風子の建設会社設立
(よし!! これで行こう!!)
風子は心の中で決断する。
(自分だったらやれるはず!!)
風子には建設会社に働いた頃の業界知識、保険会社で働いた時の人を動かすノウハウを貪欲なばかりに身に着けた自信があった。
1日24時間眠る時間も惜しんで病気になるほど働いた資金がある。
目的は夫と離婚するために働いて、無事に別れることができた。初期の目標はほとんど達成できたようなもので、後から始めた「海山」という小料理屋も順調で、あれからもう一つ増やして、やはり繁華街に元保険会社の後輩に「尼寺」というスナックをやらせて、それも順調であった。
風子は債権者会議に出席する。債権者会議に出席している債権者達は全員が殺気立っている。それもそのはずでこの会議次第では自分の人生が壊れる可能性があるのだ。そのような状況で殺気を一切放たないような事ができるわけがない。
「みなさん、このままではこの会社は倒産します!!」
風子の開口一番の言葉に債権者達は一瞬呆気にとられる。そしてその自失から立ち直ると怒気を発生させた。その怒気が爆発しかけた時に風子は言葉を次の言葉を発する。
「私が新しい会社を立ち上げます!!」
風子の次の言葉に債権者達は爆発しかけた怒気が再び沈静化していく。
「あんたがやってくれるのか?」
「あんたなら間違いがない!!」
債権者の中から賛同する声が発せられる。風子はこのチャンスを逃すような事はしない。
「はい、決まりね。倒産したのではありません。全く新しい会社にします。遠慮しないで思う存分協力して働いてみてください。資金は全部私が出します。その代り私が代表になります。それでいいですか?」
「もちろんだ!!」
「風子社長!! これからも頼むぜ!!」
賛同の声があちこちから上がり、それから割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
昭和57年頃、バブル前だったから景気もまあまあの所、このまま、仕事が無くなるより少しでもあった方が良いに決まっていると考えた。
県下に女社長なんていなかったから、中には女の代表社長ではたして出来るものだろうかと、考える者もいただろうが、今までの風子の事を知っている業者は大いに賛成したようだ。
会社の名前は会社の住所地を取って“本郷住宅建設会社”とした。
手続が終わったら、各関係者、以前世話した、取引業者、職人さんに挨拶声をかけた。特に、保険をかけて貰っていた人たちが、個人住宅を作るのが多くなった。
同業者はほとんど風子の存在を知っていたので話は速かった。職人さんは仁義の世界なので大切に思って良く付き合いをしてくれた。
前夫の内川は一級建築士だから技術屋になってくれるように相談したら、快く会社を辞めて協力してくれるようになったので、専務取締役として働いてもらうことになった。
この時は風子と内川とは、完全に離婚の形態で別々に暮らしていたので、2人の子どもも良く理解していた。
子ども達の戸籍は父親の内川で実生活は母親と共にするという奇妙な関係である。そして別れた夫婦は同じ会社の社長と専務である。本当に奇妙な関係であった。だがそれは不思議なほど上手くいっていたのである。
また、前夫の内川には一人生活は大変だろうと結婚をしきりに勧める風子であった。
しかし、風子の気に入らないと駄目らしく、
一人目は内川のお気に入りの美人のスナックの女性だからダメ
二人目は実家が金持ち過ぎるからダメ
三人目は勤めているからダメ
四人目は目つきが冷たいからダメ
五人目がやっと元妻風子の御めがねにかなった女性であった。
何故、五人目の奥さんが良いかと云うと、美人過ぎないで、心が優しくて、家が金持ちでない普通の人であることである。
それが、前夫内川を大切に扱ってくれるという風子の考えであったのだ。
今の風子との間の子どもの母親になるのだから、内川との間に子供が生まれたら腹違いの兄弟になる。素直に付き合える女性を願っての事でもあった。どこまでも計算のもと現実的な風子であった。
内川も鷹揚で人の好過ぎる今の奥さんに満足して、すぐ男の子が生まれているから、社長の風子は何かと構っているようで、世間の人様からは奇妙な関係に見えることは確かである。
しかし、会社では私情をはさまない一線が弾かれているように感じる。
社長は風子、専務は前夫でありあくまでも使用されている立場である。