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ルナティアーノ・サガ~異国の英雄が剣と魔術の国で「竜殺し」になるまで~  作者: 有馬 美樹
第六章:イメルダ戦役(後篇)/第一幕:鋼鉄の蝶
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第3話 モナーク・レコンキスタ(3)

戦争の合間に内政をやるターンです。

『――ネットワーク接続開始』

『ほわぁ……おはようございます。師範』

「おはよう、オクタ。昨夜は休めたか?」

『実のところ、気持ちが高ぶってしまって。なかなか眠れなかったんです』

「おいおい。大丈夫なのか?」

『はい。ヘレナ様に寝つきをよくしていただきました』


 起きたばかりなのだろう。声に気だるさが乗る。


「そうか。ごめんよ。起こしてしまって」

『問題ありません。ご用件はなんですか』

「火急の用件だ。王都で油が不足している。それを確保しないといけない」

『あぶら、ですか?』

「ああ。機動甲冑の整備に大量に使うらしい」


 血が巡ってきたのか。声がはきはきとしてきた。


『それは大事ですね。カルディツァ工廠でも、たしか……油の在庫が心許(こころもと)ない、と耳にしました』

「カルディツァの在庫状況も確認したい。サイフィリオンを出せるか?」

『かしこまりました。少々お待ちください。すぐに着替えますから』

「本当にありがとう。恩に着るよ」


 それから二十分ほどでサイフィリオンが迎えにきた。

 シャルルを手のひらに乗せた、蒼い鉄の巨人。

 五分とかからずに、郡都の屋敷に彼を下ろす。


「シャルル様、いつお戻りに?」

「たった今だ。ユーティミア、いるよな」

「はい。執務室にいらっしゃるかと」

「ありがとう、オクタ。あとは大丈夫だ。まだ、朝飯食ってないだろ?」

「はい。それでは、食事をとらせてもらいます」


 郡司代行として与えた執務室。

 眼鏡をかけた女がそこにいた。


「お早い帰りですね。アントニウス卿。前線のほうは?」

「敵の先遣隊の出足をくじいてやった。しばらくは攻めてこない。増援を待っているみたいだ。でも、兵力が三千まで増えたら、次こそ攻めてくるだろう」


 三千という数字に。

 見ひらいた目元がぴくりとひくついた。


「羊毛が不足してるといったな。なんの用途で足りないんだ?」

「防寒具です。着の身着のまま。そんな住民が少なくありません。多くが街から出たことのない子供たちです。事前の見積もりから、考慮が漏れていました。申し訳ありません」

「それは仕方ない。王都には羊毛の手配を頼んでおいた」

「え、もうですか!? 助かりますッ」

「あとは、キエリオン郡からもさらに融通してもらえないか。フリッカにも話つけてくるつもりだ。だが、その前に行くところがある――アルデギアだ」


 首をかしげるユーティミア。


「直轄領で油が高騰(こうとう)している。アルス・マグナの消費量が増えてから、価格が上がる兆候はあったらしいが。どうも、それだけじゃないらしい」

「――投機筋が絡んでいます?」

「お、さすがはカネの専門家。その頭の中には、市場経済も収まってンのか?」

「いやいや。おだてすぎですよ。売り手が多ければ価値が下がり、買い手が多ければ価値が上がる。そこに利鞘(りざや)を得ようとする者が参入する。自然ななりゆきです」

「俺もそう考えてる。だから、今の油市場(あぶらしじょう)の外から油を確保したい」

「アルデギアで油がとれるなんて、初耳なんですけど」

「これから、ニシン漁の時期だろ。ニシンを煮てしぼるとな、油が取れるんだ」

「そのために、最前線からお戻りになったんですか!? 頑張りすぎて、ぶっ倒れないでくださいよ?」

「お前もな。目にくまができてんぞ」

「……ッ!?」

「羊毛の件はなんとかする。休めるうちに、頭休めておいてくれ。お前がぶっ倒れると、兵站(へいたん)が詰むんでな」

「お気づかい、ありがとうございます」

「礼をいうのは俺のほうさ。ありがとうな」


 それから、彼はカルディツァ工廠に向かった。

 エールセルジーが暗がりの中でそびえ立っている。

 縄ばしごをのぼり、何日ぶりかに操縦席に座った。


「待たせたな、エールセルジー。調子はどうだ?」

『システム正常。オートパイロット閉鎖。戦闘機動可能』

「それなり、ってことか。まあ、任せろ。俺は絶好調さ。コイツのおかげでな」


 竜玉をはめ込んだ腕輪が光る。

 カリスの修理を経て、皮布が新しいモノに変わった。

 淡雪の鱗鎧を着た状態にあわせて、付け心地が改善されている。


「目的地は、アルデギア漁港だ。道を記してくれ」

『了解。経路確認――履歴表示』

「前に使った道のりだな。これでいこう」


 前に使った最短経路。

 それが脳裏に浮かぶ。


「みんな、機体から離れてくれ」


 工廠の作業員たちに呼びかける。

 彼が念じたように、鋼鉄の人馬獣が動きだす。

 今の彼女はもう。かつてのように、ひとりでには動けない。

 彼が動かさなければ、動かないのだ。指一本にいたるまで。


「よーし。いくぞ!」


 いつか満天の星空の下、原野をつらぬいた道なき道を。

 こんどは、シャルル自身が手綱を握って、駆けぬけた。

 幾多の丘陵、河川。すさみきった廃墟の数々。

 龍脈が通わなくなったのか、すてられた田舎。


(もしかして、この一帯は魔力(マナ)が涸れちまったのか?)


 この世界の(ことわり)や、いろいろなことを見知ったせいか。

 いつかみた、同じ景色のはずが――。

 シャルルの目には今、まったく違ってみえた。


 ***


 アルデギア漁港のほど近く。

 エールセルジーがすべりこんだ。

 シャルルは縄ばしごを下りて、馬を借りる。

 カキの養殖運営をまかせている、元組合長が漁協にいた。


「よう、ばあさん。元気そうだな!」

「領主様かェ! (いくさ)ァおっぱじめたってホントか!」

「ああ。今しがた、最前線から急用で来たところさ」

「いったいどうなすった?」

「油を買いにきた。ニシンしぼった油、いくらかあんだろ? それを買いたい」

「ニシンから油が取れるなど。領主様よくしっておいでで」

「だてに領主やってねぇからな」


 領主のお貴族様がきたらしいぞ。

 そんな話を聞きつけて、何人も集まってきた。


「とにかく女王陛下が油をお望みだ。今、王都じゃ油の値段が跳ねあがってる」

「でも、ワシらの持ってる油なんて、大した量にならん。漁サァ始めたから、今年のぶんを作りはじめたトコです」

「……あのぅ、どンくらい入り用で?」

「可能な限り、ぜんぶだ」

「全ェ部だってェ!? そんな殺生な!」


 誰もが青ざめた。

 ニシンをぜんぶ国で買い取る。

 思いもよらなかった話に、誰もが困惑していた。


「油をしぼるのに使うニシンを、ぜんぶ国で買い取りたい。こうおっしゃるくらい、お困りでいらっしゃる」

「待ってくださいよォ! ニシンはワシらの食料だし、油も必要さァ。全ェ部買われちゃ、生きてけねぇ!」

「そうだろうと思ってな。俺も考えた。可能な限り、ぜんぶといったよな。暮らしが成り立たねぇ。それはもはや、不可能ってヤツだ。そこまでは求めない」


 シャルルの腹案はこうだ。

 漁民たちが生活していくために必要な油と食糧。これには手をつけない。

 これが大前提だ。

 そのうえで、余裕をみて確保しているぶんの油を、国が買い取る。

 そして、これからにぎわうニシンの漁獲物。漁民たちが生活していくために必要なぶんを除いて、ぜんぶ油にしてもらう。これも、国が買い取る。

 買ったぶんの油は、すべてアルス・マグナに送る。

 油をしぼったあとには、ニシン粕が残る。これはシャルルの裁量で使える。

 保存食にも。肥料にも。もちろん、軍隊の糧食にだってなる。

 もしも、先々のメシが心配なら、漁民にいくらか粕を譲ってもいい。

 漁民たちはカネを得つつ、保存食も確保できる――こういう算段だ。


「これから、漁で忙しい時期だ。余計な苦労をかけるのも心苦しい。ここの漁民はもちろん、山の農民たちも。ひいては王国の民草みんなが生き残るためなんだ。どうか、力を貸してもらいたい」


 網を曳き、屈強な体躯をした若い娘。

 年季の入った、しわをたたえた老婆。

 一人ひとりの目をみて、彼は訴えた。


「この戦いに負けたら。俺が作ったモノは、ぜんぶなくなる。ぜんぶ、俺が来る前に戻される。海と山の民が互いの産品を交換する。そうやって食ってける仕組みもつくったが。これも、間違いなくぶっ潰される。俺の業績が残っていたら、次の領主にはさぞかし都合が悪い。そうなりゃ、ここは元の寒村に逆戻りだ」


 尋常じゃない事態。

 それが伝わったんだろうか。


「わーった。アンタさんの頼みだ。その話、乗った!」

「女王様のお言いつけで、領主様がおっしゃるんじゃ。しょうがねェな」

「おめえさん。うちの油壷から、いくらか持ってきな」

「よし、みんなァ。お郷里(くに)のためじゃ。そこらじゅうから、油かき集めるゾォ!」

「「「オオオオオ――ッ!!!」」」


 屈強な海の女たちが、ニシン油の確保に奔走する。

 彼女たちが備蓄していた、ニシン油が集められた。

 そのうちに、王都から勅使(ちょくし)の早馬が駆けてきた。


「カロルス・アントニウス卿は、おいでですか?」

「俺がカロルス・アントニウスだ。勅使のお方か」

「はい。直接、貴殿にお渡しするようにと」


 書簡を受けとる。

 封をほどくと、勅書(ちょくしょ)が入っていた。


「俺宛ての勅書だが。みてみるか。陛下直筆のご署名が、ここにある」


 口約束でない。しかも、親署の入った公文書。

 それを惜しみなく、漁民たちに手渡した領主。

 誰もが目を丸くした。


「ここに書いてあるだろ。ニシン油をできるだけ国庫で買い取る。今ある在庫としぼった油を王都に送るように。油以外の副産物の扱いは、俺の裁量に任せるって」

「こりゃァたまげた! 女王陛下のご宸筆(しんぴつ)だってさ!」

「ハァ~。生きてるあいだに、こんなモン拝めるとは。ありがてェありがてェ」

「前の領主ンときゃ、とても信じられなかったよナァ」

「そんじゃ、さっそく今朝獲れたニシンで油しぼるゾ」


 かまどを据えおき、大釜を海水で満たし、石炭で煮て沸騰させる。

 釜に獲れたてのニシンが放り込まれた。

 ニシンを大きなへらで混ぜつつ、三十分ほどかけて煮あげていく。

 大釜からすくわれ、圧搾(あっさく)用の桶に運ばれたニシン。

 そこに重石が載せられた。さらに、一方を固定された太い木の柱が乗っかり、もう一方に別の重石をぶら下げる。


(なるほど、梃子(てこ)の原理で圧搾してるのか)


 二十分ほどかけて、ニシン粕からしぼり汁を出しきった。


「油も、粕も、どっちもお納めする。こりゃァ気が抜けねェ作業だ」

「本当に苦労かけちまうな」


 申し訳なさそうな顔をするシャルル。

 その肩を、ばあさんが叩いて言った。


「なんのなんの。アンタさんのおかげで、ワシらみーんな金回りがよォなった。漁に出られねェモンも、今じゃァラクに食ってける。アンタさんがやられちゃァ、それもおしまいよォ。全ェ部、水の泡じゃ」

「アタシら海ぃのモンが、お国の役にたてる。そうそうないこった。そりゃァ、精魂こめてェ作らせてもらいます」


 こうして、作業が回りはじめた。

 その一部始終を見守った彼の脳裏に、ある発想がよぎる。


(あれ――これって、ニシン以外にも使えるんじゃねぇか)


 魚以外にも、油がとれるモノ。

 まず浮かんだのは、獣脂(じゅうし)だが。


(そもそも、獣がすくねぇ。コイツはダメだ――いや。まてよ)


 頭の片隅にあった点と点。それらがつながって。

 (カイコ)のさなぎから油がとれないか。ふと、そんな発想がわいてきた。


(そういえば――蚕のさなぎって、この国じゃ何に使ってるんだ?)


 ルナティアの服飾(ふくしょく)を支えているのが、養蚕(ようさん)だ。

 王都は道端に豚の糞ひとつない。家畜がいないのだ。

 そのかわりに、各家庭が蚕をそだてて、絹糸を作る。

 それにより、絹織物が広く普及していると耳にした。

 蚕のさなぎが作る(まゆ)をほどいて、絹糸を得るという。

 そのとき。丸裸にされたさなぎは、どこへいくのか。


(うーん。なんか知ってるかもな。フリッカなら)


 ニシン粕を少しもらって、シャルルはエールセルジーに乗った。

 元来た道を逆に走って、カルディツァへ。そこから、さらに東へ。

 次に向かう先は、もうひとつの郡都。キエリオンだ。


 ***


「フリッカはいるか!」

「――閣下!? 前線にいらっしゃったのでは?」

「急な用事で前線から離れた。アルデギアに行ってきたところさ」


 ユーティミアと同じように、フリッカにも事情を説明する。


月桂樹(げっけいじゅ)も、オリーブも。実のなるモノは、収穫時期を過ぎてしまいました」

「ああ、そうだよな」

「ですから、キエリオン郡で油を確保するのは難しいかと」

「それは期待してなかった。むしろ、羊毛がほしい。肥料につかうって、たしか前に言ったよな。ソイツを回してほしい」

「やせた土を豊かにする、貴重な肥料です。農家が協力してくれるかどうか」

「そこでだ。コイツと交換できねぇか?」


 しぼりたてのニシン粕を、袋ごと渡した。

 袋の口をあけ、フリッカが鼻をつまんだ。


「うわ。くっさ! なんですかこれ!?」

「ニシン粕だ。煮あげたニシンから、水と油をしぼりきった。その残りカスさ。乾燥させたら、保存食にも、肥料にもなる」

「ひっさびさの磯のにおいがします。これ、預かっていいんです?」

「肥料につかえるか、確かめたいだろ? そのまんまくれてやるよ」

「わかりました。なるべく早く、お答えできるようにがんばります」


 これでひとまず、主題は話した。

 シャルルにはもうひとつ、聞きたいことがある。


「それで、油の話の続きだ。世の中には、(かいこ)のさなぎからつくる油もあるらしい。聞いたことあるか?」

「へぇ、そんなモノが。初めて知りました」

「この国では、いたるところで蚕を飼育してるって話だよな」

「ええ。直轄領の数少ない特産品が生糸(きいと)ですから」

「繭を取ったさなぎって、何かつかってんのか?」

「いいえ。捨てているところがほとんどですね」


 フリッカによれば。

 王都は風の属性が強い土地柄ゆえに。

 土の属性をもつ虫には、忌避感のある人々が多いそうだ。


「それで、よく蚕をそだててるな」

「養蚕は国が奨励してきた歴史があります。なにより収入源になる特別な存在です。でも、糸を取るために繭を煮たら、中のさなぎは死んでしまいます。羽化もしませんから、ただ捨てるだけなんです。よくて、すりつぶして畑にまくとかです」

「王都じゅうから蚕のさなぎを集めてさ。油をしぼれないかな?」

「その油、なにに使うんです? みんな、気味悪がって使いたがらないですよ」

「石鹸とか、ろうそくとか、用途はいくらでもあるぞ。そのぶん、月桂樹(ローリエ)やオリーブの油を使わずにすむだろ」

「どっちにしたって、庶民が使ってくれるかは不透明です」

「ま、少なくともアルス・マグナの連中が喜んで使うのは間違いない。それだけ、市中に回す油が増えれば、民草の苦しみが減る」


 腕組みするフリッカ。

 その表情は、もはや彼をあなどるようなモノではない。

 彼女なりに、真剣に考えている様子だった。


「農務府が運営する、王都郊外の試験農園。ここに、肥料がわりの備蓄があります。王都の民が捨てたさなぎを、引き取ったものです」

「それだ! ソイツで油を作りたい。一緒に王都へ来てくれッ」

「バカげてます! ここから何日かかると思ってるんですかッ」


 その問いに。

 彼は口元をゆるめ、こう言い放った。


「そんなもん。二時間ありゃ、十分だろ」


 シャルルはエールセルジーの背中に上がる。

 機体にくくりつけてあった鉤縄(かぎなわ)を手にとって、フリッカに渡す。


「ソイツで身体を固定できたら、王都まで二時間で連れていってやる」

「なに、言ってるんですか? 閣下」

「お前もそれなりに魔術使えるんだろ。それにつかまるなり、身体に巻き付けるなりやり方はまかせる。振り落とされないように、なんとかがんばってくれ」

「そんなむちゃくちゃな!」

「頼む! 王国の存亡がお前の肩にかかってるんだ!」


 そう言って、フリッカを説得したシャルル。

 彼女を背に乗せて、エールセルジーは巡航をはじめた。


「いぃぃぃやぁぁぁぁぁ――――ッ!!!」


 鉤縄にしがみついたフリッカ。

 鼻水を垂らしたまま、ずっと泣き叫んでいた。

半ば王都へさらわれてしまった、フリッカの運命やいかに!?


さなぎ油は生糸が主要産業だった戦前の日本で、石鹸などに使われることがありました。

日本の養蚕が斜陽化して久しい昨今、美容の観点から再評価されるようになったみたいです。

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