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第20話 王都への凱旋

 湊町パラマスでの戦闘から十二日後――。

 竜と街の犠牲者の遺体や、麻薬取引に端を発する数々の不正の証拠の回収などの戦後処理に目途がついた第一陣、第二陣の派遣隊は王都に戻ることになった。

 王都では第一陣、第二陣の派遣隊と入れ替わる第四陣、歩兵を中心とした二個中隊二四〇余名の編成が完了しており、領主が王都に連行されたため政治空白が生まれる恐れのあるカルディツァ郡に駐留することが決まっていた。

 解体された竜の遺体を乗せた船舶がパラマス湊から北のパトラ湊へ向けて出航したのを見届けたシャルルたちは同日エールセルジーを稼働させ、パラマスの湊町を経った。郡都カルディツァを経て、街道を王都へ上る二泊三日の道のりであった。

 郡都では同日到着した第四陣に対する各種引き継ぎが行われた。それが滞りなく済んだ翌日、第一陣と第二陣は街道を北上して関所を越えて、女王の直轄領に入った。その日のうちに両部隊は王都に入ることも可能であったが、ある事情により一日到着を遅らせることになっている。


「では、カロルス、オクタウィア。万事よろしく頼みます」

「「はっ! お任せください」」

 そんな中、シャルルはオクタウィアを伴ってエールセルジーとともに別行動をとることになっていた。それはベアトリクスからの依頼による。

「くれぐれも道中気をつけるのですよ、シャルル」

「はっ、かしこまりました。ソフィア様」

「あなたが王都に着く頃を見計らって、わたくしたちも明日王都に向かいますから」

 シャルルはオクタウィアの身体を抱き上げて操縦席に収まった。彼女の役割は水先案内人のようなものであった。エールセルジーを()()()目的に使う関係で、シャルル以外の人員が必要と判断されたのである。

「お嬢さ……失礼、オクタウィアもすっかりこの乗り方に慣れましたね」

「師範は私の呼び方にまだ慣れていらっしゃらないようですね、ふふふっ」

 これまでずっと「お嬢様」と呼んでいた貴族のご令嬢から、名前で呼んでほしいと言われたのである。まだ呼び慣れない彼はもどかしいモノを感じていた。

 一方、オクタウィアはすっかりエールセルジーにすっかり馴染んだと言う。もともと目がよかったので物見に長けているという自負もあったが、今ではエールセルジーに乗っていれば川の水深など傍目では分かりにくい物の目測が直感的に理解できると口にしている。

 関所から北に向かって開けた場所に野営する両部隊から離れたエールセルジーは街道を西へ向かっていく。川の左岸を通る街道が川と並行してゆき、そのまま進めば王都への入り口である船着き場である。そこを通り過ぎて対岸に渡ると、さらに西に向かった。川幅が次第に広がってゆき、やがて海へと注ぎ込む河口へと行きついた。

 河口の右岸には湊町があった。王都の外港であるパトラ湊である。竜の遺体を分解して積載した船舶はすでに入航しており、(はしけ)へと積み替え作業を行っているところであった。港湾の職員がエールセルジーを待ち構えていた。

「カロルス・アントニウス殿でありますね。こちらの鎖を機動甲冑につないでいただけますか?」

「いいだろう。巻き込んだものがないか、念のため一緒に確認してほしい」

 彼らが意図しているのはエールセルジーによって艀を牽引するという試みである。解体された竜は一つの艀に収まりきらずに、何艘もの艀に分散して搭載されていた。これを王都まで引き上げるため、本来ならば何頭もの馬を用意して多頭曳きとする必要があったが、これをエールセルジーに置き換えて牽引させようというのである。

「女王陛下への献上品という形をとるため、機動甲冑に荷を曳かせるとは……王太子殿下も考えましたよね」

「そうですね、オクタウィア」

 通常、街道が整備された川の右岸側が船曳きに使われていたが、川岸から水上の艀を斜めに引くと岸に寄ってくるため、これを川岸から反対へ押し返す必要があった。今回は輸送に用いる艀の数が複数にわたるため、その労力が何倍にもなってしまう。

 そこで川の水深が浅いところを選んでエールセルジーに歩かせることでいくつもの艀を真っ直ぐ同時に曳くことにしたのだ。そうすることが機動甲冑の価値を世に一層知らしめることにもつながる――アルス・マグナ総裁でもある王太子ベアトリクスはそのように考えた。

 この提案に当初カリスは「装甲が脱落している今の状態で、水に入るのは……」と難色を示したものの、シャルルがエールセルジーに訊ねたところ、四本の脚の長さ――最大八、九フィートまでであれば水に浸かっても問題ないことがわかった。

 前もってパラマス川の浅瀬でも試したが、水深六フィートを超えていれば艀の航行に支障がないという。そこで水深七フィート前後の浅瀬を選んで進み、艀を曳くことに決まったのだ。


 艀との接続を終えたエールセルジーはそのままパトラ湊の波止場に一晩置くこととなった。シャルルとオクタウィアは湊町に確保された宿に泊まって、翌朝王都に向かって発つ予定である。

 シャルルにはオクタウィアとは別の部屋が用意されていた。彼女は伯爵家の令嬢であり、彼はソフィア王女に仕えるとはいえ爵位も持たない騎士階級に過ぎない。身分の差があるために、同室であるわけにはいかないのだ。

 宿の酒場で彼はワインを飲んでいた。勝利の美酒というが、この世界で初めて口にしたワインは少し渋い口当たりがした。

 商業港であるパトラ湊には様々な品が取り扱われていた。その中にワインがあることに気づき、彼はそれを所望したのである。それを陶器の盃に注いで口にしている。

 彼の生まれ育った故国では当たり前のようにあった飲み物だが、直轄領ではほとんど作られていないそうだ。パトラ湊ではテッサリア地方などで作られたワインが商人たちに口にされていることからたまたま手に入るようである。女王の直轄領ではワインは貴重品であることを彼はここに至って知った。

「明日で遠征も終わりか……何週間ぶりの王都だな」

 渋いワインを久方ぶりに口にして酔いが回っていく。

 しばらく休みを取ってゆっくりとしたいものだ。その傍らに銀髪と紫の眼をもった美しい使用人がいるとなおよいな――そんなことを思いながら、シャルルは寝床に帰ってぐっすり眠った。


 ***


 翌日、艀を曳いたエールセルジーはパトラ湊を発ち、川の浅瀬を進んでいた。オクタウィアが川の深さを目で探って針路を指示する役割を担っていた。川の流れは緩やかであり、岸に近づく艀を沖へ離す作業が要らないこともあって、王都への帰路を滞りなく進んでいく。

「機動甲冑というのはすごいですね。こんなことにも使えるんですから」

 不意にオクタウィアがそう口にした。川の中でも荷を引いて進むことができる馬と考えるとものすごい価値があるという。

「大昔にこんなものを作っていたなんて……古代帝国って本当にすごい国だったんでしょうね」

「カリスがウンウン唸ってましたが、こいつにはまだまだわからないことがたくさんあるようです。落ち着いたら色々調べたいと言っていました」

「それは楽しみですね。もっといろんなことがわかったら、もっと世の中の役に立つかもしれませんから」

 やがて右岸――進行方向の左側に少し大きめの支流が分かれていく。ルキア火山の雪解け水を集めた川との分岐を通り過ぎると、間もなく王都であった。

「左岸のほうに両殿下の隊列が見えます」

 シャルルも左岸を見るが見つけられなかった。彼が思っていたよりも遠くにあったからである。オクタウィアの視力だからこそ気づいたのだ。

(もしかしたら、オクタウィアにも俺と同じように機動甲冑に乗る才能があるんじゃないだろうか……斥候としてこの視力を生かすことができれば、きっとすごいことになるぞ)

 機動甲冑に乗るための『鍵』――この短剣さえ他にあれば、それが可能になるかもしれないと聞いたが――そんなことを思っている間に、王都の桟橋は彼らの目と鼻の先に近づいていた。


 エールセルジーが王都に着いたのと時同じくして、派遣隊第一陣と第二陣もまた街道を上って王都の正面にたどり着いた。王都への凱旋を果たしたベアトリクス、ソフィアの両王女は王城に女王を訪ねることになった。

 謁見の間には第一軍務卿メガイラ、第二軍務卿ユスティティアといった軍務官僚のほか、大蔵卿コンスタンティアなどの政務官僚も一堂に会して、二人の王女の帰還を迎えた。

「この度の出兵、まことに大儀でありました。ベアトリクス、ソフィア」

「「はい、女王陛下」」

 恭しくお辞儀をした二人の王女の顔は凛々しく、それを迎えた貴族たちも誇らしい眼差しであった。直轄領の外、王室の実効支配が及ばなかったテッサリアで王権が健在であることを誇示する戦果を得た事実は、王室の藩屏(はんぺい)たる自負を持った貴族たちにとっても喜ばしい慶事であったためである。

「――女王陛下よりお言葉を賜ります」

 侍従長トラキア伯が澄んだ声で宣言すると、その場に集った皆は口を慎み、女王の言葉に耳を傾けた。

此度(こたび)の出兵において、キエリオンの郡司が大麻の栽培を知りながら、それを王国に報告しなかったとの報告をソフィアより受けました。そして、カルディツァの郡司もまた大麻の流通を知りながら、これを商人が湊町から運び出すことを黙認していたとの報告をベアトリクスから受けています。これはまことに由々しき事態です」

 その言葉に一同は背筋を伸ばした。王国内で取り扱いが厳格に制限されている大麻草の栽培、流通が穀倉地帯テッサリアで秘かに行われていたことは、テッサリアに領地を接する女王にとってより一層危機感を抱かせるものであったからだ。

 農民に穀物の栽培という国家の礎を捨てさせて、人心を荒廃させる麻薬の製造に農民を走らせることがあれば、国家経済に重大な影響を及ぼす。また、人心が荒廃すれば国内に治安の悪化、果ては動乱を招く恐れがあった。

 戸口監察官(ここうかんさつかん)という統治機構に対して風紀取締の権限を有する特別な監察官たちを投入した大義名分がここにある。

「二郡の統治者は戸口監察官による取り調べを受け、すでに王都に送致されました。しかし、これは氷山の一角に過ぎないでしょう。本件に関わった商人は恐ろしいことに伝説に謳われる竜をパラマス湊に召喚し、追いすがるわれらの手から逃れようと図りました。遺憾ながら黒幕を取り逃がしたわれらは国家を蝕みつつある不正の根源を断つには至りませんでした。君主としてまことに忸怩たる思いです」

 王国の最南東には自由都市サロニカと呼ばれる海に面した商業都市がある。北の王都から最も離れた大都市であり、近年発展著しいところであった。それゆえに王国の権威が一番届きにくいところでもある。

 大麻商人はこのサロニカに拠点を置いている商人の一人で、表向きは穀物の取引を主要な事業としているが、その裏では大麻を売りさばいて巨万の富を得ている疑いが取りざたされていた。しかし、自由都市と冠するだけあってサロニカには独自の行政組織が存在し、事実上の治外法権が成り立っていた。ゆえに王国の取り調べが及ばない場所であった。

「しかし、悔やむだけではありません――われらは過酷な戦いを経て燦然たる勝利を手にするに至りました。伝説にも謳われる氷嵐竜(トルメンタドラゴン)の討伐を果たしたのですから」

 女王がそのように叫ぶと、謁見の間に布に包まれた巨大な荷が運ばれてきた。運び入れた兵たちが一礼と共に荷を下ろし、覆っていた布を取り去る。暴露された荷を見た貴族たちの間にどよめきが広がった。それが何かの野獣の手か足であろうことは分かる。だがその異質さは想像を絶する大きさにあった。誰もが寝物語に伝え聞く竜を討伐したという話を耳にしていたが、実際にそれを示すに足る物を目の当たりにしたのは初めてであったからだ。

「このような恐ろしい爪を幾度となく突き立てられ、傷だらけになりながらも討伐を果たした勇気ある者をここに迎えるべきでしょう――さあ、入るがよい。『資格者』(ソードホルダー)カロルス・アントニウスよ!」

 謁見の間の扉が開け放たれ、屈強な体躯をした武人が入ってきた。貴族たちがこの場でその姿を見るのは二度目であるが、みすぼらしい格好をしていた最初の時と違って、騎士然とした実に堂々たる足取りであった。

「わが意を汲んだ王女ソフィアの騎士カロルス・アントニウスよ。竜討伐を果たした貴殿の働き、まことに大儀でありました。勇敢なる貴殿の名はこの王国の歴史に栄光とともに刻まれることでしょう」

「――はっ! 陛下より身に余るお言葉を賜り、恐悦至極に存じます」

 床にひざまずき、深々と首を垂れた彼に、女王はこう切り出した。

「討伐した竜の亡骸を貴殿自ら持ち帰ったと聞き及びました。まことですか?」

「――はっ! 此度の勝利はわが主人(あるじ)でおられますソフィア王女殿下、そして女王陛下の御威光のおかげにございます。ゆえに竜の亡骸を残さず持ち帰りまして、陛下に献上つかまつりたい所存――一先ずはこちらの竜の腕でございます。どうかお納めくださいますと幸いです」

 その言葉に貴族たちが再びどよめいた。知識階級でもあった彼女たちの多くは竜の亡骸にどれほどの価値があるかを心得ていたからである。

「貴殿の忠義たるや、まこと天晴(あっぱれ)――追って褒美を取らせましょう」

「――はっ! ありがたき幸せに存じます」

 その後、謁見を終えた女王と貴族たちは王城の正面に運び込まれた氷嵐竜の頸部をその目で見た。死した竜に睨まれて腰を抜かす貴族がいるなかで、女王ディアナ十四世は英雄の再誕が確かなものであると確信したのであった。

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