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勇者の頭が大変です。

「うぐぐぐ……ぐぼ……」


 勇者様が何事がうめきます。

 食事の時だけが口を解放される時ですから。

 普段の時も口を解放して、うっかり魔法を唱えたら大変です。

  素晴らしい力を持っているだけに、うっかり仲間を殺しかけた事もあります。

  ああ、この家の周りを燃やしてしまった事もありましたっけ。


「ぐ……げ」


  勇者様に、おかゆさじで食べさせます。

  一口ずつゆっくりと。

  ああ、勇者様は寝ている状態でもむせたりしないから大丈夫。


  申し遅れました。

  私、勇者様を愛している女ティナです。

  ただのティナ。

  帝国の姫をやっていた事もありましたが、今は勇者様をお世話する女です。


  私が勇者様をお世話したかったのです。


  勇者様は本当は同じ仲間の女騎士が好きでした。


  しかし、脳が回復魔法の効かない物忘れの奇病に侵されてから、次々と仲間に見放されたのです。


  どんなにすごい力を持っていてもどんなに美しい方でも、焦点の定まらない目をしてヨダレを垂らしていたらダメだったのです。

  私はダメではありませんでしたが。


  頭だけがダメになり、他は大丈夫だと色々大変でした。

  とんでもない攻撃魔法を唱えたり、かと思えば糞尿を垂れ流したり。

 

  物忘れの奇病は怖いですわね。

  伝染はしないのが何よりの救いでしょうか。


  私は回復と浄化の魔法が使えるので、お世話がかろうじて出来ています。


  ベッドに拘束で落ち着くまでが、本当に大変でしたが。

  死ぬかと思いました。


  ベッドに拘束してからは、比較的落ち着いて日々を過ごしています。


  唯一、食事だけは食べさせないとならないので、私が先程のように食べさせています。


  この家に遠巻きに投げこまれる食材を使って、私が料理しています。

  食材は、こうなる前に世界を救って下さった事への感謝の寄付だそうです。

  近くに住んでる方からです。ありがたいですね。


  料理と言っても、私は元姫でしたから最初は手を火傷したりと大変でした。

  今は練習して何でも出来ますが。

 

 +++++


「それで、今更何の用ですか? 女騎士リリー」


  私は、今まで話を聞いていた方に聞きました。

  こんな長い話をよく聞いていられるものです。


  『勇者様と姫様の話を聞かせて下さい』、と言われてとりとめもなく話しました。

  話が長くなったので、途中でお茶も出しましたが。


「分かっていたのですね」


  私はリリーの言葉にうなずきました。

  フードを被り、声を変えていても分かります。


  リリーが被っていたフードを取ると、その美貌があらわになりました。

  勇者様が愛した凛々しい美しさ。

  少し年を取ってもおとろえません。


  私は少し後ろを振り返りました。

  勇者様は今は目をつぶっています。

  口からは何かぶくぶくとよだれの泡が出ています。


  リリーの事は見ていません。


「申し訳ありません。私には愛しているからこそ、勇者様のお世話は無理でした」


  リリーがポツリと呟いた。

  何を今更。


「いいのよ。あなたは勇者様の隣に並んで寝てくれたら、私がお世話してあげる」


  ああ、何て素敵なんでしょう。

  勇者様とリリーを並べてお世話してあげるなんて。

  勇者様の子供も、もしかしたらできてしまうかもしれません。


「姫様、何を」

「そろそろ手足が痺れてこない? あなたがさっき飲んだお茶」


  リリーが慌てたように立ち上がりました。

  必死に解毒の魔法を唱えていますが、魔法は効かないようです。


  その必死さが面白いです。

  今までずっと勇者様に近づかなかったのに、今更。

  今更来て、許されると思っているのでしょうか?


「どうか、姫様。どうかお許しを」


  許してはならない、と思うのですが。


「ふふっ、嘘よ。嘘。何も入ってないわ。だから魔法は効かないの」


  私がそう言うと、リリーはホッとしたようです。

  そして、ゴニョゴニョと口の中で謝りながら去って行きました。

  多分、謝りながら自分が許されたかっただけなのでしょう。



  ………、家にいつも通りの静かさが戻りました。

  勇者様が何かうめいています。

  ご飯を食べさせてから、口に拘束具を付けるのを忘れてました。

  早くしないと、何か大変な魔法でも唱えてしまうかもしれません。


  私が勇者様に近寄ると、勇者様はふと目を開けました。

  こちらをぼんやりとした目で見ます。


「ティナ」


  名前を呼ばれました。

  私は慌てて勇者様の口に拘束具をはめます。

 

  喋れないようになった勇者様は、また目をつぶりました。


  ………まだ心臓が高鳴ったままです。

  名前を呼ばれた事など何年ぶりでしょうか。

  私の名前をまだ覚えていたなんて。

 

  まだ勇者様が健康だった頃には、見つめられて名前を呼ばれるだけで恋に落ちた乙女もいたものです。

 

  ああ、私など、ずっと恋に落ち続けています。


  魔王を倒した勇者様。

  神様でさえ救ってくれないこの世界を救ってくれた勇者様。

  神などいないと絶望していた心を救ってくれました。

  神より尊い勇者様。

  私だけが独り占めなど許されないと思っていました。


  ですが、神様って居るのかもしれません。

  今は私だけが独り占め。

 

  勇者様には申し訳ないのだけれど、あなたと2人で幸せです。

お読みくださりありがとうございます。よろしかったら評価・感想等頂けますと嬉しいです。

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