魔法って何だっけ
前回のまとめ。
ジョージは船でやってきた。
文字に起こすとなお意味が分からない。何者なんだジョージ。声が渋いぜジョージ。とりあえず燃やすかジョージ。
「それで?船?それがなくなったと」
「昨日見ただろう。光り輝くわたしのアポロニウム3号を」
いや、見てないです。
「いや、少年。君は見ているはずだ。空を音速で駆けるわたしの愛船を」
とりあえず、記憶を遡って思い出す。光り輝く、隕石みたいなやつは見たが、それの事を言っているだろうか。それだとしたら、某ばい菌男のごとく空にバイバイ菌していたような。
「なぜだ。なぜ自動制御システムが誤作動を起こすのだ。そのまま人から見えないようにステルス機能を張るだけにしていたはずなのに」
声が渋いだけにおっさんが号泣しているように聞こえるが、目を開けるとそこには、ぬいぐるみが号泣するという謎展開が繰り広げられている。どうしてこんなのと関わることになったんだっけ。
「とりあえず、僕は朝ごはんだから、ジョージはこの部屋から出ないように。あと、口を開かないように。そうだね、開いた場合は口が裂けちゃったんだとか言いながら、口縫い付けるから」
ひぃという悲鳴を上げるぬいぐるみを尻目に部屋を出る。とりあえず今日が学校無くてよかったと思う。どうにかして、あの変態ぬいぐるみを捨てに行かないと。
「それで?ジョージは今後どうするつもりだ」
部屋に戻るとぬいぐるみらしく、こてんと横倒しになったジョージがいた。そのままだとただのかわいいぬいぐるみなのに中身はどうしても腐っているからなあ。
「おお、戻ってきたか」
部屋に入った僕を見て、横倒しの状態から起き上がる。
「ふむ、今後についてか。とりあえず契約を「却下」結んでほしいところだが、こうまで意固地に無理と言われるとほかの素質ある人間を探すしかないか」
「そうしたほうがいい。それがいい。そん時はクローゼットにあるあの意味の分からないカラフルな衣装もすべて持っていってほしいところだ」
なぜ、赤に黄色に青に緑にピンクと日曜朝の戦隊モノよろしく五色あるのだろうか。魔法少年とやらは五人組なのだろうか。
「気に入らなかったか。残念だ。わたしとしては今どき珍しい僕という一人称の少年には緑か黄色、大穴でピンクが似合うと思っていたのだが」
「その口を縫い付けられたいの?」
ジョージは青い顔をして首を横に振る。
「しかし、そこまで拒否反応されるとは思っていなかった。人間は、特にこの国の人間はこのようなヒーローが好きなんだろう」
「それは一部の人間だし、好きだからってなりたいわけではないから。それ以上にお前が胡散臭いから何と言われようがやらない」
「胡散臭いとは、どこが胡散臭いのだ。かわいい見た目に誠実感あふれる中年ボイス。これ以上誠実さをアピールできるものはないだろう」
とりあえず、その誠実感あふれるといわれる中年ボイスが裏切りそうな人間の声に聞こえるということだけは言わないでおくか。気に入っているみたいだし、僕以外の人にとってもどこか裏切りそうという印象を持っていてもらうために。
「まあ、このまま家にいてもどうしようもない。少年、家から出るぞ」
「勝手にどうぞ。だけど人に見られないようにな」
「何を言う。少年も行くのだぞ」
「どうして?」
「移動手段がないと言っていただろう。宙に浮くだけでも魔法を使っているのに、これ以上わたしを疲れさせるのか」
随分と横柄な態度を取るぬいぐるみだこと。そのままゴミ捨て場に置いてきた方が全人類のためになるのではなかろうか。
全人類は言い過ぎでも、ひとまず僕の精神の安寧が近づくことは間違いないだろう。
「よし、行くか(ゴミ捨て場に)」
「ふむ、ようやくその気になったか」
数分後ゴミ捨て場近くからおっさんの悲鳴が上がったという連絡が警察に届けられることになる。
「ひどいことをするな、少年。危うく焼却炉に行くところだったぞ」
「いや、僕としてはそっちの方が望んでいたことなんだけど、変な声上げるごみがあるとか近所迷惑以外の何物でもないし」
「少年は鬼か悪魔か」
「それじゃあ一回地獄に落ちてみる?」
「冗談だ。それにしても少年と呼んでいるが、本当の名前を聞いていなかったな。少年、名をなんと申す?」
「あいにく、名乗るほどの名はありません。引き続き少年とお呼びください」
こいつに本名を教えていいことがあるだろうか?名によって契約を結ぶって、どこかの本に書かれていたような気がする。
学校の図書室にあった。えっと確か黒魔術だっけか。なら教えると面倒なことになるかもしれないな。そのまま少年と呼んでくれた方がいい。
「では、変身していない少年の事は斉藤と呼べばいいのだな」
「なぜその名を」
「少年の出てきた家に名前が貼られているではないか。何を今更言っている」
どうやら、このぬいぐるみは目ざといようだ。表札を見ていただと。
...だからどうしたと言われればそれまでの気がする。
「斉藤少年。町に行こうではないか。町には人間がたくさんいるのだろう?魔法の素質のある者を見つけるにはうってつけではないか、さあ、早よ」
「さっきから口調の年代が遡っているような気がしないでもないだけど」
「口調など些細なものだろう。そんなことを気にしていては戦いに勝ち続けることはできないぞ。これは魔法使いであるわたしが言うのだから間違いのない事実だ」
その魔法使いがこんなファンシーで威厳も権威もへったくれもないお姿であることにツッコミを加えた方がいいだろうか。良いんだろうけど、まあ気に入っていらっしゃるようだし、そのままの姿のほうがまだ精神衛生上良いかもしれない。これが本来の姿とは到底思えないからそうは言うが、これが真なる姿なのであれば、同情を禁じ得ない。
誰が、こんなおっさんをこんな姿にしてしまったのだろうか。神は理不尽だ。神様のファンやめます。元から信仰してないけど。
「まあ、喋り方に関しては何も言うつもりはないが、街中で喋るなよ。喋ったらその舌引っこ抜くから」
とりあえず、こう言っておけば喋ることはないだろう。勝手に喋られても困るのは僕だ。何でお喋りぬいぐるみを持って街中を歩いているのですか?僕なら知り合いだろうと関わりたくないね。
ってあれ?
え?何で笑っているんですか魔法使い(笑)さん。
何か秘密の魔法でもあるのですか?
「わたしにそんな抜かりがあると思っていたのか弟子よ。わたしが喋ってもほかの人間には聞こえないようにする魔法ぐらいあるわ」
自信満々にそんなことを言う。いっちょ前に胸を張る。材質は何かは知らないが、ぬいぐるみが胸を張ったところでなんだと言いたいところだが、言っていることはまあほんの少しばかり凄いと思えるものだった。だが、なんとなく弱点もありそう。それも致命的な。例えば今、胸をのけぞってハ、ハ、ハと口をあけて笑っているその口とか。
うーん、口ってどうなるんだろう。
「いつから僕はお前の弟子になったんだというツッコミは置いといて、その魔法を使った際に口は動くの?」
自信満々であった魔法使いの笑みが消える。笑い声がすぼんでいく。風船から空気が抜けるようにすぅーと。
えぇーちょっとそれは無いでしょう。
ちょっと期待したのに、その期待を自ら裏切っていくスタイル。
そうか、裏切られるってこういう裏切りもあるのか。その裏切り方は僕、想像もしていなかったな。
涙目のジョージの頭を掴み、とりあえず町に向かって歩く。こいつをカバンの中にしまっておいた方がいいかもな。男がファンシーなぬいぐるみを抱いて歩く姿なんて誰が見たいだろうか。
再起不能なジョージが復活するのはいつになるのだろうか。
まあ、再起不能だから復活もあり得ないか。もう再び起つことができないから再起不能というわけで。
この場合、再起したらやっぱり再起不能って言わないのだろうか。言わないんだろうな。