第7話 資格者召還令
本エピソードから第二幕に入ります。
日暮れから間もなくのこと。
「只今、戻りました」
「おかえりなさいませ。オクタウィア様」
「ご苦労様。オクタ」
銀髪の家政婦長ヘレナが不思議な顔をする。
一方、哨戒から戻った資格者オクタウィアは笑みをこぼした。
「あの、師範に内密の話があるのですが。今、よろしいですか?」
「ああ、構わないさ。エレーヌ、席を外してもらえるか」
「――かしこまりました」
「ありがとう。すまない」
女王への書状を書き上げて、アグネアが寄越した伝令に託した。その手伝いをしてくれた、ヘレナを応接室から見送り、戸を閉める。
オクタウィアと二人きりで応接室に残ってから、彼女が何かを取り出した。
「――実は、女王陛下から密使が」
「読ませてもらうよ」
差し出された書状を開き、言葉を失った。
「カリス・ラグランシアに大逆罪の嫌疑あり……って、なんだ、コイツは!?」
「無理もありませんよね。私も半信半疑でした。王都で何があったのか……」
「カリスが資格者かもしれないって。いや、そいつは……まぁ、良しとしよう。それで、資格者を王都に召還する。この話が理解できねぇんだが」
「カリスさんが機動甲冑を操って、メガイラ軍務卿を殺めようとした。そして、軍務卿は現在も意識不明。もし、これが本当だったら、カリスさんは大逆罪に問われて。おそらく……」
「王族殺しは大罪だろうな。殺されるのは前提として、どうやって殺されるか。って話だろう」
「……ッ」
胸を手で押さえるしぐさ。
指先が微かに揺れている。
伯爵令嬢とはいえ、十七歳の少女である。自分よりも若い、十五歳のカリスが死罪に問われている。その動揺を見て取った。
「でもさ、あんだけ頭の切れる奴だ。そんなバカな真似するわきゃねぇ。何か事情があるはずさ。『嫌疑あり』っていうけども。裏返せば、罪が確定したわけじゃねぇ。こういうことだろ?」
「……ええ。ですから、女王陛下は資格者を王都に戻し、調査したいのでは?」
「それだ。それがわかんねぇ。その現場に居合わせなかった俺たちに、いったい何ができる?」
「資格者は、機動甲冑と意思疎通できるんです。そう。私が、エールセルジーの聲を聞けたように」
「……なるほどな。なぜ機動甲冑がそうしたか、確認させたいのか。俺やお嬢に」
「――オクタ、ですよ。師範」
オクタウィアが人差し指を立てて、シャルルの唇へと当てる。
「わりい。この呼び方、呼び慣れてなくて」
「なんて、冗談ですよ。カロルス皇帝陛下」
「ああッ。その呼び方はマジやめてくれッ」
たしかに、こんなやり取りは、恋人には見せられないな――。
気まずそうに頭をかいた彼に、オクタウィアが真顔になった。
「こんなことになってしまいました。なので、一度、サイフィリオンと王都に戻ろうと考えています。師範はまだ、こちらでやることが多いでしょうから」
「そうだな。俺が行くよりは、おじょ――オクタが行った方がよさそうだ」
「カリスさんは、機動甲冑を知り尽くしたお方。もし大逆罪で殺されてしまったら、王国にとっても、それこそ大きな損失。私情だけじゃありませんッ。王国のためにもお助けしたいんです。なんとしても」
「ありがとう。俺は何もできねぇが、よろしく頼むよ。オクタ」
「はいッ、お任せください!」
***
翌日早朝。
蒼穹色の巨人一体が、カルディツァを発った。
石畳が敷かれた、バルティカ中街道を疾走する機体。
機動甲冑『サイフィリオン』である。
その機内には、オクタウィア・クラウディアが乗っていた。
カルディツァから王都まで、五七マイルの道のり。
馬であれば半日かかるところ、二時間ほどで行くことができた。
王都の直前、川幅の広い大河が眼前に横たわっている。
「河を越えましょう。お願い、サイフィリオン」
『了解』
鋼鉄の騎士がふわりと浮き上がる。
そのまま、水面の上を渡っていく。
すれ違った渡船の渡し守が口をあんぐりとしたまま、固まっていた。
(河川でさえも、障害ではないのよね)
この紫銀の機体にとって、麦畑も、大河も、似たようなものである。
風の魔術を以って、ほんのわずか浮き上がり、横滑りしていくだけ。
(この距離であれば、魔力消費も全く問題ないはず)
およそ数分かけて、対岸に渡った鋼鉄の巨人。
木製の桟橋を避けて、海へ向かう街道から回り込み、王都に入った。
(――兵士の数が多いような)
アルス・マグナに向かう紫銀の巨人。
それに向けられる兵士たちの眼差し。
畏怖というには、あまりにも厳めしい目つき。
(――何かしら。胸騒ぎがする)
一刻も早く。
そう念じつつ、オクタウィアはアルス・マグナに帰投した。
格納庫の中に入り、薄暗い屋内に視界が慣れてくる。
(あら……いつもより、人員が少ない気が)
蒼穹色の機動甲冑の帰還に奔走する、顔なじみの研究者たち。
カリスの姿が無い。それ以外、一見、何の変哲もない格納庫の中。
そこをひとたび出ると、燻ぶった違和感は、ある確信へと変わる。
「止まれッ!」
格納庫のすぐ外。見慣れない警備の兵隊が立って、彼女を遮った。
――敵意。
そう呼んでも差し支えないほど、刺々しい何かを感じ取っていた。
「何の御用でしょうか。急いでいるのですが」
「現在、アルス・マグナと外部の往来は証拠保全のため、制限されている」
「資格者オクタウィア・クラウディア。女王陛下のご命令により、カルディツァより参上仕りました。私をここで足止めせよとは、陛下の勅命でしょうか?」
「それは……ッ」
「資格者は、女王陛下直属の身分。陛下の勅命以外、あらゆる命令に対する拒否権があります。これ以上の妨げは、陛下の統帥権にも関わりますが?」
「止める必要はない。通せ!」
その様子を見ていた、士官がこう命じた。
何食わぬ顔で通り過ぎた、オクタウィア。
(はぁ。どうして、こんなことに……)
その心中は、決して穏やかではなかった。
***
「よくぞ戻りました。オクタウィア・クラウディア。ご苦労様でしたね」
「はっ! ありがたき幸せにございます」
「こんなところで会うことを許してちょうだい」
「いえ、滅相もございません」
女王ディアナ十四世への目通りを願い出た、オクタウィア。
その願いはすぐに聞き入れられた。場所は謁見の間ではなく、こじんまりとした応接室の一つである。
跪き、臣下の礼を取った少女。
懐から封書を取り出し、主君に差し出した。
「カロルス・アントニウス卿から、書状を預かってまいりました」
「ご苦労様です」
女王みずから封書を受け取り、それを開く。
間断なき公務に、疲労が拭いきれない顔色。
それが次第に、少女のように血色が増し、嬉々としていった。
「まぁ、あらあら……」
「いかが、なさいましたか?」
「見てごらんなさい、オクタウィア」
読んでいた書状を、わが子に見せるように見せびらかす。
平均よりも、やや大きめに記された文字は、読みやすい。
決して、流れるような書体ではないが、丁寧に書かれた文字。
まだ癖が染みついていないのか、崩されていない綺麗な書体。
堂々とした筆跡に、手紙を書いた者の人となりがうかがえる。
「数か月前、言葉も満足に喋れなかった人が。こんなに立派な文字を書くようになるなんて。ふふふっ」
治天の君がほころばせる、無邪気な笑み。
女王の私室に招かれて、王家に伝わる秘密を女王みずからの言葉で聞いた。
そんなオクタウィアに、形式ばった振る舞いを忘れているのかもしれない。
王太子ベアトリクス第一王女がいれば、この場で窘めているのだろうか?
「王太子殿下の御容態は、いかがでございましょう。陛下」
「危ない状況は脱しましたが、予断を許さぬ状況です。身体に鞭打って公務に戻ろうとして、侍従たちに止められています」
「あの。メガイラ軍務卿の御容態は?」
「息をしてはいます。しかし――」
女王がそこで言葉を切った。
沈痛な面持ち。わずかの沈黙。
やんわりと首を横に振った後に。
目を伏せたまま、押し殺した口調で言い切った。
「生ける屍になり果ててしまった。主治医からそのように、報告を受けています」
「……申し訳ございません、陛下」
「かまいません。貴女には事実を知る資格があります。わたくしよりも、残酷で辛い事実を知り得る立場ですから。むしろ、わたくしが謝らねばなりません」
オクタウィアの両手を取った女王。
その手は、思っていたよりも、ずっと温かい一方で。
その眼差しは、思っていたよりも、か弱く思われた。
「この国の君主として。知性の殿堂たるアルス・マグナの名誉総裁として。そして、その肩書を持ちながら、手をこまねいている以外、何もできなかった、一人の無力な女として。わたくしは、貴女に頼みたいのです」
「……はい」
「機動甲冑に訊いてください。なぜ、貴女やカリスを資格者として受け入れたのか。なぜ、エールセルジーは資格者でないベアトリクスを受け入れたのか。なぜ、ドラヴァイデンは資格者でないメガイラを受け入れなかったのか。なぜ、ドラヴァイデンはメガイラをあのような生ける屍に変えてしまったのか。それらの判断は何に基づいているのか――」
「カリス・ラグランシアの指示によるものかどうか、という意味でしょうか」
女王は目を見て頷いた。
「カリスは、ベアトリクスにとって、娘のようなもので。いまだ孫の顔を見ていないわたくしにとって、かわいい孫のようなものです。少し癖の強さはありますが、真っ直ぐな性格をした孫娘。メガイラを殺すような、そんな大それたことはしない。そう信じているのですよ。でも――」
「……」
「言うのです。メガイラを慕う、軍務府の多くの者たちが――ラグランシアを斬れ。王族を殺害しようとした国賊として、生きながら四肢を引き裂いて、腸を燃やすべきだ。それだけで足りるものか、居合わせたアルス・マグナの研究者たちを連座させるべきではないか――と」
絶句する。
想像はしていた。
しかし、違った。
改めて、言葉にして告げられてわかった。
「君主として、もはや、私情を差し挟むことは許されないのです。わたくしにできること。それは、カリス・ラグランシアの身柄が軍務府の武官に害されぬよう、王城の一室に軟禁すること。それ以外に無かったのですよ」
こんな、胃を握り潰されるような痛み。
きっと、眼前のか弱い女性はその痛みに耐えてきたのだと。
「アルス・マグナも態度を硬化させています。機動甲冑がいかなるものか知ろうともせず、勝手に接収しようとした故の事故である。過失はメガイラの側にあり、それを諫められなかった軍務府も同様だと。軍務府首脳から謝罪がない限り、今後の徴発、徴兵には絶対に応じられない――と」
(アルス・マグナの人が少なかったのは、そのせい?)
「アントニウス卿から援軍の要請があった。その件は承知しています。ですが、この有事に国家が真っ二つに割れているのです。おそらく、今は……何の動きも取れないでしょう」
「そんな……」
胸がキリキリと痛む。
少しでも戦況を有利に導くべく。
彼が奔走して勝ち取った、たった三日の猶予。
それを空しく食いつぶそうとしているのだ。この国は。
「この件を根本的に解決へ導ける者が、誰ひとり居ないのです。アントニウス卿と、貴女以外には」
十七歳の小さな双肩。
先の戦いで背負った甲冑の重み。
それとは質の異なった、重圧がのしかかる。
「酷なことを求めているとわかっています。許してちょうだい」
(大丈夫。大丈夫……できる。やってみせる)
この王国の資格者であり、貴族でもある。
高貴なる者の義務がある。
腹が据わった。否、ねじ伏せた。
「かしこまりました。アントニウス卿に代わって、私が調査に当たります。ですからどうか、ご安心ください。陛下」
胸が膨らむような思いで、オクタウィアは女王の両手を握り返した。
守るべき者が、もう一つ。増えたように思われてならなかったから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
資格者として、重要な立場に立ったオクタウィア。
彼女にどんな運命が待っているのか。
そして、本作のヒロインであるソフィア王女殿下。
立場ゆえ、自由に動けなかった彼女の出番が到来!
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