最初の就職は大手の建設会社
自称、友達とビートルズのお蔭で高校を卒業できた風子は、運よくも大手の建設会社に就職した。
給料も申し分ない。普通の会社や商店に勤める人たちは三万円足らずだったのに、風子は五万円も貰っていた。
日本でも大手の中竹工務店の支店だから、田舎ではエリート気分である。
しかし、風子の最初の仕事は、例にもれず、お茶くみから電話番、簡単な記帳事務や雑用の類だ。当時の女性の仕事と言えばそのようなものであり、結婚と同時に退職というのが当たり前の流れであった時代である。
現在であれば考えられない事であるが、男性と女性では退職の年も異なっており、何かにつけて女性の立場が弱かった時代なのだ。
風子はそれでも、仕事を覚えるのが楽しくてたまらなかった。朝も一番先に職場に出て最後の後始末まできっちりやっていた。
多くの下請け会社や関連会社などの出入りが頻繁だった。
本当に面白い所で、今で云う闇取引の現場に遭遇したり、裏金つくり、政治献金の取引駆け引き等の用足しなど、何も知らないであろう風子が使わされたようだ。中々凄い時代であるがほんの数十年前の見えない日本の見えない部分であった。
だがそれが、風子に後々には、度胸にもなり用心することを全身で知るようになっていた。
少し慣れてくると、直接携わる、資材係になっていたので、建材関係も詳しくなりその流通が面白く感じられるようになった。
その他、大きな建設会社というのは、組織的にも間接的にもかかわる取引や、その他こもごもしたものまで何と多いのだろうと思った。
また、1年もすると、そこに来る下手な営業マンより、風子の一言で営業を左右するまでになり、それが、また面白かった。
風子の気に行った取引関係には、随分営業を伸ばしてやったものである。
建設会社は何人かの女性事務員を除いて、ほとんどが男性であり、まさに男社会である。
男性が多い職場。高校の時のクラスも男性ばかりで慣れているはずであるが、社会人と高校生とでは、随分違う雰囲気がそこにあった。
その中で、一級建築士の内川治夫が目に付いた。何故目に付いたかと云うと、特に外部からの女性の電話が頻繁にかかり、それに優しくこたえている内川は素敵に見えたのである。
女性に人気があるという男性は、容姿は勿論、自然に女性に優しいところがある。
風子は強い女性であるが、優しさに弱い面があり、内川の優しさを見ているとファザーコンプレックスの風子が心を寄せるのも時間の問題であった。
そして、風子の人の心をつかむ天性的な感の良さと明るさ雄弁さがあった。
しかし、聞くところによると、内川に憧れる女性は両手が足りないくらいいるという噂だったが、それを闘志にしていた風子がそこにいた。
二人が似ていることは、お互いにお互いを知る時間も無いくらい働いていた。
そして、認め合うところまで時間はかからなかった。二人とも仕事人と云うことで、
特別にデートなどしなくても、朝早く仕事場に行くのが二人きりになれる時間だった。
早朝デートともいうのだろうか?
(6)結婚そして産婦人科での失敗
風子21歳、内川25歳、仕事のできる者同士がお互いに仕事上で駆け落ち同前に結婚したようなものであった。
妊娠を期に会社を辞めた。わずか三年足らずだったが、好きな人の子供を産むのだから、意気揚々として会社を辞めることに悔いはなかった。
……ここで、お笑いを一つ……
これは、本当にお笑いかと思うが、妊娠の兆しがあり産婦人科に診察に初めて行った時の事である。
何をするのも初めてはあるのだが、女性が産婦人科に診察に行くのは、当たり前の事であるが、そのこと自体、嬉し恥ずかし、形のある侮辱やジレンマに突き当たる。
ほんとうのお笑いにも匹敵するようなことであるが、風子は、医師の外診が終わり、続き部屋に行くように指示された。
若い看護婦さんに付いて部屋に行くと
「下着を脱いで準備してください」と、事務的に云って出て行った。
一人取り残された風子は初めて見る大きな奇妙な器械に戸惑った、そのベッドでもない器械の向こうは白いカーテンでさえぎられていた。
(準備してくれと云うが、どうするのだろう?)
風子はしばらく考え、『下着を脱いでくださいと云われた』診て貰うのだから……思い切って裸になった。
少し斜めになっている変な器械の台の上に乗るが……さて、どうしたものか?どうするのかしら全然見当がつかない。
傾斜している台の先に両手を置けるぐらいの肘掛のようなくぼみがさらにある。
そこに両手を置くと、ちょうど顔の前に洗面器のような楕円形の入れ物があるので、
きっと、吐き気のある人の為のものだろうと考えてみたり、なぜ、女はこのような侮辱的な様子を強いられるのだろう……といろいろ思いながらも、変な姿勢で待っていると、
先生と看護婦がやって来るやいなや、あっけに取られて立ちすくんでいるのが雰囲気で分かった。若い看護婦が笑い転げていると、すぐ、婦長らしい人が来て
「まあ、何しているのですか!反対、逆ですよ!あなたの手を置いている所は足を置くところです!下着も全部脱がないでも下のパンツだけで良いのですよ!」
……と、言いながらも、その看護婦長も思わず自分の体を折り曲げてしゃがみこみ笑いを抑えるようにしていた。先生はいつの間にかいなかった。
……何と……賢い風子にとって、このような無知な失敗は自分でも理解が出来ないほどであった。
子供を産むためにこのような最初の失敗もあったが女の子、男の子2人の子どもに恵まれた。
だがこれから、風子の予想もしない日々が始まる。