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ルナティアーノ・サガ~異国の英雄が剣と魔術の国で「竜殺し」になるまで~  作者: 有馬 美樹
第六章:イメルダ戦役(後篇)/第二幕:火の鳥
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第17話 ファイアバード(3)

敵の手に渡った郡都カルディツァ。

人質になったユーティミアの運命は如何に。


12,000文字を越えるエピソードになった3分割の3話目をお楽しみください。

 イレーネの宣言を耳にした兵たちは蜘蛛の子のように、無人の街へ散っていく。

 カルディツァの家という家が貪られた。

 真っ先に標的になったのは疎開した商人の屋敷。

 金品はほとんど残っていないが、食糧庫や酒蔵は手つかずに等しかった。

 宝剣、宝槍、絨毯(じゅうたん)燭台(しょくだい)。家具どころか板材までも嬉々として奪い取り、踏み荒らす(けだもの)の群れ。

 見るに()えない光景から、ユーティミアは泣き腫らした目を背けた。


「そんな心持ちで、よくカルディツァ郡が治められていたものね」


 イレーネ・マルキウス「殿下」から冷ややかな視線を向けられた。

 イレーネとユーティミアは、最初の会談以来、二度目の対面だ。郡司代行を務めたこともあり、領主の屋敷に向かう馬車に同乗することを許された。


「そのようにおっしゃるのでしたら、引き継ぎなんていりませんね。イレーネ閣下。お屋敷をご案内したら、王都へ帰らせていただきます」

「お待ちなさいな。歩いて帰るおつもり?」

「えっ――何をおっしゃっているんです?」


 敵陣に乗り込んだとき、ユーティミアが乗っていた馬車があったはずだ。

 しかし、馭者(ぎょしゃ)を脅して、北のミトロポリへ返してしまったという。あきれてものが言えなかった。


「カルディツァ市は引き渡しました。まことに不本意ながら、掠奪(りゃくだつ)も受け入れています。これ以上、何を要求なさるのですか? 私の命ですかッ!」

「まあ、落ち着きなさい。几帳面なあなたのこと。帳簿類があるはずでしょう」

「そんなもの。とっくに処分しました。私たちが汗水流して働いて作ったモノはすべてぶち壊しか、奪い取るおつもりで――」


 頬に鋭い痛み。目の前の「貴人」に(はた)かれたと気づいた。

 目を見開いて凝視するも、とうに「貴人」は退屈そうに馬車の外を見ていた。


「まあ、いいわ。どうせ、あなたの頭の中に全部入っているんでしょう?」


 それは事実だ。

 帳簿類は処分せず、本当は臨時郡都ミトロポリに移してある。

 だが、帳簿の中身のほとんどをユーティミアは把握していた。

 でも、それをひけらかしたところで、いいことはなにもない。


「いくらなんでも、買いかぶりすぎですよ。閣下」

「――殿下とお呼びなさいなッ!」

「それはいたしかねます。私が殿下とお呼びする方は、この世に三人――いえ、今はおふたりしかいないのですから」


 心底不愉快そうな眼差しにも、ユーティミアは動じない。

 ファビア・ウァルスのほうがよほど怖い。イレーネにはない恐怖を抱いていた。

 なにより。今は自らがあの『竜殺し』の代行だ。退けない一線がある。


「口だけは達者ね。小生意気な娘のくせに」

「いえいえ。私なんて、大蔵卿ユリアヌス候の爪先にすら及ばぬ若輩です」


 マルキウス氏族と取引関係にある要人の名を口に出す。

 思うところがあるのか。イレーネが苦虫を噛み潰したような顔で、押し黙った。

 ほどなく、馬車はカルディツァ領主の屋敷に到着した。


「なにこれ! 何にもないじゃないの!」

「我が主やその従者の持ち物はすべて引き払いました。手垢のついたものを残されてもご迷惑でしょうから」


 頭に血が上り、顔を真っ赤にしたイレーネ。

 ものともせず淡々とユーティミアが語った。


「建物は前領主のものから手をつけず残してあります。どうぞお好きなようにお使いください」

「…………」

麾下(きか)の兵士の方々が商家から持ち去った調度品など、むしろこちらによくお似合いかと存じます。ご命令でこちらに呼び戻されてはいかがでしょうか。殿()()

「――ありがたく思いなさい。用済みになったら、私の手で貴様を切り刻んでやる」


 吐き捨てられた言葉に、ため息がこぼれた。


(これくらいの煽りに簡単に乗るなんて。案外小物よねえ)


 これがマルキウス氏族の現当主か。

 大御所イメルダ・マルキウスも、先が思いやられるのではないか。

 むしろ、後継者の器に不安があったから、イメルダ自身が健在なうちに「王朝」を確立したかったのかもしれない。


「ソイツをつまみ出して! しばらく顔も見たくないわ」


 星降る宵の寒空の下。イレーネの一言で領主の屋敷から追い出されたユーティミアは、テッサリア占領下のカルディツァをつぶさに見ていた。

 街のいたるところが食い荒らされていた。

 もぬけの殻の民家や商家に踏み入り目星をつけては突き回る。

 置き去りの酒やメシを食い散らかす様はゴミを漁るカラスか。

 それらと違わぬテッサリア兵どもが()(すさ)ぶ寒風に身を震わせる。家主のいない暖炉に火を入れ、サルのような馬鹿騒ぎを繰り広げていた。

 それを止めることすらできないユーティミアは、目をつぶるほかない。


(――アントニウス卿。あなたの見立ては――当たっていたようです)


 ほどなく。前触れのない爆発が起こった。

 家が吹き飛び、煙突から火柱が立ち上る。


(始まりましたね――しかし、これほどの音がするとは――)


 叫びの色合いが酒池肉林から阿鼻叫喚へと様変わりする。

 予告されていたとはいえ、目の前の光景に足が(すく)んだ。


(運は天にあり。鎧は胸にあり。手柄は足にあり。何時も敵を掌にして合戦すべし――あの時は難しい言葉を言われて、よくわかんなかったけど。まるでアントニウス卿の手のひらの上に敵がいるかのようだわ)


 もっとも掠奪の被害を受けた商家では、兵たちが酒樽をひっくり返す勢いで、酒宴に興じていた。そこで数度の爆発が立て続けに起こった。

 それらが連鎖して間もなく、ひときわ大きな爆咆。悲鳴と破裂の混ざった耳を引き裂く轟音。

 屋敷からイレーネ・マルキウスとファビア・ウァルスが飛び出してきた。


「な、なに! 敵襲? ファビア、いったいどうなっているの!」

「わかりません! 大規模な魔術が仕掛けられた形跡もないはずです!」


 動揺する二人に、つかつかとユーティミアが駆け寄る。


「イレーネ閣下! この乱暴(らんぼう)狼藉(ろうぜき)はいったい何なんですかッ!!!」


 ユーティミアは()()()()()。この瞬間(とき)を。

 ここぞとばかりに、感情を爆発させて、イレーネに食い下がる。


「私たちは進んでカルディツァを明け渡した。なのに掠奪(りゃくだつ)のあとは放火ですか! パラマスのように街を燃やすおつもりですか!」

「し、知らない! 知るわけがないでしょう!」

「いったい私との約束はなんだったんですかッ。何もかもずっと耐えてきましたが、もう我慢なりません!」

「貴様、何を!」

「汝、वक्रःकुक्कुटाः! 翼よ、我が喚声(よびごえ)に応えよッ!!」


 腐っても大豪族マルキウスの娘、老いてなお健勝なイメルダの懐刀。

 魔術を知る者であれば、ユーティミアの叫んだ言葉がなにか即座に悟る。しかし、止められない。


「直接召喚魔術、だと……!」


 虫も殺せぬ顔立ちをした「小娘」が唱える短い術式に、テッサリアの要人二人が「しまった」と後手を踏んだと思い知るも、後の祭り。

 複雑な術式を組んでの召喚ではない、真の名による召喚。

 それが可能なのは下等な物質や存在を呼び出すか、あるいは――。


「な……これは……!」


 卓越した魔術師が切り札として持つ、莫大な魔力を注ぎ込んだ召喚魔術。

 烈風が、廃都へと変貌しつつある街路に吹き荒れる。

 ユーティミアの展開した召喚門から(いで)たのは軍馬すら容易く引き裂く(くちばし)。前脚の鉤爪(かぎづめ)が唸りを上げて大地を掴む。大地を疾駆する丸太のような後脚。それらに支えられた巨躯。

 そして、その背には家すら覆い隠すほど巨大な翼。


「グリフォン、だとォッ!」


 それは、大商人の家出娘(バカむすめ)が王都で手に入れた切り札である。

 目を見開くイレーネ・マルキウスの見上げた先、有翼獅子の背にさっと乗り込んだユーティミアは蛇蝎(だかつ)を見る目であった。


「所詮は田舎豪族の放蕩娘と蛮族の小賢しい役人の言葉でしたね。人間の約束事すら守れぬ相手と対等に話した私が愚かでした」

「貴様、言わせておけば……」


 イレーネが売られた喧嘩へ口を開こうとした矢先、石畳を踏み砕く獣の鉤爪が彼女の目前で一閃した。


「あの炎、我が主とルナティア本国の物見が見逃すはずがありません。私もこの件を報告するため、()く『竜殺し』の元へ馳せ参じる用向きが出来ました(ゆえ)!」

「待て! まだ話は終わってはいない!」

「こちらの話は終わっておりますので。馬上からで申し訳ありませんが、失礼させていただきます」


 吐き捨てるような言葉。疾風。抜け落ちた羽根が、炎に照らされた瓦礫の街に舞い落ちる。

 黄昏時。ユーティミアが虚空より()()した獣は、一瞬で暁色に染まる空を駆け抜けて行った。


 ***


 すわ、雷でも落ちたか。

 爆音に飛び起きた老婆だが、すぐに違うと気がついた。

 鳥が驚いたか。街のほうぼうで一斉に飛び回っている。

 沈んだ太陽を呼び戻したがごとく、郡都の空は煌々としている。

 煙と炎がいたるところで立ちのぼる。その中に、真っ赤な何かを見た。


「――あれは、なんじゃ?」


 粉なんて大きさではない。あれは鳥だ。

 火の粉ではなく、火の鳥が翼を広げている。

 少なくとも、老婆の目にはそのように映った。

 鳥が羽ばたいては降り立って。火をつけてはまた飛び立っていく。

 手のつけようのない数の渡り鳥が、カルディツァの黒い空を赤く埋め尽くす。


 ――家だけじゃない。街が燃えるかもしれないんだぞ――。


 領主はこうなることを予見していた?

 (いな)――はじめから意図していたのか?

 皴の刻まれた額と頬に、汗がいくつもしたたり落ちていった。


「――アンタさんがしつこく逃げろと言ったのは、こういうことだったのかい」


 死期がもう迫っている。

 その覚悟はできていた。

 そのはずが、身が竦む。膝が笑う。手が汗ばむ。

 轟音がひとつ鳴るたび、そこで誰か死んでいく。

 生きる執着を捨てた老婆が、恐ろしいとさえ感じる。

 この底知れない恐怖が、勝ち誇ったテッサリアの兵隊を襲うのだ。

 思い出深き街カルディツァを、粉々に砕き周り、焼き払いながら。

 むごい。

 なんとむごい光景だろう。

 あれほど老婆のもとへ足しげく通ってくれた若い領主様が、これほど非情な決断を下すとは老婆にも見抜けなかった。


「――つらい道をえらんだね。シャルルの『ぼうや』」


 この街と引き換えに敵に犠牲を強いた。

 あの若者が背負う業の深さを思いやる。


「――どうか、女神様のご加護がありますように」


 もうじき逝く彼女が託した肖像画とは比較にならないほど、重い何かが――。

 これから生きてゆかねばならない若者を、潰さないでくれることを切に願う。

能ある鷹は爪を隠す。

「計算屋」ユーティミアはアルス・マグナの卒業生。

そこで身につけた「召喚魔術」という切り札を残していました。


>運は天にあり。鎧は胸にあり。手柄は足にあり。何時も敵を掌にして合戦すべし

戦国最強の武将のひとり、上杉謙信の有名な言葉から。

これも、父から受け継いだ膨大なライブラリに死蔵されている中から、自然と出てきた言葉のひとつです。


3日連続更新した「ファイアバード」お楽しみいただけたなら幸いです。

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