ・マルキウス。イメルダ・マルキウスの後継者としてテッサリアの誰もが名前を知っている彼女の姿を一目見ようと、遠巻きに人々が集まってきた。

 その帽子を脱いで人々に向けて高く掲げると歓声が上がった。その反応にまんざらでもない微笑みを浮かべ、イレーネは宿の中へと入っていく。

「悪くない反応だったわね、そうは思わない? ファビア」

御屋形様(おやかたさま)とお嬢のご威光が届いている証左でございます」

「突然領主が更迭されてどこの馬の骨かもわからない輩が領主にやってくるなんて、このカルディツァの領民も戸惑っているのでしょうね」

 宿の最上級の一室に入り、母の懐刀とされるファビア・ウァルスとともにワインを口にしたイレーネは、翌日の会談に向けてどう臨んでいくか、ファビアと綿密な打ち合わせを行った。


 その翌日、カルディツァ領主の屋敷にイレーネは招かれた。馬車から下りた彼女を身長六フィートほどの大きな体躯をした人物が出迎えた。

「ご機嫌麗しゅうございます。イレーネ・マルキウス嬢」

 栗色の髪をしたその人物は膝をついて首を垂れる。

 礼儀正しい立ち振る舞いは、野蛮人どころか騎士のそれであった。

「お初にお目にかかります。カルディツァ郡伯カロルス・アントニウスと申します。ようこそわが邸宅へ。お会いできて光栄にございます」

「こちらこそはじめまして、カロルス・アントニウス殿。お会いできるのを楽しみにしておりました」

「ご来訪をお待ち申し上げておりました。どうぞお入りください」

 郡伯カロルス自らがイレーネを屋敷の大広間へと案内した。

 幾人かの交渉官もそれに付き従い、大広間に入る。先頭に立つ堂々とした足取りの婦人に、青い髪を切り揃えた眼鏡の知的な女性と赤い髪を後頭部で束ねた王国正規軍士官を制服を着た武人が歩み寄った。

「大蔵府主計局主査、ユーティミア・デュカキスと申します」

「正規軍カルディツァ駐留大隊連絡将校、ラエティティア・クラウディアです。以後アグネアとお呼びください」

「主席交渉官ファビア・ウァルスでございます。どうぞ以後お見知りおきを」

 こうして郡伯カロルスたちカルディツァ政庁の官僚とイレーネたちマルキウス氏族の交渉官が一堂に会し、会議が始まった。早速ファビアが口火を切った。

「女王陛下による領主の更迭、ならびに任命に対して、当主イメルダ・マルキウスはこれまで容認できないと申し上げてまいりました。しかしながら、新たな領主として赴任なされたアントニウス卿が我らマルキウス氏族に対して貢納を行うのであれば、その限りではない――こう考えております」

「ご理解に感謝申し上げる。ついては貢納の条件を取り決めたいが、よろしいか」

 郡伯カロルスの申し出に、ファビアは配下の者にこう命じた。

「原案をお持ちいたしました――これを皆様にお配りするように」

 会談の席についた全員に紙が渡った。それを目にしたユーティミア・デュカキスの顔色が変わる。

「前年度基準で六カ月相当の前納、加えて同額の保証金……前納はともかく、保証金とは何ですか?」

「昨今のテッサリアは穀物の深刻な不作により徴税が滞ることが少なくありません。加えてアントニウス卿は我らとは全く縁も関わりもなかった御仁でございますので、貢納が滞りなく果たされるかわかりませぬ。したがって保証金を求める次第です」

「馬鹿なッ、実質一年分の前払いではありませんかッ。こんなものをどうやって用意しろっていうんですかッ!」

 露骨な嫌がらせと受け取ったのか、ユーティミアは不愉快を隠さなかった。

「アントニウス卿は先の戦いで擱座(かくざ)した、あの『機動甲冑』とやらを修復されていると聞き及びました。たいそうお金がかかるそうでございますね」

 郡伯カロルスは驚きを隠さなかったが、彼は口元にわずかながら笑みを浮かべた。

「ほう、なかなか事情通のようだな。ファビア殿は」

「失礼ながら、それだけのお金を用意できる伝手(つて)があるのだろう、と愚考するものでございます」

「とんでもない。あれは借金だ。いろいろ手を尽くして確保してもらった。この上、またカネを借りるなど、どだい無理な話だ」

「これは困りましたねえ……支払い能力がないとおっしゃるのなら、身体で支払ってもらうしかないのですが」

「領内から賦役に出せということか? それも断る」

 意外と素っ気なく言い放った彼に、婦人は眉をピクリと動かした。

「カルディツァの領民は湊町復興のためにすでに動員している。他に賦役に出すなど忍びない話だ」

「正規軍も一個大隊を動員して復興事業に従事しておりますが、もう冬が目前に近づいているのに、まだ冬を越せる家がない者たちがいる。今は時間がないのです」

 郡伯カロルスとアグネアの二人が切実な事情を口にする。しかし、ファビアはそれを知ったうえでその話を持ち出したのだ。

「賦役も難しいですか。そうすると、領民思いのアントニウス卿には自ら一肌脱いでいただくしかございませんね」

「軍役奉仕せよと?」

「左様にございます。『竜殺し』との異名はラリサにも伝わっております。貴殿ほどの武人がテッサリアに味方すれば、この平野一帯の平和を脅かすものなどいなくなりましょう」

「はっはっは! 買い被りすぎだ。ファビア・ウァルス殿の慧眼には今の俺に私兵がないことなどお見通しのはず。三万のテッサリア軍に俺一人を加えたところで、何の役にも立つとは思えないが、そのお考えは如何(いかが)なものか?」

「貴方様に機動甲冑『エールセルジー』が加われば一騎当千の精鋭に値する。違いますかな?」

 イメルダ・マルキウスはこの郡伯カロルスという人物に興味を抱いていた。

 ファビアは懇意にしている情報源から貴族たちの一部に「どこの馬の骨かもわからない者」と彼を忌避する動きがあることを把握するに至った。この人物を味方に引き入れることができれば、イメルダの覇道にも役立つと考えたのだ。

「テッサリアが直轄領を除く勢力と接する境界線は少なく見積もっても四〇〇マイルほどあるそうじゃないか」

 唐突な問いかけ。

 意図がわからずファビアは一瞬言葉に詰まった。

「トリカラやゴロスといった宿敵と接する長大な国境線を守るにはどうしても大軍が必要になる。それが三万の軍勢というわけだろうが、馬鹿でかい鋼鉄の塊がたった一つ増えたところで、入り組んだ国境を守るには何も寄与しないはずだ。違うか?」

 ファビアは何も言わなかった。

 否、言えなかった。イメルダの意図に気づかれるおそれがあるからだ。

「機動甲冑は確かに強大な兵器だ。これまで戦争のない時代をずっと謳歌してきた王都の奴らもそれに気づいたらしい。ものすごい勢いで研究が進んでいる――しかし、機動甲冑は貴殿らの望んでいるような長大な国境線の防衛には向かない。当てにしているなら見込み違いだと申し上げておこう。それでも欲しいとおっしゃるなら、別の意図を疑わないといけなくなるがね」

「アントニウス卿はあまり前向きでないようですね。残念ですね、実に残念――御屋形様もそうおっしゃるでしょう」

 前向きな回答を得られなかったファビアは一つの狙いを諦めた。

 そして、もう一つの狙いに的を絞る。

「では、こういたしましょう。パラマス湊を租借地としてお貸し願いたい。それなら貢納金の前納も、保証金すら不要です」

「租借地とは、具体的にはどういうことか?」

「向こう十年間、パラマス湊における治外法権の保証、すべての徴税権ならびに港湾使用の許認可権の譲渡、これらを認めること。十年後に保証金の支払いがなければ、さらに向こう十年間、同じ条件での租借を認めること」

 つまり、カルディツァ郡の経済に重要な役割を果たしている港湾利権を渡せという要求であった。

「保証金は不要といったな。実質、保証金が払われない限り、しかも払ったとしても十年間は確実に港湾利権を手放さないと聞こえるのだが」

「そのご理解でおおむね合っておりますよ。アントニウス卿」

「それは困ります! 港湾使用料が取れなくて税収が落ち込む。領内の財政が確実に悪化します!」

 腕を組んだ郡伯カロルスの右隣に座っていたユーティミアが声を上げた。

 カルディツァ郡の沿岸部にあるパラマス湊は、金納が見込める安定財源でもあったから、無理もないであろう。だが、その反応もファビアの想定の範囲内である。

 彼女は冷たい表情でこう言い放った。

「賦役も出せない、軍役も出せない、カネも出せないのでは、どうやって貢納するとおっしゃるのですか? 港湾を差し出せばそれらを免除してもよい、こう御屋形様はおっしゃっているのです。そのご温情を無駄にするおつもりか、デュカキス殿」

「……っ!」

 さらに言葉に力を入れて、ファビアが詰め寄った。

「このまま交渉が成り立たないようであれば、打ち切らざるを得ませんぞ。貢納か、それとも剣をお取りになるか、決めるのは貴殿らです」

 追い詰められたユーティミアの額に脂汗が浮かぶ。

 ファビアの黒い目が怪しく光った。刹那、郡伯カロルスがすっくと立ちあがった。

「よし! わかった! こうしようか!」

 突然、居並ぶ両陣営の視線を集めた彼。

 微塵も動じることなく、古びた小さな革袋から何かを取り出した。

 指先で弾いたそれが宙に舞い上がる。キラキラと光る一枚の貨幣がくるくると回転して、再び彼の手の届くところに落ちてきた。

 それをつかみ取った彼は、無造作に机の真ん中に差し出した。

「今回はこれで収めてもらえると助かる」

 たった一枚の山吹色(やまぶきいろ)をした貨幣を目にした一同の息が止まる。

「この国ではたいそう貴重なものと聞き及んでいるが、これ一つでもそれなりの額になるんだろう?」

「う、嘘……なんで」

「……こ、これはっ」

 鳩が豆鉄砲を食ったようにユーティミアが呻いた。それは机の向かいに座っていたイレーネとファビアも同様であった。身を乗り出して凝視する。

「ファビア、これは……黄金(こがね)では……」

「しかも、かなりの高純度と見受けられます」

 食い入るように眺めている二人の反対側、郡伯カロルスの左隣に座っていた赤髪の武官アグネアは平然とした顔でこう言い放った。

「純度にしておおよそ九割。これ一つで王立大図書館と博物館をまとめて一年は面倒が見れる額になろうか。あるいは船の一つ二つ新造しても余りあるであろうな」

「……こんなもの、いったいどこで!?」

 落ち着き払っていたイレーネが感情を露わに訊ねる。

 その正面に聳え立っていた彼は飄々とした口調で答えた。

「昔、はるか遠くの東の国へ遠征に行ったとき手に入れた金貨でね。お守りと思って肌身離さず大切に持っていたものさ。それをイメルダ殿に献上しましょう。さすれば貴女の顔も立つのではないですか? イレーネ嬢」

 気前よくそう言った彼に、イレーネとファビアをはじめとするテッサリアの交渉官と、ユーティミアをはじめとするカルディツァの官僚たちは一様に絶句した。

「貴重だとは聞いたが、足りない分は物資とかでどうだ? 善処するぞ。ファビア・ウァルス殿」

 彼が追い打ちのごとく放った言葉に、こみ上げる笑みを必死でこらえたアグネアとヘレナだけが互いに目を合わせて頷きあっていた。

これが本当の異世界チートだ!

ということで、シャルルが異世界から持ち込んだ金貨が役に立ったのでした。

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