8 孤独な少女
少女は美しい緋色の巻き毛に、瞳は鋼のように青みがかった灰色をしている。しかしそれよりも目を引くのは、横に伸びる大きな耳である。
「ありがとう、シェリルさん」
「……」
マリィは老女、シェリルに声をかけて席につく。一方のシェリルは沈黙を保ったままだ。別にシェリルが特段機嫌が悪いというわけではない。これがこの家での日常なのだ。
シェリルは、親のいないマリィの世話係である。炊事に洗濯、掃除、必要物資の買い出しまでを一手に引き受けている。昔は街の商家に雇われていたが、老年になって体が思うように動かなくなり、職を辞した。それから約五年、この小さな家が彼女の職場になっている。
この仕事は、ただの世話係というわけではない。もうひとつ、シェリルには重要な役割が課せられている。
それは、マリィの監視である。
マリィはこの五年間、この家に監禁されているのである。
なぜ年端もいかない少女が監禁されているのか。
それは、彼女がひいている血のせいである。
シェリルは基本的にマリィとは口を利かない。そういう契約だからだ。
シェリルの雇い主はこの街の自治府である。
世界には、ここのような街が点在している。それぞれの街には自治府と呼ばれる行政機関があり、治安の維持や街の管理を行っている。その自治府を最終的にまとめているのが、その世代の魔族の長である。しかし今現在、魔族の長は不在である。よって事実上自治府が各々の街を取り仕切っている。
いつも通りの静かな食事を終えると、シェリルは黙ったまま二人分の食器を片付ける。その後ろ姿を、マリィは物言いたげに見つめる。シェリルはマリィに手伝いをさせない。それは己の職分を全うするシェリルの矜持のためでもあるし、また余計な口を利かないためでもある。それが一番重要な責務だった。マリィに、外部の情報を極力与えないこと。妙な期待を抱かせないこと。彼女の運命は、もう決められているのだから。
しばらくシェリルの後ろ姿を見つめていたマリィは、諦めたようにもといた部屋に戻った。扉が閉まる瞬間、シェリルが細く吐いた溜め息に気づくことなく。
マリィは一日の大半をこの部屋で過ごす。そこはかつて、家族の寝室として使われていた部屋だ。家の大きさにしてはずいぶん大きな窓は、マリィの両親がこの家を建てる時に唯一こだわったものだ。おかげで窓はその一ヶ所にしかないのに、部屋は驚くほど明るい。奥の壁には作り付けの書棚があり、かつて母が読み聞かせてくれた本がそのまま残されている。今ではそれを一人で読むのがマリィの日課だ。この家から出ることができないマリィには、それくらいしかすることがないのだ。今も机代わりに使っている化粧台の上には、読みかけの赤い表紙の本が広げられている。
「お母さん……お父さん……」
今よりずっと小さかったが、両親がいた頃のことは覚えている。思わず本を胸元に抱える。柔らかな古書の匂いは、慎ましくも幸せに暮らした家族の記憶をよみがえらせる。
マリィは、あと少しで泣いてしまうところだった。すんでのところで留まったのは、気をとられたからだ。
コン、コン……。
どこからか、くぐもったノックのような奇妙な音がする。どこから聞こえているのかも判然としない。マリィは思わず辺りをキョロキョロと見回した。しかしそんなことをしたところで音の出所を掴めるはずもなく。
コン、コン……。
再び聞こえた音に身震いする。しかしその後も音は続く。マリィは耳を澄まし、その音がどうやら窓の脇の土壁から聞こえているようだと気づいた。恐る恐る、マリィは窓に近づき、そして……。
バタンッ、と観音開きに窓を開けた。