時間跳躍者、山本吾一
【Г1058/11/30】
1年後への時間跳躍を念頭とした施設を建築している一方でアンドレイはさらなる実験を考えていた。それは時間跳躍の人体実験である。マウス実験の結果からして圧力の問題はクリアしている。
それでも人体実験となると、国家も簡単に首を縦には振らない。安全性を強調しようにも過去の実験でマウスを死なせてしまっているので、簡単にはいかないだろう。しかしアンドレイは悩むことなくシガールを呼んだ。
「シガール、このコンソールをこのメモの通りに動かしてくれ」
「別に構わないがお前まさかと思うが」
「当然だ、俺が行く」
呆れた顔でシガールはコンソールを動かした。3つの輪が不規則に動き始める。アンドレイは別途用意された乗り物に乗り込み、準備完了と合図を送った。
「アンドレイ、行くぞ!」
言葉とともに実行コマンドを打ち込んだ。3つの輪が光始め、アンドレイを乗せた乗り物は姿を消した。
「初の人体実験で研究者本人が行くとは前代未聞すぎる・・・」
コンソールで入力した跳躍期間は1日、明日同じ時間に再出現する。シガールは時間跳躍機を停止させて、その場を離れた。
【Г1058/12/1】
昨日時間跳躍させたときと同じ時刻に近づいてきた。シガールは研究施設に赴き、再出現を待っていた。
淡い光とともに、アンドレイを乗せた乗り物が出現した。中からロックを外し、昨日見せた姿と変わらずにアンドレイが降りてきた。
「今日は何日だ?ちゃんと12月1日か?」
「ああ、昨日の同時刻だ。日付は違うがな」
「フ、フフフフ・・・フハハハハ!!成功じゃないか!!やはり問題ないな!」
シガールは呆れていた。普通未知の研究というのは常に最悪を考えていくものである。いや、コイツに至っては”普通”という概念が存在しないのかもしれない。続けてアンドレイが言った。
「おいシガール、人体実験は成功したと上層部に報告してきてくれ!!時間跳躍機はさらなる進化を遂げたとな!!」
「わかった、まったくお前にはいつも驚かされて呆れさせられる・・・」
「頼んだぞ、俺は少しでかけてくるから」
アンドレイは国防軍本部を出て、街へ出ようとしていたがなにか気になる会話が聞こえたので足を止めた。
「おい、この間の領空侵犯さ、ワープ難民だったんだけどよ」
「ああ、やっぱりそうだったのか。そうだよな、ヴァストークに攻め込もうなんてアホはいるわけないもんな」
「ところでよ、そのワープ難民なんだけど、なんか変でよ」
「変?異星人なんだからだいたい俺らと価値観違うだろ?」
「なんかタイムワープしてきたとか、そう言ってるらしいんだ」
タイムワープ、すなわち時間跳躍してきたということだ。これが本当だったと仮定するならば、二通り考えられる。
1.アンドレイが作った時間跳躍機を使ってこの時代に来た。
これは時空アンカーが関わっている。時空アンカーを本格的に設置起動したのが丁度領空侵犯と重なるからだ。時空アンカーは設置前のデータは存在しないために設置した瞬間から前には時間跳躍することができない。この説が一番有力である。
2.自作の時間跳躍機を使った。
同じ理論なのかどうかを含めてアンドレイとしてはこっちの場合のほうが技術的に得られる情報が多い
「兵士ども、そのワープ難民はどこにいるか知ってるか?」
「ああ、ゼクの中央病院にいるらしいぞ」
「すまない、行ってみる」
軍部ではアンドレイは顔が利く。親父のエドワルト・ワーグナーは陸軍大将と、陸軍ではトップだからだ。アンドレイは早速ゼクにある中央病院へ向かった。
ゼク中央病院。巨大病院というわけでもなく、ごく標準の緊急対応を行っているようなサイズの病院である。受付で事情を説明して面会に行くことにした。
「ん?面会かぃ?いやぁおいらここに来て知り合いなんていねぇぜ?」
病室から声が聞こえた。一応ここの言葉にも聞こえるが異様なしゃべりかただ。早速部屋に入り、山本吾一なる人物に接触した。
「お前がワープ難民か?」
「おお、この星・・・いや国か?ではそういうふうに言うらしいな?おいらは山本ってんだまあよろしくよ」
「ああ、喋り方がなんか特徴的だな。お前の星ではそれが普通なのか?」
「いやいや、おいらぁあんまそういうこたぁ知らんのでな。で、おいらになんのようでい」
妙な喋り方をする山本は、年齢は40台後半といったところだろうか?白髪交じりの茶髪に青い瞳をしている。左目に傷跡のような痕跡が見受けられるが新しいものではなさそうだ。服装は軍服のようなものを着ている。どこかの惑星の軍人なのだろうか?
「おっちゃんは噂によるとワープ難民というよりタイムワープ難民って聞いたんだが本当か?」
「ああ、タイムマシンのテストをしてたんだが大被りよ」
「大被り・・・?」
「失敗したってこった、本当にこの星の言葉ぁ難しいな小僧」
「失礼、俺の名前はアンドレイ、アンドレイ・ワーグナーだヴァストーク国防軍技術研究所に務めている」
「おいらの名は山本吾一だ、1000年後の太陽系第三惑星地球の日本国宇宙第三艦隊所属だ」
「1000年!?」
「ああ、テストを兼ねて飛んだつもりだったんだが、時間は移動できたのに機械がエラーをはいちまってよぉ」
「そんなことより小僧、お前研究員か?なら話ははええなぁ国防軍つぅーと軍事研究かい?」
「本当に1000年後から・・・?あとオレは軍事は専門外でな。すまんな」
「じゃあ何を研究してるんでい」
「俺は物理学者だ、錬金術師も兼ねてるかな」
「ホォ?物理学者か、おいらもそうでい。奇遇だな」
山本は少し安心したような顔を見せた。ワープ事故を起こしてからずっと話が通じなかったらしく、飽き飽きしていたようだ。よく見ると腰に木製だろうか?弧を描いたような棒状のものを差している。
武器にも見えるが、剣の一種だろうか?
「少し詳しく話を聞きたい、ちょっと俺の研究所まで来てもらいたいんだが」
「お、本当か!そいつぁ楽しみだなぁ」
二人が移動しようとした時、目の前に見覚えのある赤いロングソードが突き刺さった。アンドレイは表情が一変したが、山本はロングソードを興味津々に見ている。
「こいつぁ・・・何でできている?鉱物類・・・ちょっとチゲぇな」
仮にこの国の軍人でもあまりお目にかからない代物であるこのロングソードはレッドマターソード(RMソード)という。レッドマター(RM)で作られた剣だ。
RMとは、錬金術で生成できる最上位の物質だ。物質エネルギーを大量に消費する代わりに硬度、 引張力、圧縮力、熱耐性など全てにおいて強い万能素材だ。
天然で産出することはなく、物質製造機でのみ生成ができる。アンドレイが古代技術に否定的なのにもかかわらず物質製造機だけ研究し続けているのは、こういう未知の物質がまだあると考えているからである。
当然並大抵のことでは折れるどころか傷すらつかない。そんなRMソードを兄貴に向けてぶん投げてきたのは当然リナだ。何をそんなに怒っている。
「おはよう、ついに不健康で病院送りになったの?」
「今病院にいるのに救急車呼ぶところだったぞ」
「兄も持ってるでしょ?RMソード」
ただじゃれついてきただけだったようだ。なんでコイツが病院にいるのかはわからないがそれより山本がかなり興味津々にリナに聞いてきた。
「嬢ちゃん、剣の類かい?そいつぁ」
「え?あ、はい。RMで作られた剣ですけど・・・」
「RM?」
「ああー、面倒だ!リナお前も研究室に来い」
ここは病院だ。周りに迷惑がかかる挙げ句、RMなどの重要情報をこんなところで散らすわけにもいかない。正義感や常識があまりないアンドレイだが、これ以上情報が表に漏れるのを防ぐためにも止めに入ったのであった。
技研に到着した三人は、アンドレイのパスでレベル3区画にいた。レベル3区画は一般人も関係者と一緒なら入ることができる区画で、比較的セキュリティは甘い。普通の室内より若干明るめで、白を基調とした壁に緑色の床が広がっている。
「こいつぁー立派な研究所なこって」
「まあな、一応軍の研究所なんだ。ショボいってのは少し間違ってるからな」
「兄、技研まで来てどうするつもりなの?」
「ああ、RMについて知りたいらしいからな。俺もおっさんから情報をききたいんだ」
「ほぉ、おいらが未来から来たって信じてくれるんかい?」
「とりあえず話を聞いてからだな」
レベル3区画の小会議室へ移動した三人、アンドレイが扉を締めてリモコンを操作したすると机が全て端に移動し、中央の床が沈み込んだ。
「正規ルートはいろいろと面倒だからな、近道を使う」
「隠し通路かぃ、正規ルートだとオイラ達を通せないからか?」
「そのとおりだ、RMについて知りたいならレベル5区画で説明する必要があるからな」
「兄こういうギミック好きだよね」
「ああ、大好きだとも!かっこいいではないかフハハハハ!」
「ダサい」
「ダサい服装に定評のあるお前には言われたくないな、うん」
三人は地下へ続く階段を降りて、レベル5区画に入った。アンドレイの研究室に入った時点でアンドレイは言った。
「おいおっさん、早速だがお前が持ってるそれって剣だよな?」
「よくわかったなぁ、そのとおりでい」
「腰に差してる時点でそうなんじゃないかって思ってたんだ」
「え、ということはおじさんは剣士なの?」
リナが目を輝かせながら見ていた。ヴァストークでは敵なしというレベルまで鍛え抜かれたその剣術を、異星の剣術にも通用するのか試してみたいのだろう。
「剣士というわけでもないな、おいらは山本流という独自流派だ」
「ちょっとその剣を見せてもらってもいいか?異星の剣は見たことがないんだ」
「せっかくでい、嬢ちゃんと手合わせ願いたいものだな」
「私は別にいいよ、兄どうすんの?」
「わかった、RM剣はそんじょそこらの剣じゃ受けることすらできないぞそれでもいいのか、おっさん?」
「ハハハハハ、おいらの剣は自慢じゃねーがそう簡単に折れねえぞ」
山本とリナが互いの間合いに入らない程度の距離に離れた。アンドレイは合図の準備をする。
「両者、致命傷等は避けるようにすること。それでははじめ!!」
リナは愚者の構えをしている。一方山本は腰に差していた剣を鞘ごと引き抜いて構えたままだ。愚者の構えは下段に構え、剣先を地面に向ける構え方で、ワーグナー剣術における4つの構えの一つである。上段の攻撃には若干遅れをとるものの、カウンターを取るのに向いている。
しかし、山本が剣を抜かずに構えた状態のままでしばらく膠着状態が続いた。しびれを切らしたのか、先手を打ったのはリナだった。
愚者の構えの姿勢のままに一歩踏み出し、そのまま左下段斬りで左脇を狙った。それを剣を抜かずに山本が交わすが、まだ剣を抜こうとしない。
間髪入れずに右上段斬りのフェイントを入れて左上段斬りをリナがかます。ワーグナー剣術の横の斬撃である。このフェイントは見切るのは非常に難しく山本もついに剣を抜いた。
「おいらに剣を抜かせるとは、思った以上にやるなぁ嬢ちゃんよ」
RM剣と打ち合った場合、大体は剣が折れるのだが折れることがなく、そのまま受けきった。アンドレイは唖然とした顔で見ていた。山本が持っている刀は黒い剣でやはり弧を描いていた。この国、いや惑星で見たことのないタイプの剣だ。
互いに剣を交えたあとすぐに間合いから離脱した。リナは少し嬉しそうな表情を浮かべているようだ。
「フェイントを見きったということはかなりの腕前ですね!でもこれからですよ!」
リナがそう言うと構えを愚者から鋤の構えに切り替え即座に突きを放った。山本は突きを左に体をそらして避けたが、付きを途中で止めさらに横払いを放ち追撃をした。
たまらず山本はそれを剣で受け、少し後ろに下がった。その隙を逃さずに左横払、右上段、左下段と連続で斬りかかったが、山本も即時に対応し、両者は再び間合いの外に移動しにらみ合いが続いた。
「真剣でやってるのにこんな長引いたの久しぶりです!」
「そうかぃ、じゃあおいらもそろそろ準備運動をやめて本気でいくかね」
山本がそういうと、剣を収めて鋤の構えに近い構え方をした。リナは次にどう行動するか把握できなかったが、何かしらの攻撃が来ると構えた。
次の瞬間、山本は剣を抜く前に間合いに突撃し、瞬く間に剣を抜いてリナの剣を吹き飛ばした。一瞬の出来事でリナも対応が少し遅れたのも原因の一つだが、瞬速と言わんばかりの速度にアンドレイも判断が一瞬遅れるほどだった。
「そこまで!勝者おっさん!」
「おい坊主、俺は山本吾一っつぅ名前があるんだ、覚えろ!」
「すまんな、山本!俺は年上でも身分が上でも敬称はつけないぞ」
「それでかまわねぇ、よろしくな坊主」
「アンドレイ・ワーグナーだ、よろしくな」
「あ、私はリナ・ワーグナーです」
「早速だが山本、あんたの剣は何でできているんだ?RMで傷すらつかないとは」
「ああ、こいつぁ鉄だよ、正確に言うと鉄と炭素の合金の鋼と、鉄でできている。ただ普通のものと違うのは10万分の1まで圧縮してるってところでぃ」
「10万分の1だって!?じゃあ重量はどうやって今の重さに保ってるんだ?」
「ああ、反重力物質は知ってるか?あれを組み込んでら」
「そうか、耐久度は劣るがそもそも10万分の1まで圧縮しているから僅差なのか・・・」
剣を10万分の1まで圧縮しているということは、この剣のは本来これの10万倍のサイズになり、質量も10万倍ということになるが、何らかの方法で剣を圧縮。さらに反重力物質を混ぜることで1.5kgまで重さを軽減しているということだ。
だが重さはなくても10万分の1に圧縮されているということはその物質の強度も元は10万倍に膨れ上がっているということになり、そんじょそこらの兵器でもこの剣を壊すことはできないだろう。
「しかし、そこまで物質を圧縮するんならかなりのエネルギー量が必要になると思うが」
「ああ、それは問題ねぇ。ダイソン球をいくつも持っているからな」
ダイソン球とは、恒星の周りに人工物を建築して恒星のエネルギーを効率よく使うある意味究極のエネルギー供給源である。ただし、熱量や技術面。さらに恒星を一つ完全に光を閉じ込めることになるためあまり行っている星は存在しない。
単純に自然を完全に破壊してしまう技術であるために使っていないという星も存在するくらいである。
ダイソン球に鉄を圧縮した剣。下手をすればヴァストーク以上の技術力を保有している星の可能性もある。もしかしたら時間跳躍してきたというのも本当なのかもしれない。
「次はおいらの番だな、RMってのはなんなんだ?」
「RMというのは錬金術という技術で生み出した、通常では作ることができない超高エネルギー物質だ。物質エネルギーの概念から説明しないといけないな」
「例えば山本が持っているその剣だが、それは1.5kgの10万倍のエネルギーを秘めているEMCという単位で物質エネルギーは数えるんだが、単純計算で3840万EMCだ。そしてRM剣に使われているRMの重さは約800gで約94万EMCだ」
「つうことは鉄は128EMCということだから、とんでもないエネルギー量ったこったな」
「ああ、そういうことになるな。10万分の1まで圧縮したお前の剣ほどじゃないがな」
「こいつぁ刀っていうんだ・日本伝統の刀剣さ」
「かっこいいです・・・本当にかっこいいです・・・」
専門的な話をしていて蚊帳の外になっていたリナが突然近づいてきた。リナが負けるのは本当に稀な話で、未だに勝てないのは母親と祖父くらいのものである。
「山本さん、いや師匠!!弟子にしてください!!」
「ん?いいぞ」
「あっさりだなおい!いいのかよ山本!」
「ああ、かまわねぇ。こんな若ぇ嬢ちゃんが剣を習いたいなんてあんまりねぇことだろ?」
「ありがとうございます!!精一杯師匠に追いつけるよう努力します!!」
ワーグナー剣術をマスターに近い状態まで習得しているのに、今更ほかの剣術を覚えて一体どうする気なのかはわからないが、アンドレイとしては邪魔がいなくなるのは好都合だったので黙って傍観することにしたのだった。
「んで、山本」
「なんでぃ」
「お前はどうやって時間跳躍してきたんだ?」
「ああ、それを説明するには乗ってきた戦艦に案内する必要がある」
「戦艦?そういえば初めて会ったときに日本軍と名乗っていたな」
「そうだ、覚えてるじゃねぇかアンドレイ君」
研究室をあとにして、国防宇宙軍の緊急用ドッグへ向かうことになった。事前に宇宙軍に話を通せば簡単に行くことができる。持ち主本人もセットなのだからなおさら咎められることはない。
リナとは研究所の外で別れて、アンドレイと山本は移動を開始したのだった。