第4話 急転
「アンタたち!急いで家に入りなさい!!」
今まで見せたことのない険しい表情のエレナおばさんは、俺たちの手を強引に掴むと、すぐさま家へ向かった。
「いい!ここでじっとしているのよ!出てきちゃダメだからね!」
エレナおばさんはそう言い残すと、休む間もなく、駆け足で広場の方へ向かっていった。
俺たちは突然のことで、何がなんだかわからないこの状況を把握したくて、家の窓から見える広場の方を息をのんで注視していた...
広場では見慣れない多くの男たちが、村人たちと対峙している。
男たちはみな屈強で魚のような尾ひれや背びれが付いている。ーアニマリアだ。
彼らの中には村人を睨み、威嚇するものや、薄ら笑いを浮かべるものもいる。
そんな中、村人たちの中心にいる族長は、歯を食いしばり、全身に力が入り、怒りに震えているようだ。
「アニマリアがこの村になんのようじゃ!」
族長は血相を変え、目の前の男たちに怒号を浴びせかける。
「おいおい、じいさん。せっかく来てやった客人にその態度はないんじゃないか?」
リーダー格らしき男は、からかうように族長の言葉に応じる。
「なにが客人じゃ!よもやお主たちが我が種族にした仕打ちを忘れたわけではあるまい!」
「はぁ...まだそんなこと気にしてんのかよ。あれは仕方なかったんだよ。俺たちだってマナがなければ死んじまうんだからよ。」
「ふざけるんじゃない!...ゴホっ!ゴホっ!」
「おいおい、じいさんが無茶するなよ。用が済んだらすぐ帰る... なぁに、ここの村人たちをしばらくの間、"借りる"だけだからな。」
男はニタっと笑みを浮かべ、持っている剣で自身の肩をトントンと叩く。
「へっへっへっ」
周囲の男たちがいやらしく笑う。
「まさか!?貴様! !15年前のように、ワシの同胞を奪うつもりか!!」
「奪うなんて、人聞きが悪いなぁ... 言っただろう借りるだけだって。ちゃんと返してやるよ。その時まで生きていれば良いがなぁ、じいさん。」
「ぎゃっはっは!」
周囲の男たちが、目の前の小さな老人を馬鹿にし、嘲笑している中、
村人たちはこれからどうなってしまうのか、不安や恐怖で、目の前に起こっていることをひたすら黙って見守っている。
「...このっ!許さん!」
怒った族長は、リーダー格の男に飛びかかろうとするが、彼の身の危険をとっさに感じ取り、数人の村人が止めにかかる。
「族長!おやめください!」
その瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、村人たちは混乱しはじめる。
「おい、話は終わりだ。連れて行け」
リーダー格の男は周囲の男たちに指示すると、男たちは一斉に村人に掴みかかる。
村人たちは驚き、襲われている村人の助けに入ろうとするが、相手の力は強く、いとも簡単に突っぱねられてしまう。
「この野郎!」
一人の村人が、畑を耕すのに使っていたであろうクワでアニマリアに殴りかかった。
ーーキンッ!
相手は持っている剣でクワを弾き飛ばす。
武器を失った村人は恐怖で後ずさるが、腰が抜けてしまう。
「どうした?もう終わりか?」
アニマリアは大きく剣を振りかざし、村人が悲鳴を出した刹那、切りつけられ、村人はその場で絶命する。
「キャー!!」
それを見た数名の村人たちは大きな悲鳴を上げ、一目散に逃げ出す。
それを合図に、堰を切ったように村人たちはその場から逃げはじめ、村は混乱に陥った。
「逃すな!奴らはマナを作る貴重な奴隷だ。できる限り殺さずに捕らえろ!」
数分前まで静かだった広場の方が、突然騒がしくなってきた。
「な、何が起こってるんだ?」
__広場にいるあの男たちは何者なんだ?明らかに俺やニテラ、村のみんなとは違う。広場の雰囲気からして、歓迎するような相手でもなさそうだ。
「アシ...あ、あれ...」
隣にいるニテラの顔が青ざめ、体が小刻みに震えている。彼女は広場の方を指差していた。
「えっ...」
ーードクン。なんだ...この心臓が掴まれるような息苦しさは。
俺は嫌な予感がしつつも、ニテラの指差す方を注視する。
するとそこには、村人の一人が倒れていて、床には大量の血が広がっている。近くにいる男の剣にも、大量の血が付着している。
「た、助けにいかなきゃ!」
「おい!ニテラ!」
目の前の状況を見せられて、嫌な予感しかしないが、ニテラのことを放っておくこともできない。俺は急いで彼女の後を追う。
「ニテラ!待ちなさい!」
家を出たところで俺は足を止めた。目の前にニテラとさっき広場へ向かったエレナおばさんがいたからだ。
「あなたたちは今すぐこの村から逃げなさい!ここにいちゃダメ!」
エレナおばさんはニテラの肩を強く掴み、必死に彼女に訴えかける。
「エレナおばさん、ちょっと待って!何があったの?早く広場の人を助けないと!」
ニテラはエレナおばさんに掴まれた手を解こうとしながら、広場の方へ向かおうとしている。
「今、広場に戻ればアナタたちまで捕まってしまうわ!」
エレナおばさんは、ニテラを広場へ行かせまいと彼女を掴んだ手を離さない。
「捕まるって、なぜ!?私たちが何か悪いことをしたの!?なぜ私たちがこんな目に合わなきゃいけないの!?」
涙を流し、悔しそうな表情を浮かべているニテラ。それを見たエレナおばさんは、諭すような、それでいて真剣な様子で彼女に話し始める。
「ニテラ...よく聞きなさい。あの男たち、アニマリアは、不足しているマナを効率的に手に入れるために、マナを作ることができる私たちを捕まえて、奴隷のように働かせようとしているのよ。15年前と同じように。」
__15年前?これははじめての事じゃないのか。だとすると15年前に捕まった人たちは、今どこで何をしているんだ...?
「いたぞ!プランテどもだ!」
エレナおばさんの後方からアニマリアたちが駆けつけてくる。
一瞬、エレナおばさんは後ろを気にするが、すぐにニテラの方に顔を向ける。
「さぁ!早く逃げなさい!アナタたちだけでも自由に生きるのよ!ここは私たちが何とかするから!」
「でも!」
ニテラは躊躇いを見せている。
__それはそうだろう、目の前でずっと親しくしてきた村人が傷つけられたり、大切な母親を置いていけるはずがない。しかし... 俺たちにはどうすることもできない。逃げることしかできない...
「ニテラ、行こう。エレナおばさんの気持ちを無駄にしちゃいけない。」
迫り来るアニマリアへの怒りで、我を忘れているかのようなニテラ。じっと鋭い目でアニマリアを睨んでいる。
__このままだと何をしでかすかわからない。
「おい、行くぞ!」
ニテラの感情を断ち切るかのように、強引にニテラの手をとり、エレナおばさんに背を向けて走り出す。
「追え!逃すな!」
アニマリアは逃げる二人を捕らえようとこちらへ向かってくる。
「ニテラ、アシ、元気でね... ここから先は死んでも通さないからね!」
俺はニテラを連れて、一心不乱に混乱する村の中を逃げ続ける。
気がつくと辺りは火の海で、あちこちで捕まっている村人たちがいる。中には目も向けられないような、恐らく殺されたであろう村人の姿もある。
ーーくそっ。アイツら無茶苦茶だ。エレナおばさんは無事だろうか。...ダメだ、今はニテラと逃げることに集中するんだ。
その時、目の前の家が倒壊し、俺たちの行く手を塞いでしまった。
「ニテラ、ここからは先に進めない。元の道に戻ろう。」
引き返そうとすると、目の前に一人のアニマリアが立ち塞がった。
アニマリアは袋の鼠になった俺たちを捕まえようと一歩ずつ距離を詰めてくる。
ーーくそっ。相手は剣を持っているようだし、逃げ場もない。まともに戦えば二人とも捕まってしまうだろう... だが、ニテラだけなら逃がせるかもしれない。俺が囮になって奴を引きつければ!ニテラは俺が必ず助ける。 身寄りのない俺をここまで育ててくれたエレナおばさんへの恩返しのためにも!
「うぉぉぉー!!」
俺は目の前のアニマリアに向かって突撃し、必死に掴みかかった。
「こいつ!」
アニマリアは掴みかかったおれを必死に振り解こうとする。
「ニテラ!今のうちに早く逃げろ!」
「う、うん!」
ニテラはすぐに走り出し、掴みあっている俺たちの横をすり抜けようとする。
「この野郎!」
一瞬、俺はフワッとした感覚とともに、体が浮いた直後、背中に激しい痛みが走る。
「ぐぁ!」
どうやら俺は奴に力一杯投げ飛ばされ、体を壁に強く打ち付けたようだ。
俺を振り解いたアニマリアは、横を通り抜けようとするニテラに対し、剣を抜いた。
ーーアイツ、ニテラを!ぐっ!さっきの衝撃で体が動かない!
「ぐはっ...」
__血だ... おれの血だ。さっきの衝撃で血が逆流しているようだ... 気持ち悪いし、目眩もする。ニテラを助けないと。くそっ、間に合うか。
「逃すかよっ!」
アニマリアの剣は、横を通り抜けようとするニテラの側面に向かって振り下ろされる。
__ダメだ... 間に合わない!