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第18話 戦後処理

 テッサリア北部の主要港湾の一つであるパラマス湊でドラゴンによる無差別攻撃が発生、街の大部分が被害に遭ったという知らせはテッサリア地方のみならず、穀物の交易を行っている北の王都ルーナ、あるいは南の商業都市サロニカでも驚きをもって受け止められていた。

 王太子ベアトリクスからの第一報を受け取った女王ディアナ十四世は、この一件が王都でも大騒ぎになっているとの報告を受けた。しかも、その件に間接的に領主が関わっており、取り調べのために身柄を拘束されているため、地元カルディツァ郡では領民の間に不安が広がっているという。

 女王は第一報の報告に対する返書を送りつつ、正規軍の増派がさらに必要になる場合に備えるよう第二軍務卿ユスティティアに指示していた。場合によっては女王が新たな勅令を発して混乱を収拾することも視野に入れている。

 そんな折に、ベアトリクスから三通の書状が王都に届いた。一通は女王に宛てたものでこれが主であるが、女王を通じて他二通を二箇所に届けてほしいという。

 書状の中身を(あらた)めた女王は、書状を受け取るにふさわしい二人の女性を王城に呼び寄せた。一人は王立魔術研究機関『アルス・マグナ』の理事であり、もう一人は王立博物館の館長ムネモシュネであった。

「ご足労をかけましたね。王太子より貴殿ら宛ての書状を預かっております」

 呼び出された二人は侍従たちから書状を押し戴くように受け取った。

「パラマスの湊町において氷嵐竜(トルメンタドラゴン)を召喚した不届き者がいた――そのような話を耳にしているかもしれませんが、機動甲冑の活躍で討伐された竜の遺体撤去に人手が足りないのだそうです」

「伝説に謳われる竜を……あのエールセルジーが討伐したのですか?」

「ええ、その通りですとも、館長。あの像の()()()()()()』としてもっと鼻を高くしてよい出来事です」

「そうでございましたか……もったいなきことでございます、陛下」

 機動甲冑の一騎、エールセルジーは勅命により一時的にアルス・マグナの管理下に置いているが、本来王立博物館が所蔵している品を借り受けたものであった。したがって相応の対価をアルス・マグナ側から博物館側に提供する必要があるのだが、その機会がやってきたと女王は考えていた。

「アルス・マグナと交渉して、博物館内の展示品や研究に生かせそうなものがあれば持ち帰ってくるがよいでしょう。その取り分を決めるためにもアルス・マグナだけでなく博物館からも人員を出してもらえるでしょうか?」

「かしこまりました。急ぎ人選を進めます」

 ドラゴンの遺体は大変に希少なもので、学術的、魔術的にも非常に価値が高い。いくら金を積んでも得られるかわからないほど貴重なものを得られる機会と聞いて、博物館の館長は博物館を臨時休館として業務を最小限に絞ったうえで主要な研究員をパラマスの湊町へ送り込むことにした。

 アルス・マグナも研究の大部分を止めてまで数多くの学者を王都から引き抜いて、パラマスの湊町へと派遣した。ドラゴンの肉体は魔術の素材として極めて優秀であることが知られていたためであった。

 そして、軍務卿ユスティティアは湊町の復旧と治安維持を目的に、およそ二五〇人からなる二個中隊を第三陣として派遣することを決めた。彼女たちの多くは土木技術に長けた工兵であり陣地構築などを得意としていたが、直接的な戦闘を目的とした編成ではない。これは領地をカルディツァ郡と接している大領主イメルダ・マルキウスを過度に刺激することがないように、という配慮に基づいていた。

 こうして合わせて三〇〇余名の人員が王都からパラマスの湊町へと送り込まれて、それぞれに活動を開始したのである。


 ***


 湊町パラマスの被害はドラゴンが機動甲冑を波止場から遠ざけるために召喚されたこともあって、海側よりも陸側の方に被害が集中していた。このため海に面した港湾施設や倉庫街の被害は少なく済んでいた。陸側には住宅街が広がり、家を破壊されて住処を失った者たちが行き場をなくしている状態であった。

 このため、王都から派遣された工兵たちは街にほど近い原野に仮設の住居を建設、破壊された住宅街が無秩序なスラムと化して疫病が蔓延するのを防ごうとした。この建設工事には職を失った住民の一部も従事して対価を支払うという公共事業としての意味合いもあった。

 仮説住居が一棟、また一棟と完成していくのに従って、外壁から近い住民がここに移っていき、これに並行して倒壊した家屋や生じた瓦礫の撤去作業が進んだ。そして一定の広さが確保されたところにさらに奥の瓦礫を集めて、瓦礫に埋もれた犠牲者の遺体捜索が行われた。


「配給を受けられる方はこちらに並んでください。順番にお渡ししますから」

 女王から任命された戸口監察官(ここうかんさつかん)たちが麻薬取引やそれに付随する犯罪行為の取り調べを担ったため、第一陣の士官候補生たちや下士官らはパラマスの詰所に駐留していた一個小隊とともに炊き出しに従事し、住居を失って煮炊(にたき)のできない住民たちへの食糧配給に当たった。オクタウィアもまた彼女たちとともに住民たちの支援活動に従事していたのである。


「傷の方は回復しつつあるようです。傷口を清潔にしていれば化膿せずに治ります。もう心配はいらないでしょう」

 シャルルが自分で歩けるほどに回復したため、治癒術の使えるヘレナは野戦病院の様相を呈していた湊町の治療院で負傷者の治療を手伝っていた。彼女から軍事教練を通じて治癒術を学んだ一部の士官候補生も彼女と一緒に支援に当たっているが、「実戦」を経験する機会とあってそのまなざしは真剣であった。


 一方、王都から派遣された五〇名近くの学者、研究員たちはパラマス近郊の原野でドラゴンの遺体の検分や解体作業に従事した。これもまた街の住民の一部も雇う公共事業の側面を持っていた。学者や研究員が指示して部位の解体が行われ、人手を必要とする力仕事に雇った住民が関わるといったものであった。

「竜の血はなるべくこの壺に入れてください。これも貴重な研究材料になります」

「かしこまりました、殿下」

 住民たちは気味悪がって触ろうとしなかったが、アルス・マグナの研究員たちは血まみれになることを厭わずに臓物に含まれていた血液を壺の中に注いでいく。その様を遠目で見ていたシャルルの視線にカリスが気付いた。

「騎士殿、もう動けるのですかっ!」

「荷馬車に乗せてもらうだけならな」

 資格者カロルス・アントニウスは湊町と現場を行き来する荷馬車に乗せてもらって一週間ほど前に自身が死闘を繰り広げた戦場に赴いていた。遺体の解体が進み、彼が斬り落とした頸部などはすでに運び出されて無くなっているようだ。

「まるで蟻が群がってデカい獲物を巣に持ち帰る光景を見るようだ……こんなものを王都に運び込むって正気か? 運んでいるうちに腐っちまうぞ!」

「その点は問題ありません。討伐直後に防腐処理をかけておきましたから」

「……っ!? こんな化け物の死体にそうまでする理由が?」

「ええ、この竜の遺体にはものすごい価値があるんですよ。他の分野ではどうか分かりませんが、魔術に関わる者であれば垂涎(すいぜん)ものですよっ!」

「それで死体を……いや、遺体をバラバラにして持っていくのか。それで、コイツはどうやって運び出すんだ?」

「海路を使います。幸い港湾設備は生きていますから、活用させてもらう形になります」

「なるほど、それで湊町に荷馬車で運び入れているわけか」

 王都のすぐ南を流れる川の河口にあって外港として機能しているパトラ湊まで沿岸航路を使い、そこからは川を遡って王都に向かう水運があるという。

「そこにいるのは、カロルスではありませんか! もう元気になったのですか?」

 血を浴びた作業着を身にまとった王太子ベアトリクスが彼を見つけてやってきた。いつものよそ行きの正装とは異なり、長い後ろ髪を編んで丸めており、ほかの研究員と同じような服を着ているので、声を聞くまで本人とはわからなかった。

「その声は、王太子殿下でいらっしゃいますか……そのお姿はいったい?」

「今は王太子ではなく、一研究員として作業に当たっているのです。どうしても血がついてしまうので、このような汚れても構わない服装をしています」

 ベアトリクスはドラゴンの遺体回収で陣頭指揮を執っていた。そのような汚れ仕事をしているにもかかわらず、彼女の顔色はかえって生き生きとしており、彼は度肝を抜かれたのであった。

「そちらは壺でしょうか? ドラゴンの血を入れているようですが」

「ええ、そうです。竜の新鮮な血液などは特に得難いものですから」

「壺に入れてもそのうち固まってしまうのではないですか?」

「この壺は普段牧草地で採取された新鮮な羊乳などを入れるために広く使われているものですが、施された魔術により封をした内容物の品質を保つ効果があるのです」

 シャルルは驚いた。しかも、この国の領土内では牧草地などでごく当たり前に使用されているものだという。

(魔術と言うのはそんなことまでできるのか……ルナティアとはとんでもない国だな。俺が知らないことがまだまだありそうだ)


 その後、ソフィア王女も現場を視察しにやってきた。ドラゴンの遺体のすぐ横には拠点となる仮設の建物が作られていた。作業に従事する研究員たちが着替えたりするために使われるが、休憩用の質素なテラスもある。

「ここ最近、お姉様のお顔が実に元気そうで何よりですわ」

「まあ……やりがいのある仕事ができているから、かしら」

 街の中で活動するため動きやすいドレスを着たソフィアに対し、血の付いた長袖の作業服という似つかわしくない装いのベアトリクスの姉妹が小さな木の机を挟み、テラスで並んで談笑する様はとても異様であった。

「このような汚れ仕事にやりがいを感じるとは意外に思います。街の復興とか、そちらの方がお姉様の学識が生きるように思ったのですけれど」

「それもなくはありませんが、一番はアルス・マグナ総裁――いえ、一魔術師としての研究といったところでしょうか。やはり、魔術研究に関わっている方がわたくしの性に合っているみたいです。最初は殿下がこんな服を着て現場に入るなんて、と皆に止められてしまったのですけれど、竜の遺体の解体なんて生きているうちに次があるとは思えないと押し切ってしまいました。ふふふっ」

 王都にいるときは顔色が優れないことも少なくなかった姉が今はすこぶるいい表情をしていることにソフィアは気づいていた。体力的に自信のない姉がこのように長い期間、王都を離れていて大丈夫なのかと案じることもあったが、今は肌艶(はだつや)も血色も良さそうである。

「やはり、竜という存在は魔術師にとって興味を惹かれるものなのですか? カリスが日々解体される竜を見て、目をキラキラさせておりますものね」

「ええ、気持ちはとてもよくわかります。竜はやはり魔術的に見ても特別な存在ですから、とても貴重な素材が得られるのです」

「最初、氷嵐竜(トルメンタドラゴン)が召喚されたと聞いた時は耳を疑いました。そんなモノを召喚してしまうなんて、もはや軍隊のような組織ではないかと思いましたもの」

「大麻商人から古の魔導書を買い与えられた魔術師崩れが三人、あんなものを使役しようと無謀な真似をしたと聞いた時は呆れてしまいました。アルス・マグナで正規の教育課程を修めた者でさえ迂闊に召喚できないほどの存在なのです。怖いもの知らずとは本当に恐ろしいものです」

 氷嵐竜を召喚した三人の魔術師崩れとは地方貴族出身の若者であった。二女、三女といった当主の後継者になれない者たちであったが、魔術の才あって高等教育を受ける機会があったようだ。しかし、遊び盛りの若者たちはアルス・マグナのような最高学府に入るために必要な学業を怠って、かえって借金を作ってしまったという。事情が事情で親にも言えない彼女たちは裏稼業として魔術師の真似事を始め、やがて件の大麻商人から依頼を受ける対価に数多くの金品を得るようになったそうだ。

 その金品の中には高価な魔導書があり、これをくれてやるから何か召喚してひと暴れしてみるといい――そのように大麻商人から唆された。王国軍といえども竜を相手に戦うのは無理だろう、と考えた彼女たちは召喚術を行使したというわけだ。

「未熟な魔術師三人の命を吸い尽くして、あんな怪物を呼び出せるのですね……本当に恐ろしいことですわ」

「一人だけ助かったとはいえ、あれが元で数年は寿命を縮めてしまったことでしょうね……あれほどの罪科を背負ってしまった以上、極刑は免れないでしょうけれど」

「シャルルもマナを吸い尽くされて瀕死の状態になってしまいました。ヘレナの献身的な処置が間に合って、今はあのように元気になりつつありますが、彼も寿命を縮めてしまったのでしょうか?」

「その可能性は否定できません。カリスからも報告を受けていますが、先日の戦いで今まで使ったことのない発掘兵器の機能を使ったそうですから、どのような影響を及ぼしたか、いろいろと確かめたほうがよいでしょう」

「あのエールセルジーは動かせるのでしょうか?」

「わかりません。戦闘から未だ沈黙したままだと聞いています。もし可能であれば、カロルスに機体を起動させてもらいたいと思っていますが……かりにもあなたの騎士ですもの。わたくしから無理なお願いをするつもりはありません」

「わかりましたわ、お姉様。わたくしからシャルルとヘレナに確認して、差し障りがなければお力添えするようにいたします」

「ありがとう、ソフィア……助かります」

 頭を下げた姉に対して、妹はにこやかに応えたのであった。

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