7 マリィ
広大な平野を、幅の広い河川が二分するように走っている。その河原に寄り添うようにしてたくさんの種族の者が暮らす街がある。川から供給される豊富な水、そして川の運ぶ栄養によって肥えた土地は、地上を住まいにする者たちにとっては住みやすい環境だった。
街のシンボルはどこからでも見ることのできる時計塔だ。三角屋根の背の高い塔は街のほぼ中心に建っている。華美な装飾はないが、内部の螺旋階段で上まで登れば街を見渡せる展望台にもなっているこの塔は住民たちに長らく親しまれてきた。
その時計塔を中心にして、南側には市場があったり、軽食を出す屋台があったりと賑わっている。しかしそれとは対照的に、北側には貧しい者たちが暮らすスラム街が広がっている。住人がいなくなった廃墟に勝手に住み着く者や、物乞いをして暮らす者、詐欺や盗みに手を染める者……。治安が悪く、普通の生活を送る者はあまり近づかないエリアだ。
そんな無法地帯よろしい区域に、他とはちょっと違う、小綺麗な家が建っている。小さいが屋根は赤い瓦がふかれており、土壁も割れたところはきっちり修復されている。控えめに造られた煙突からは、毎日細く煙が吐かれている。出入りしているのは腰の曲がった老女が一人。大きなフードをいつも目深にかぶり、北の住人には珍しく、定期的に市場で買い物をしていく。決して裕福には見えないが、生活に窮するほどに貧しいわけでもなさそうである。
家に入ると、老女は被っていたフードを脱ぎ、玄関の衣紋掛けに無造作に引っかけた。薄紫色の髪に、茶色く焼けた皺の多い顔。背中には飛ぶには向かないと思われる小さな翼状のものが付いている。それらの特徴は、小族と翼族の血が濃い者にあらわれるものだ。小族は主に平原や砂漠に住む者が多く、肌を守るために日に焼けやすい。また翼族は鳥族ほど長く飛行しないため、ずんぐりした体のわりに脆弱な翼を持つ者が多い。
老女は今しがた買ってきたものを台所の調理台に放り出すと、無造作に料理を始めた。
竈に火をおこし、水を張った鍋をかける。かさが赤茶色をした大きなキノコを一口大に割りいれる。細かく刻んだ干し肉を入れ、赤と黄色の拳大の実は皮ごと包丁で切って投ずる。煮立つまでの間に雑穀をひいた粉を水と卵で練り、竈の室で焼く。煮立った鍋にこの辺りの特産である香りの強い青葉を入れ、塩と香辛料で味を整える。無発酵のパンに、キノコだしの香草スープ。屋台などでも売られている、この辺りではよく食べられているメニューだ。
できた料理をこれまた無造作に器に盛り、食卓へと運ぶ。しかし、それは妙な光景だった。
普通に考えれば、料理は老女が食べる一人分でいいはずだ。しかし食卓には、明らかに二人分の料理が並べられている。老女が一人でそれだけの量を食べるのか。それにしても並べ方が妙だ。食卓の向かい合わせの位置に並べられているのだから。
その時、ガチャリ、と扉が空いた。玄関の、ではない。奥の部屋の扉が開く。そして中から、一人の少女が姿を現す。
少女の名はマリィ。幼くして両親を亡くした、この家の主である。