そして、少年は変態に出会う
たいていの物事の始まりは理不尽だ。
例えば夜空を見ていたら、流れ星が流れていくのを見つけたとき。それを見て、迷信と分かっている御伽話の話を信じる子供みたいに条件反射で両手を合わせて願い事を三度口ずさんでいたとき。
降ってきた流れ星はその光が途絶えることなく、落ちていったとき。
え?
落ちていったとき?
知っている人は知っているでしょう。
流れ星の正体を。なんてこともなく、地球に降り注ぐ塵やそれらに近いもの。簡単に言えば、宇宙のごみなどなどetc。この間読んだ本にはスペースデブリなんて名称がついていたなと思い出す。
そういったものは、地球に落ちてくる間に燃え尽きるものである。では、落ちていったものはなんでょうか?
燃え尽きずに落ちてきたということは隕石とか?
それが一番可能性が高そうだ。
手を合わせたまま固まっている少年(まあ、僕なんですが)はその落ちた方向を見ながら、冷静とは言えないが、そんな考察をしていた。そして、その考察が正しければ、トンデモナイことになるんじゃないかと予測する。見ていた大きさからかなりの大きさがあったように思う。そんなものが落ちたら、災害ですやんと。
数分が経った。
「あれ?何も起きない?」
完全に落ちたはずなのに何も起きない。それどころか音すらしないのだ。
しかし、落ちていったはずの東の方向はまばゆい光に包まれたまま。まるでそこに町があるかのように光る。山のある方向で、光なんて数えるしかないはずだから、あれほど光っていることはおかしい。だけど、それ以上に何かがおかしい。
落ちた方向から光が少しずつ近づいてきているように見える。
例えば、夜に対向車線から車がやってくるような感じ。ヘッドライトの光がどんどん近づいてくるのに近い。
光が近づいて近づいて、あれ?やっぱりおかしい。何か黒っぽいものがこちらに向かって全速前進してくる。物体の輪郭がどんどん明確になっていく。それは空から降ってきたものに酷似していて...
「なんか飛んできたぁぁぁぁぁ!?」
硬直していた体が身の危険に反射して足を動かす。だけど、考えてみよう。空から飛んできたようなわけの分からないものが人間の足ごときに追いつけないのだろうか?
A.追いつく。
というか、追いつくどころか追い抜いてなんかそのままどこかに飛んでいくまでがデフォルトであろう。
謎の物体、ここでは便宜上エックスと呼ぶ、は予想通り、僕に追いつく。そしてその勢いのまま僕の頭上を通過していく。飛行物体エックスはそのまま飛び高度を上げていく。
飛んで飛んで空を貫く勢いで飛んで、某ばい菌男のように空の光となる。最後にきらーんと光るところまでがお約束である。
その姿を見送ってようやく足を止める。
「なんだったの?」
答えてくれる人はいないけど、そう言わずにはいられない。
「ふむ、説明しよう」
答えてくれる人がいるはずないのに声が聞こえるって、本当にあった恐怖の話の恐怖現象ですか。
声の方向、後方を確認する。
浮いたぬいぐるみがある。
再度確認しよう。
浮いたぬいぐるみがある。
悲鳴を上げそうになるが、何とか口を押さえつけることで声を止める。息もそのまま止まりそうになる。
どうやら僕は幻覚を見ているようだ。夢かあるいは幻覚症状が出るような薬でも気が付かないうちに飲んでしまったのか。それとも、もっとやばい薬を気が付かないうちに処方されていたのだろうか。
目の前の現象から現実逃避しようとする。
「少年よ、これは幻覚でも夢でもないぞ」
ぬいぐるみが喋る。なんか不意に背中を見せたら、刺してきそうな声。現実離れも甚だしいがそれ以上にファンシーなグッズから渋いおっさんの声が出てくるとかこれは幼児なら号泣必至ですね。
「話を聞いているか?これだから最近のガキは」
なんかぬいぐるみの中におっさんが入っているって言われたほうが納得できる。中に音声スピーカーが仕込まれてると言われれば納得できる。
てか、入っているよな。普通に考えればこのぬいぐるみの中に内蔵されているよな。
これはテレビか何かのドッキリ企画なんじゃないか?
確認するしかないな。何だったらあとからドッキリ大成功の看板を持ったスタッフが出てくるまである。
「なんだ?少年何が気になっているのだ?いや、待て!何か目つきがおかしい気がする。少年よ、何をする気だ。ちょっと待て、わたしにファスナーなどないぞ。やめろそこはみぞおちだ。押すな!押す、ウェ」
自主規制。
「ひどい目に合った」
ぬいぐるみはおっさん声でそう言う。目が死んだ魚のようになっている。腹周りを押した際に、ぐぇとえづくような仕草をしていたのが気になる。
触り心地で言えば、どこにでもあるぬいぐるみと変わらない。もふもふなのだ。そう触り心地はモフモフ。しかし、中に音声スピーカーが内蔵されているようには思えない。そして何より不思議なのが、宙に浮いているその原理だ。足に何かついているわけでもなければ、頭にひもが付いていて吊り上げられているという仕掛けもない。
「何者なんだ?このぬいぐるみ?」
ぬいぐるみの頭を掴んだまま、再度まじまじと見る。ただのぬいぐるみにしか見えないが、ぬいぐるみではない。
くまにも似ているそのぬいぐるみの正体が分からないままなのだ。
「少年、ようやくわたしの正体が気になったようだな」
腹を抑えたままのぬいぐるみが言う。若干ではあるが、顔色が悪いようにも見える。いや、ぬいぐるみに顔色なんてある方が気持ち悪いが...
「わたしはある素質を持つ者を探している。私と同じ素質を持った者。魔法を使うという素質を持つ者を。少年よ、君は素質がある。わたしと契約して魔法少年になってみないかね」
その日、僕はとんでもない変態に出会った。おっさん声で喋る魔法使いのぬいぐるみ。探し物はなんですか~♪魔法少年でした...
これ以上にない悪夢なんじゃないかと思うが現実なのだろう。現実と認めたくない。
それにしても、魔法少年ね。
ふーん、とりあえず。
「断る」
その話に乗る気にはならないかな。乗る気になる中学生が居たら、それはプリティでキュアキュアな方々ぐらいだろうな。
「くっ、そう言うと思っていた。何、こちらとしても無理強いするつもりはないが、そのうちやりたくなることだろう。いや、やらざるおえなくなると言った方がいいか」
悔し気な顔(表情は変わっていないが)でなんか不穏なことを言い残して、ふらふらと宙を浮きながら去っていくぬいぐるみ。
何と言うかとんでもないことに巻き込まれた気がしてならない。
僕の明日はどっちだ。