プロローグ
俺の聖剣が正面から魔王の心臓を串刺しとせしめた。
魔王の魔剣が背後から俺の心臓を串刺しとせしめた。
ゴブ、とお互いに口から血液を吐き出す。
血液は林檎の様に紅く、ビチャビチャ、と大地を汚した。
周囲から、悲鳴とも歓声とも怒号とも、ざわめきが巻き起こる。
現在、王国と皇国は戦争状態にあった。
国境周辺を舞台とした度重なる王軍と皇軍の衝突も、果たして今日で何度目か。
同じ事の繰り返しに両軍とも厭戦ムードが漂い始めた昨今。
俺と魔王は一騎討ちと挑んだ。
王軍の独立遊撃兵として、勇者、の二つ名を持つ俺。
皇軍の単騎特務兵として、魔王、の二つ名を持つ魔王。
俺も魔王も両軍の象徴的な存在であり、どちらかがどちらかに敗北を喫する事は、どちらかの軍がどちらかの軍に敗北を喫する事とほぼほぼ同等であった。
俺と魔王の一騎討ちは、戦の趨勢を傾け、いずれかの決着へと導く為の代物であったのだ。
そうした一騎討ちの結果がこれ――相討ち、であった。
均衡状態である戦況をそのまま表した様な結果である。
「……さすがは勇者様、お見事ですわ」
夜に映える桜の様に麗しい目鼻立ちをした魔王が、薄い微笑みを浮かべた。
口元が血で紅く化粧された魔王の微笑みは、闇夜に浮かぶ朧月の様に妖しく美しかった。
「何が見事なものか。俺の心臓を串刺しにしてくれているのは何だ? お前が放った魔剣だろうが」
魔王の本領は特殊な身のこなしと魔法とを中心にした中距離戦闘であり、剣が届く範囲での近距離戦闘では無い。
対照的に、俺の本領は近距離戦闘である。
魔王の心臓に聖剣が届こう距離は俺の得手する範囲だと言うのに、不得手な範囲にて応戦した魔王に相討ちと持ち込まれてしまったのだ。
お見事、なんて皮肉にしか聞こえない。
「懐に入り込まれた時点で私の敗北は決まっておりましたわ。みっともない悪あがきがたまさか勇者様の胸を穿ったに過ぎません。結果はこの様な形でも、勝者は勇者様と言えますわ」
「俺の辞書に、死なば諸共、何て言葉は無いんだよ。生き残れなければ負けと同じ……だ……」
全身より力が抜け、膝が大地に落ちる。
身体が言う事を聞かない。
当然だろう、心臓はすでに動いてはいない。
今の俺は意地の産物だ。
例え相討ちであろうと、魔王より先に倒れてたまるか、と言う。
「ふふ……。勇者様は相当な負けず嫌い……です、わ、ね……」
魔王も同様に膝を大地へ。
両者ともに膝立ちの格好となり、ゴツリ、とどちらともなく額をぶつけ、重ねた。
吐息が重なろう距離のまま目を合わせる。
魔王の吐息は血生臭く、ほのかに甘かった。
「死ぬ前に言っておきたい事があるんだが、聞いてくれるか?」
「あら、奇遇ですわね。私にもありますのよ、言っておきたい事が――」
ガクリ、と魔王の身体がくずおれた。
支えようとして、俺の身体も崩れ落ちる。
そのまま急速に視界が狭まり、意識が黒と染められて行く。
どうやら、限界を迎えた模様。
言えなかったか。
ならば、この想いは墓の中まで持って行く事にしよう。
誰かが俺の墓を建ててくれるのなら、だが。