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再会

 ……寒い。


 そう、思いながら目を開いた。

 開いたはずなのだが、視界がぼんやりとぼやけていた。

 白い斑点がちらちらと揺らいでいる。


「やれやれ、ここが孤児院だからって、こんな吹雪の日に置いていく事も無いだろうに。まったく、世知辛い世の中で悲しくなるね」


 女の声だ。

 若い女と思われる。

 声に聞き覚えは無く、顔馴染みでは無さそうだ。

 顔を確認したい所だが、視界がはっきりとしない。

 まるで、視力が極端に低下してしまっている様に。


 不意に、女は俺を、ひょい、と持ち上げた。

 思わず息を呑んでしまう。

 独立遊撃兵として振る舞う事をも許される程に鍛え上げた俺の身体を、若い女が軽々と持ち上げてのけるとは。

 確か、一〇〇キロ近くはあったはずなのだが。

 それを、枕でも抱えるかの様に軽々と。


 夢でも見ているのだろうか、俺は。

 夢なのだろうな。

 そうら、眠くなって来た……。






 ……暖かい。


 そう、思いながら目を開いた。

 先に目を開いた時と同様、視界はぼんやりとしている。

 先と違うのは、白い斑点が見られない事と背中が柔らかい事。

 まるで布団の上に横たわっているかの様だ。


「お、目を覚ましたかい。だいぶ冷えていたけどもう大丈夫だよ。あんたの面倒は私が見るから安心して眠りな。――なんて言ってもまだわからないよね」


 そうして、女は、仲良くしなよ、とケラケラ笑った。

 声音から、先に俺を軽々持ち上げた女と同様に思える。

 夢でも見ているのだろうと思ったのだが、どうやら夢とは違う模様。

 そして、聞き捨てならない言葉。


 仲良くしなよ。

 

 誰と?


 首に力を込め、左右に動か――そうと努める。

 顔の向きを変えるだけで一苦労とは。

 視界といい身体といい、不自由に過ぎる。

 もしかして、俺は魔王と相討ちとならずに一命をとりとめてしまったのだろうか。

 そうして、この身体の不自由さはその後遺症である、とか……?


 あり得ないな。


 俺の心臓は確かに魔王の放った魔剣により穿たれていた。

 回復魔法なんぞ便利な物でもあれば話は別だが、魔法は攻撃魔法と身体強化魔法のみしか存在しない。

 致命傷を受けた者はそのまま死ぬだけだ。


 ようやく顔の向きを変える事が出来た。

 視線の先――すぐ隣に、誰か、がいる。

 しかし、視界は相変わらずぼんやりとしていて、誰か、が何者なのかはっきりしない。


 どうする?

 決まっている、気合だ。

 無理や無茶を通すのはいつだって気合だ。


 ぎ、と目に力を込め、散らかる焦点を一か所にまとめようと注力。

 集中、集中、と呪文の様に反芻しながら、誰か、を睨めつける。


「なーこあー」


 何てこった、と口にしたつもりであったが、上手く発音が出来なかった。


 俺の隣の、誰か、は、くうくう、と眠っていた。

 そして、眠る、誰か、はどこからどう見ても赤子であった。

 さらに、赤子の傍には布の塊に手鏡を二つくくりつけた物体。

 おそらくは、赤子をあやそう人形に類した物なのだろう。

 ……面白さよりも怖さが勝ろう出来に思えるが。

 とはいえ、問題はそこでは無い。

 人形の手であろう手鏡には、二人の赤子が映っていた。

 一人は、眠る赤子。

 一人は、眠る赤子の隣でやたら目に気合がこもっている赤子。


 おぼつかない視界も、枕さながらに軽々と持ち上げられた事も、思う様に動いてくれない身体も、上手く出来ない発音も、どれもこれも納得である。

 

 今の俺は、赤子であったのだ。


 前世の記憶を持ったままに生まれる。

 そうした事例は極稀ではあるが無い事では無く、転生、と称されていた。

 王都研究機関にはそうした事例を研究しよう部署もあったはずである。


 転生者は数少なけれど、みな活躍し貢献し歴史に名を残している。

 八歳にしてあらゆる剣技を修めた転生者は、剣聖、と名を残している。

 八歳にしてあらゆる魔法を習熟した転生者は、賢者、と名を残している。

 八歳にして世の理を説いた転生者は、神子、と名を残している。

 他に転生者の活躍を挙げようと思えば枚挙に暇がなく、その誰もが若年から頭角を現していた。

 しかし、それは当然と言えるだろう。

 前世の記憶とは、前世の知識や経験とも言い替える事が出来る。

 生まれながらに備えるそれらを最大限に生かし研鑽を積んだなら、そうした活躍もしかり。

 つまり、転生者とは有能有用な人材であると言えるのだ。

 もし、転生者を生む事が自在となればそれを可能とした組織は、国は……。

 それは火を見るよりも明らかでみなまで言う必要は無いだろう。

 もっとも、転生を操作するなどは神の領域に手を差し込む様な物である。

 どこの組織も国も成功させたと耳にした事は無い。


 不意に、頭が痛み出し、強烈な睡魔に襲われる。

 

 少し考えすぎたかもしれない。

 知識や経験を引き継いでいるとは言え、身体は赤子のそれだ。

 赤子の頭で思考するには程度を超えてしまったのだろう。


 ともあれ、俺は転生を果たしたらしい。






 八ヶ月が経った。


 八ヶ月を赤子として過ごし分かった事が多々ある。

 ここは孤児院である事。

 俺は吹雪の日に孤児院の玄関先に捨てられていた事。

 俺の名前は、オルフェルヴル、である事。


 昨日出来る様になったばかりの、ずりばい、で床を這いずり回る。

 ほふく前進さながらに床を這うだけなのだが、これが楽しくて仕方が無い。

 前世では中空を飛んで跳ねてを繰り返していた俺であるが、この楽しさはそれ以上だ。


 よし、あの壁に手をついて、またここまで戻ってこようか!


 そんな俺の横を赤子が通り過ぎた。

 あろう事か、はいはい、で。


 通り過ぎた赤子の名前は、エリスコット。

 転生者である事を自覚したあの日に、隣で眠っていた赤子である。

 俺より二日前に先生――俺を拾ってくれた女――に保護されたらしい。

 先生曰く、血の繋がりは無いけど、義姉弟として仲良くしなよ。


 はいはいで俺を抜き去ったエリスは、こちらに振り向くと、にへら、と笑みをこぼした。


 何が出来る様になるにもエリスの方が早かった。

 先に首が座ったのもエリスだし、先に寝返りを成功させたのもエリスだ。

 先にミルクを卒業したのもエリスであり、先にはいはいが出来る様になったのも見ての通りである。


「うーあうああー!」


 精一杯の咆哮と共に、四肢に力を込める。

 両手両足を用いて自らの身体を床より持ち上げるべく。


 エリスの勝ち誇った笑みを前に黙っていられるか。

 昨日ずりばいが出来る様になったばかりではあるが、エリスにはいはいが出来るのなら俺にも出来るはずだ。

 気合だ。

 無理や無茶を通すのはいつだって気合だ。


 エリスの表情がぎょっとした物に変わる。


 今見せつけてやるぞ。

 俺がはいはいを成功させる姿を。


 両足はクリア。

 両足については膝をつくだけなので、そう難しくは無い。

 今日に限らず、膝をつく程度ならいつから出来る。

 問題は両腕だ。

 手のひらを床につき腕を伸ばそうとすると、プルプルと震えが走った。

 自らの身体を支えるに腕が悲鳴を上げているのだ。

 それでも、腕を伸ばしきってしまえば何とかなるはず。

 少しでも身を持ち上げる助けになれば、と顎を持ち上げ――るが、両腕は早々に限界を迎えてしまい、べちゃり、と上半身が潰れてしまった。

 顎を持ち上げていた分、勢いよく床に打ち付けてしまう。

 強かな痛みに、視界がゆがむ。

 

 前世では魔剣の乱舞で身を斬られようと涙一つこぼさなかった俺がこんな事で泣きを見るとは……。


 しかし、赤子の身体でこれは痛すぎる。


「あーぶぶー」


 不意に、頭を、ポンポン、と撫でられる。

 柔らかな感触に、今にも溢れようとしていた涙が引っ込んだ。

 見ると、エリスが俺の頭を撫でてくれていた。

 先に見せた勝ち誇った笑みでもぎょっとした表情でも無く、困った様に眉根を寄せている。

 もしかして、慰めてくれているのだろうか。


 最近、思う事がある。

 今まさに俺を慰めんと頭を撫でてくれている義姉のエリスについてだ。

 エリスを眺めていると、とある人物を彷彿とさせるのだ。


 とある人物、それは、魔王、である。

 

 前世で俺が殺した女であり、前世で俺を殺した女である。


 戦場で何度かあいまみえた程度の間柄でしか無いが、その何度もが決死の戦いであった。

 一〇〇の語らいより一の死合、とは、戦いを生業とする者同士が分かり合おう時によく言われる。

 俺と魔王が死合ったのは一度や二度では無い。

 一〇〇や二〇〇、一〇〇〇や二〇〇〇の語らいでも済まない程に、俺と魔王は生命のやり取りを成したのだ。


 そんな俺がエリスに魔王を見てしまう。

 いつか感じた、夜桜の様な妖しさ、が垣間見えてしまうのだ。


 俺に起こり得る事は誰にも起こり得る。

 当然、魔王もその範囲には入る。

 俺が、オルフェルヴル、と転生を果たした様に、魔王も、エリスコット、と転生を果たした可能性は無いだろうか。


「あだ!」


 そんな事を思いながらエリスを眺めていたら、エリスに頭突きを喰らってしまった。

 頭突きと言うには大げさか。

 せいぜい額を重ねた程度。

 いつか、魔王とこんな体勢に及んだ事があった様な気がする。


 そうして、エリスははいはいで俺がまだいけない果てまで進んで行ってしまった。

 そんな後ろ姿を見ながら、考えすぎだな、と首を振る。


 エリスよ、今は優越感に浸るがいい。

 俺も甘んじて屈辱に耐えよう。

 しかし、いつまでもそうしているつもりは無い。

 俺は、初めての言葉、でエリスを抜き去る。

 何者にも聞き取れよう明瞭な単語、それをエリスより早く口にし、俺はエリスを超えるのだ。

 そして、満面のドヤ顔をエリスに向けてやるのだ。






 数日後。

 初めての言葉、を俺に先んじてエリスが口にした。

 あろう事か、俺を指差し、満面の笑みで。


「ゆーしや」


 そう。

 義姉エリスコットは、魔王が転生した存在であったのだ。


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