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第8話 軍事教練(3)

旧 第一部・第二章「ソフィアの初陣(3)」前半部に相当するエピソードです。

大幅に加筆を加えているため、二話に分離しています。

 王女ソフィアと新兵たち、そして資格者カロルスことシャルルの軍事教練が始まってからおよそ四週間ほどが経過した。

 ほぼ一か月近くの訓練を通じて、ソフィアは自らの鍛錬だけでなく機動甲冑を運用するにあたっていくつかの新しい知見を得ることができた。それにとどまらず何よりかけがえのないものを得た。同じ釜の飯を食った新兵たちとの連帯感であった。

 そして、シャルルもまた機動甲冑『エールセルジー』を使ってどのような行動が取れるか、試行錯誤を繰り返してきた。彼の好奇心は枯れた土が水を吸い込むように、貪欲にルナティアにおける戦闘教義などの知識を吸収してきたのである。


 その日、シャルルは新兵たちとは別行動をとっていた。三〇マイル(四八キロメートル)の距離を単機疾走する機動甲冑によって王都に戻っていった。造兵廠を訪れるためである。

 造兵廠のとある工場(こうば)の二階の窓辺から空を眺めている老婆がいた。銅色(あかがねいろ)に色づいた彫りの深い顔貌は見るからに熟練工の貫禄があるが、年齢の割には背筋はピッと伸びており、まだまだ現役といった雰囲気を漂わせていた。

 鍛冶場の仕事に疲れた目を休めようとぼんやりと遠くを眺めていた瞳が、おぼろげながら見えてきた巨大な人馬獣の姿を捉えるや否や、たちまち好奇心旺盛な若者のように真ん丸くなった。

「おおっ、資格者の旦那がおいでじゃぞ!」

 全速力の馬車に近い速力を易々と発揮して舗装された街道を疾走する機動甲冑はほどなく工場の前で止まって搭乗者を下ろした。

「失礼するよ、工場長(こうばちょう)

「ちょうどええ、例の頼まれ物じゃが若い衆ができたーって騒いでおったぞ」

「そうか! 早速見せてもらえるだろうか」

「ラエティティアの嬢ちゃんの紹介じゃし、邪険にはせんよ。さぁおはいり」

 およそ一か月間、彼はアグネアを通じて知己を得た造兵廠に足しげく通い、新兵器の試作を重ねていた。そうして仕上がった新しい武器を受け取りに立ち寄ったところであった。

 造兵廠の鍛冶職人に依頼していたものとは、エールセルジーへの搭載を目的とした携帯用のバリスタである。携帯用といってもその大きさは人間の成人の身長に及ぶ。この製作依頼を受けた職人たちは当初首を傾げた。なぜ博物館に置いてある骨董品のようなものを作りたいのか――時代遅れな古代の兵器の再現などする必要性を感じていなかったのだ。

 そこでシャルルはこう説いた。ただのバリスタでも、この神出鬼没の機動力を誇るエールセルジーに取り付ければ、その価値は大きく変わってくるのではないか――。そんな彼の熱意に若い職人たちが賛意を示し、わずかながら有志で開発に取り掛かってきた経緯がある。

 若い衆たちが目の色を変えて議論と試行錯誤を繰り返している様を見ているうちに一部の熟練工たちも助言を加えるようになった。その様をこのひと月近くの間ずっと見守ってきた工場長は、身体中に古傷を負った屈強な戦士が持っている不思議な魅力に興味を抱くようになっていた。

 その工場長が彼を伴って工場に戻り、若い鍛冶職人たちのもとへ連れて行った。

「カロルス殿、ご依頼のブツができましたよ!」

「ついにできたか! どれどれ」

 彼の依頼したバリスタは構造的には博物館にある展示品と似ているが、ケンタウロスの形状をした機動甲冑の人型の胴体後部にくくり付けて持ち運びしやすいように、使わないときは箱型に折りたためるようになっていることが特徴だ。射撃するときはこれを展開して、エールセルジーに持たせることを想定している。

 何回か試作品を作って実際にエールセルジーの手に持たせており、今ではその手になじむ武器となっていた。

「エールセルジーに弦を引かせるのはどうしても機構上難しいことがわかったので、人力で弦の引き絞りが行えるように巻き取り装置を設けました。鉄製の弦にこの鎖を引っ掛けて後部の取っ手を回すことで、弦を直接引くよりも小さい力で弦の巻き取りができます」

「なるほど、工夫を重ねたというわけだな。触ってみてもよいか?」

 造兵廠の職人から大きなバリスタを受け取ったが、材木製の頑丈な作りをしているせいか案外ずっしりとして重たい。シャルルの筋力では持ち上げられなくもないが、これを持ったまま弦の引き絞りを行うのは現実的でなさそうだ。

「弦の引き絞りはこれを地面か専用の台座に置いて行う必要があるでしょう。したがって即応性や速射性はどうしても悪くなります。元々この機動甲冑に備わっていた武器ではありませんので、こればかりはどうしようもありません」

(これは仕方ないな。とはいえ、何人かの兵隊が協力して取り扱うのであれば、問題はなさそうだ)

 シャルルはこの新兵器の有用性を検討するため、まずは機動甲冑への積載を考えていた。これも職人たちを大いに悩ませたが、彼女たちなりに結論を導き出したようであった。

「機動甲冑の背中にある構造の強い箇所に装着できるように金具も作りました。微調整も行いますので、試しに取り付けてよいでしょうか?」

「いいとも! 外に置いてあるから、取り付けられるかやってみてくれ!」

 鍛冶職人たちはこの何週間で三階ほど高さのある大きな櫓を工場の隣に組み立てていた。機動甲冑に縄梯子以外で登って作業するための木製の櫓である。ここに何人という職人たちが登って、エールセルジーにバリスタを取り付ける作業を進めている。その様をじっと見守っていたシャルルは、遠大な構想の第一段階が実現しようとする様に心を躍らせていた。


 軍事教練を通じてこの国の模範的な戦闘教義をあらかた理解したシャルルは、その応用として故国で運用していたファルコン砲という火砲をこの国で運用できないかと考えた。だが、そもそもこの国には火薬というものがなく、したがって火砲はおろか手銃すら誰ひとり知らなかったのだ。

 魔術という彼にとって未知の技術が存在するこの世界では、戦争の花形は魔術師であった。王国の正規軍にも虎の子として魔術師を擁した精鋭部隊が存在するという。そうでなくても、魔術が使えるだけで士官候補生となる資格が認められるほどだ。

 魔術素養とはそれ自体が事実上身分や階層を決定する要素足りえたのである。このような世界の魔術以外の投射兵器といえば弓が主流であり、火薬を用いる銃砲に近いものは皆無であった。こうして彼は火砲の導入を早々に諦めざるを得なかった。

 しかし、どう頑張っても魔術というものをまるで使うことができない彼は、魔術に依存しない兵科の実現を決して諦めたわけではなかった。火砲に代わるものを作れないかと造兵廠の職人たち、それに飽き足らず博物館の学者たちにも意見を求めた。

 結果、古代に運用されたと伝わる弩砲バリスタであれば火砲に代わる投射兵器となりうるのではないか、と結論を導き出したのである。

「こんな兵器を作る必要なんてないでしょう。魔術師を動員すればいいんですから」

 博物館の展示品にさえなっていた弩砲バリスタを開発することに、こう言って疑問を呈した少なからずの者たちに、彼はこう言って説いた。

「優秀な魔術師の卵を国中から選抜して一人前になるまで育てるのと、そこらへんにいる兵士にこの弩の弦の引き方と撃ち方を教えるのと、いったいどちらが育てるのに時間とカネがかかるか。そして、戦時に前者を一名失うのと、後者を十名失うのと、どちらが国家の損失としてより大きくなるか――君はどっちだと思う?」

 こうした彼の熱意が時代遅れの兵器とみなされていた弩砲バリスタの復刻に結実した。とはいえ、これも彼の果てしない夢の一ページに過ぎない。

(選ばれた貴族によるのではなく、もっと多くの大衆で構成された軍隊の創設――魔術師にも引けを取らない火力を誇る兵器を有し、しかもそれを取り扱うのはそのへんにありふれた兵士たちだ。訓練され組織化された軍隊は一握りの天才を凌駕する――あのアルプスのいけ好かない山猿どもがそうであったようにな)

 亡父の覇道に立ちふさがろうとフランスに雇われてたびたび邪魔をしてきた山岳の傭兵たちを苦々しく思っていた彼であったが、あのような固い結束と練度を持った軍隊をこの世界で作り上げることができればどれだけ心強いか――まだ彼の頭の中にだけあった構想など露知らず、鍛冶職人たちは今日も議論を重ね、鎚を叩いていた。


 ***


 鍛冶職人たちの手により背中にバリスタを搭載したエールセルジーは、再び石畳で舗装された街道を演習場へと向かっていった。戦車競走さながらの速さで勢いよく駆け出して行ったシャルルを鍛冶職人たちは呆然と見送った。

 街道を三十分近く疾走した頃、護衛を伴った馬車が三マイル手前から見えた。随行する者たちが掲げている旗には二本の百合を模った紋章が描かれているのがわかる。

(王太子ベアトリクス殿下か――そのまま追い抜くのでは不敬になってしまうから迂回して追い越すか……いや、この辺りはまだ湿原の末端、街道を外れるのは危険だ)

 湿原に道を通すために舗装された道路から外れてしまうと湿地のやわらかい土壌に巨体の足が取られることを懸念して、彼はこのまま王太子の馬車に追いつくことにした。速度を落として半マイルほどの距離になったところで、護衛の騎兵が一騎だけエールセルジーに近づいてきた。

「貴殿の所属と氏名は?」

「我はソフィア王女殿下の騎士にして『資格者』カロルス・アントニウス。先を急ぐゆえ、王太子殿下の馬車を追い抜かせていただきたいのだが」

「王太子殿下から貴殿に頼みたいことがあると伺っている。お立ちより願えるか?」

「承知した。殿下の馬車の近くに向かおう」

 エールセルジーに王太子の馬車のすぐ後ろで泊まるよう命じると、機動甲冑は指示通りにその足を止めた。操縦室から出たシャルルは縄梯子を使って下に降りた。そこにベアトリクスが現れたが、どこか顔色が優れない様子であった。

「ご機嫌麗しゅうございます、王太子殿下」

「ごきげんよう、『資格者』(ソードホルダー)カロルス……折り入ってお願いがございます」

 王太子は一本の旗を持ってこさせた。それをソフィアのもとに運んでほしいというのが彼女の願いであった。

「これは何か大切なものとお見受けいたしますが、よろしいのでしょうか。殿下が自ら運んでいらっしゃったのは何か意味がおありなのでしょう?」

「察しが良いのですね、カロルス――それは妹のために作らせた軍旗です」

 この世界において軍旗とは軍権の象徴であり、軍権とは王権の一つであった。王権の一部であるがゆえに、女王のほかは唯一王太子が握っているものである。その象徴をソフィアのために作らせた――これが意味することを察したシャルルは問うた。

「なぜ、このような大切なものを私に託そうとなさるのですか?」

「このようなわたくしの身体では……教練の最終日に間に合わないからです」

 ベアトリクスは女王ディアナ十四世からの密命を受け、ソフィアに託す軍旗を作らせていた。このほどそれが完成したので、演習の視察を兼ねて、自ら持っていくことにした――そんな経緯(いきさつ)をシャルルに語った。

「ソフィアのように健やかな身体であれば休み休み向かわずに済んだことでしょうがわたくしの身体ではやはりままならないのでしょう。ですからこの軍旗だけでも……ソフィアのもとに届けてくださいませんか」

「王太子殿下たっての願いとあらば、お引き受けするのは(やぶさ)かではございません。しかしながら、お話を伺って思いまするに、やはり殿下自らの手でお渡しになるのがよろしいかと存じます」

 断られてしまった――とベアトリクスの表情が曇った。これまで彼には見せたことがない物憂げな表情であった。そのような悲しい顔をされると、断ったシャルルにも悔いが残ってしまう。どうしたものかと考えを巡らせ、彼はこう切り出した。

「私に考えがございます。殿下に少々窮屈な思いをさせてしまいますが、どんな方法よりも速やかに、軍旗とともに殿下をお連れすることができると存じます」

 その言葉に曇っていたベアトリクスの表情が一変した。

 シャルルの提案を受け入れる決断をした彼女は、馬車と護衛に演習場へ向けて発つよう指示を下したのであった。

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