voice.0
▽
諦めなければ、努力し続ければ、いつか夢は叶う。ずっとこの言葉を信じ、糧にして頑張ってきた。けれど、今になってこの言葉が俺の不安を煽る。
いつかっていつ?あとどのくらい頑張ればいい?いつ諦めればいい?終わりも果ても、それどころかスタートラインすら見えない現状に、いつもと変わらない日常。
社会人が偉いってわけじゃない。フリーターがだめというわけでもない。けれど、周りが就職しカッチリとしたスーツを身に纏う姿を見ると、どうしようもない焦燥感に苛まれる。そしてそれと同時に抱く嫉心。
デスクに置いていた携帯がバイブレーションを響かせ振動する。どうせ迷惑メールか何かだろうとそのまま放置して、ベッドに横になり四肢を投げだした。天井をぼうっと眺めていてもいつまでも続く振動音。
「ああくそ、なんだよ!」
半ば苛立って携帯を手に取ると、表示画面には「希一」の文字。
「…希一かよ」
青色の通話ボタンを押して耳にあてる。
「もしもし、なんか用事あった?」
そう俺が言うと受話器越しに盛大なため息が聞こえてきた。
「用事もなにも今日日曜だろ、いつも週末のこの時間には電話すんじゃん」
はっとして耳にあてていた携帯を離し画面を確認すると、確かに表示されている文字は日曜日だった。同じ日常をサイクルし過ぎて曜日感覚が薄れていたのかもしれない。
週末の夜11時、きっかりこの時間、希一からの電話。この時間だけが、今の俺にとって私服であり安息だった。
「なんかいつもと声違くね?」
「そう?」
——なにか悩み事でもあるのか?
そう柔らかい声音で問いかけられて思わず言葉に詰まる。息をのんでしまったのが受話器越しでも伝わったのかため息を零した希一が「まあ、」と少し明るめの声音で紡ぐ。
「何かあったら言えよ、俺お前と一緒に仕事すんの夢なんだからさ」
「そう言ってもらえて光栄です人気声優さま」
俺がそう冗談交じりに笑いながら言うと、希一もつられたように笑いながら「からかうなよ」と言う。仕事の話も養成所の話も何もしなかった。今季の放送しているアニメの話だとか、漫画やラノベの話。そんな他愛のない話をしてきっかり一時間経った頃、「じゃあ寝るか」と欠伸混じりに言う希一に「おやすみ」と声をかけて通話が切れる。
携帯の明かりが漸く消える。真っ暗な部屋に目がまだ慣れず、闇の中にいるようで少し怖かった。何も見えない。まるで黒い箱の中にいるようだった。そのうちここが何処なのか、自分が誰なのか、忘れてしまいそうで、そんな得体の知れない恐怖が襲う。どうしようもなく、弱い自分が嫌になり目をきつく閉じたその時、瞼の向こう側で薄らと光が見えた。その光を手探りに携帯を手に取る。画面の明かりが眩しくて顔を顰めるも、次第に目が慣れてくる。画面に人差し指を滑らせる。きていたのは一通のメールだった。
「はは、…馬鹿じゃねーの。」
そう言って携帯の電源を切る。天井をじっと見詰めて、小さな笑みが零れた
『悠斗、今度飯食いに行こう。お前の愚痴も何でも聞いてやる!おやすみ!』
全てを見透かされていたようで、情けなくなったけれど、そんな気持ちよりも、希一に対する感謝が大きくて、俺は今度こそ眠りについた。
▽
綺麗な声だった。耳に入るその声はまるで夜空に浮かぶ星のように綺麗で、時間さえ忘れてしまったかのように瞬きすらできず、やっとのことで息を吸い込んだ。ひゅ、と情けない音を立てて空気を飲み込む。そしてようやく止まっていた(ように感じた)時間が動き出したような気がした。
そして動いたのは時間だけでなく――
ボイス。