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八歳の二人

 晴れの日も雨の日も、風が強い日も雪が舞う日も。

 俺とエリスは訓練に訓練を重ね、鍛錬に鍛錬を重ね、修練に修練を重ねた。

 昼、先生と兄貴が外出している間は、外で身体を鍛え剣を振った。

 夜、夕食の後はどちらかの部屋で、精神を鍛え魔力を練った。

 もちろん、毎日の家事は手を抜かなかった。

 家事を手抜きして先生の負担が増えては意味が無い。


 木剣は相変わらず兄貴が用意してくれた。

 折れ、割れ、砕け、燃え、灼け、弾け。

 早い時は三日ともたない時もあったが、その度に、兄貴は調達して来てくれた。

 例のごとく、子供会から。

 相変わらず謎の組織である。


 とある転生者があらゆる剣技を修め、剣聖、の二つ名で呼ばれたのは八歳の頃だったらしい。

 とある転生者があらゆる魔法を習熟し、賢者、の二つ名で呼ばれたのも八歳の頃だったらしい。

 それを前例に、俺たちは八歳までに強くなろうと研鑽を積んで来た。

 俺は剣聖を超え、勇者、となろうと。

 エリスは賢者を超え、魔王、となろうと。


 そうして、俺とエリスは先日八歳を迎えたのだった。






「先生、話があるんだけど……大丈夫?」


「オルフェとエリスかい、ちょっと待っててな。……あぶぶぶぶはあー」


「きゃあきゃあ!」


 俺とエリスが先生の部屋に入ると、先生は赤子を抱いてあやしていた。

 先月のある日、孤児院の玄関先に置き去りとされていた赤子だ。

 名前はシンヴァライト。

 女の子であり、俺とエリス以来、約八年ぶりに保護された孤児だ。


「シンヴァたん、いい子だからちょっとだけ寝ててくだちゃいねえー」


「あぶあぶ、だーだー」


 先生はにっこり大袈裟に微笑むと、シンヴァライトを赤子用の小さな布団へと寝かせた。

 シンヴァライトはぐずる事無く、枕元にある人形を手に取ると鏡に自らを映し笑い始める。

 俺とエリスが赤子だった頃にも傍にあった、両手が手鏡になっている人形だ。

 

 今見ても面白さより怖さが勝る。

 

 実際、この人形を与えられた当初、シンヴァライトは烈火のごとく大泣きした。

 先生はその様子に戸惑っていたが、俺からしたら予想の通りであった。

 傍にいたエリスも微妙な表情で頷いていたし、兄貴も苦笑していた。

 

 後から兄貴に聞いた所、兄貴もあれで楽しく遊んだ記憶は無いらしい。


 とはいえ、今となってはシンヴァライトは涙の一つも見せず、二つの鏡に自らを色々な角度から映し、笑顔を作っていた。

 〇歳とはいえ女の子であると言えよう。


「さてさて、二人揃ってどうしたんだい?」


 先生はシンヴァライトの傍に腰を下ろしながら、ん? と首を傾げた。


 座るに際し、先生はあぐらを好む。

 今だってあぐらであり、大腿部に肘を落とし頬杖としている始末。

 二〇代半ばの妙齢な女性が取るには大胆すぎる姿勢であり態度であろう。

 ましてや、先生は目鼻立ちが整ったひまわりの様な佳人だ。

 物言う花が粗野に立ち居振る舞う。

 そのギャップがもたらす津波の様な魅力は、八歳の俺をしても暴力的だった。


「オルフェ? 何をしていますの、さっさと座りなさいな」


 先に床へ正座と腰を下ろしたエリスが、立ちぼうけの俺を見上げ目を細めていた。

 言葉以上の不満がありそうで背筋が寒くなる。


「オルフェは尻に敷かれるタイプだねえ」


 くっくっ、と先生が笑声を漏らしながら肩を揺らした。


「先生、俺たち、冒険者になろうと思っているんだ」


 腰を下ろし、本題をそのままに告げる。

 揺れる先生の肩がピタリと止まった。


「先生、私とオルフェはいつか先生が大怪我をして帰って来た日に話し合いましたの。私たちにも出来る事が何かあるんじゃないか、と。先生は先生の先生にお世話頂いた恩を、私たちをお世話する事で返しているのでしょう? 私たちもそうしたく思ったのです」


 エリスの口上に、先生は俯いたまま黙っている。

 表情は伺えないが、発せられている雰囲気はけして好意的では無い。


「先日、私たちには家族が増えました。しかし、その為に先生は冒険者としてダンジョン探索が出来なくなってしまいましたわ。私とオルフェは先生の代わりに冒険者としてダンジョン探索に出る事で先生に恩を返したく思います。そして、それは兄様の為にも、シンヴァライトの為にもなるはずですわ」


「駄目だ」


 ぴしゃり、まるで扉を閉めるかの様に先生は言い切った。

 そうして、先生が顔を上げる。

 怒っている訳では無さそうだ。

 しかし、どことなく悲しそうである。


「あんたたちはまだ八歳で、まだまだ子供じゃないか! 恩だ何だってのは大人になってから考えれば良い事さ。それに、子供が財布事情を気にする必要も無いよ! 私はあんたたちが元気に遊んで笑っている姿が見たいんだ。ダンジョン探索なんかに出て怪我をした姿なんかは見たくないよ! 怪我で済めばまだいいさ、もし万が一なんて事になったら、私は――」


「それは俺だってそうだよ!」


「私もですわ!」


 俺とエリスと、思わず声が大きくなってしまう。

 傍のシンヴァライトが目を丸くしてこちらを見ていた。

 声量を落として続ける。


「俺たちだって先生と同じ気持ちなんだよ。先生が怪我をした姿なんか見たくないんだ。兄貴にも、俺にもエリスにも、シンヴァライトにも先生は必要なんだ。……ダンジョン探索で孤児院を空けて欲しくないよ」


「だから、あんたたちがダンジョン探索に出るって言うのかい? 冗談じゃない、そんな事させられる訳無いだろう! 子供を死の危険がある所に向かわせて保護者が家でぬくぬくしているだなんて、そんなの私は御免だね!」


 先生は自分の事を、親、とは絶対に言わない。

 いつか本当の親が迎えに来た時に、私を親と呼んでいたら本当の親が心を痛めるだろう、なんて言いながら。

 だから、先生は自分の事は、保護者、と俺たちと一線を引いている。

 一時的に預かっているだけに過ぎないのだ、と。


「先生、この際ですから言わせて頂きますけど、自分の事を保護者だなんて寂しい事を言わないで下さいな。私は先生の事を母様だと思っておりますわ。オルフェや兄様だってそうです。もし、本当の母様が迎えに来たとしても、砂をかけて追い返して差し上げますわ」


 エリスの言葉に頷く。

 

 先生は俺の母さんだ。

 エリスは俺の姉だし、兄貴は兄だ。

 シンヴァライトも妹だ。

 例え、誰もが誰とも血が繋がっていなくとも。


「何だよ、あんたたち……。私を泣かせるつもりかい」


 先生は右手で口と鼻とを覆うと俯いてしまった。

 何かをこらえるかの様に。


 エリスと顔を合わせ頷く。


 言おうと決めていた。

 先生を本当の母親と思うなら、隠し事は無しだ。

 気持ち悪がられるかも知れないし、嫌われるかも知れないけれど、それならそれでも構わない。

 相手の反応が怖いから、と行動を起こさない事がどれだけ愚かであるのかはもう学んである。


「先生、俺とエリスには前世の知識や経験があるんだ。……俺たちは転生者なんだよ」


 凍りついた様な静寂。

 

 数秒か十数秒も続いただろうか。


 先生は俯いたままに長く息を吐き――。


「そう、かも知れないとは思っていたよ」


 ――ぽつりと呟いた。


 エリスと顔を見合わせる。

 驚かれるか、泣かれるか、呆れられるか、もしかしたら、転生者、という存在を知らないかも知れない、までは想定していたが、既知であるとは想定の範囲外だった。


「あんたたちは子を儲けた事はあるかい? 子を育てた事は?」


 俯いたままの先生に、俺とエリスは首を振る。


「子育てってのはね、大変なんだ。……本当に大変なんだよ。場合によっては、冒険者としてダンジョン探索に出る事が散歩と思えてしまう位にね。言う事はわかってもらえないし、朝も昼も夜も無いし、こっちの都合なんかお構いなしさ。寝不足でふらふらしながら用意した食事を床にぶちまけられた時は、さすがにイラっとしてしまったっけね」


 ふふふ、と先生が不敵に笑みをこぼした。


「だけど、あんたたちは違った。保護したばかりの頃から、分別のついた大人の様に従順だったし、朝は起きるし昼寝もするし、夜泣きはしないし、たったの一回としてぐずる事も無かった。その他にも、あんたたちは幼子としてはあり得ない位に手がかからなかった。転生者なのかも知れない、なんて考えがよぎるのは当然さ」


 どうやら、俺とエリスはかなり不自然な赤子だった模様。

 仕方ないだろう、赤子なんかは抱いた事すら無く、赤子の生態なんてわからなかったんだし。

 それに、赤子らしくある為とはいえ、先生が困るだろう事をやらかすつもりなんかも無かった。


「その内に何か始めたと思えば、身体を鍛え、木剣を手に稽古を始めたじゃないか。ごっこ遊びの一貫かとも思ったけど、そんな思いはすぐに吹き飛んだよ。大の大人ですら間違いなく泣き出そう内容に、私は顔が引きつったね。……真昼間から悪夢でも見ている心持ちだったよ」


 先生や兄貴が外出している合間をトレーニングに充てていたとはいえ、トレーニングを先生や兄貴に隠すつもりは無かった。

 ひけらかす様な真似にならない様気をつけていた程度だ。

 だから、先生にトレーニングを目撃されていた事自体はどうとも思わない。

 しかし、その内容が、転生者と疑う要因、となってしまったのは迂闊だった。


 そして、先生はようやく顔を上げてくれた。

 瞳が潤んでおり、目尻は赤くこすれていた。


「……表に出ようか」


 先生がシンヴァライトを一瞥してから呟く。

 いつの間にか、シンヴァライトは寝息を立てていた。






 孤児院の裏庭で、俺と先生は木剣を手に対峙していた。


「稽古と実戦は違う。その事はわかっているね」


「……うん」


「じゃあ、稽古の成果を実戦に反映してみな。私に後れを取る様じゃあ冒険者なんかはやらせられないよ」


 先生は無造作に俺との距離を詰めると、何の工夫も無く上段より木剣を振り下ろして来た。

 あまりにぞんざいな一振りに身体を躱して避けようかと思ったが、思い直す。

 このぞんざいな一振りは先生からのメッセージ、躱して透かしては先生を失望させてしまう。

 

 木剣を構え受け止める。

 にわかに押し込まれ、先生は大人で俺は子供である事を痛感させられる。


「へえ、躱そうと思えば躱せただろうに。……どうやら、戦う事への気構えは出来ている様だね。だけど、私の打ち込みはエリスの打ち込みとは違うだろう? 大人と子供では差があるだろう? 転生者とはいえ子供は子供、その事実は覆せないんだよ」


「確かに、先生の言う通り俺たちの身体は子供だ。だけど、俺たちは子供の身体である事に目を背けないで研鑽を積んで来たつもりだよ」


 体内を巡る魔力を自らの糧となる様に意識する。

 身体がじんわりと黄金に滲み、全身に力がみなぎり始めた。

 そのまま、力任せに先生の木剣を押し返す。


身体強化魔法(フィジカルブースト)は習得出来ているみたいだね」


 先生は俺の変化を敏感に感じ取ると、一足に距離を取った。


 子供と大人が勝負に及んで、子供が大人にまともに勝てる見込みは少ない。

 まずもってして、身体能力による基本性能が違いすぎる。

 俺とエリスは何にも優先して身体能力の向上に努め、八歳児の範囲をはるかに逸脱した性能を備えた身体を手に入れた。

 しかし、しょせんは子供。

 大人とは比較にならない。

 ましてや、閃光、の二つ名で呼ばれる程に優秀な冒険者である先生を相手としては天と地だ。

 

 ……しかし、だからと言って、先生に屈する訳にはいかない。


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