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6 疑問

 湖畔は静かだった。時折吹き抜ける風がさらさらと草をなでていく音まで聞こえるほどに。アヴェルはしわがれた穏やかな声で語る。

「ここで私の話を聞くよりは、実際に目で見た方がよろしかろう。本来なら私が案内すべきところだが……」

 そこで言葉を切ると、アヴェルは自分の翼を広げてみせた。薄い皮膜には皺が寄り、ところどころ傷んでいる。

「見ての通り、私は知識だけを詰め込んだ老いぼれだ。今となっては、翼を羽ばたかせてこの湖の畔から飛び立つことさえ至難の技なのだよ。だから申し訳ないが、代わりとして私の孫娘を遣わすとしよう」

 アヴェルが言うと、空の彼方から何かが飛んできた。アヴェルと同じような肌をした、しかし随分小さい竜だった。

「この子はユアという。小族の血がやたら濃く出た子でね。これでも成獣だよ。私ほどではないが、知識もある。この子とともに世界を見るのがよろしかろう」

 ユアというらしいその竜はウィルたちに向けて丁寧に頭を垂れた。その姿を見て、ウィルは少し慌てた。

「あの、でも僕は今すぐここから出かけるわけでは……」

 今の話の流れではこのまま出発することになりかねない。フレアもここぞとばかりにその提案に乗るだろう。それはウィルにとっては至極不本意な展開だった。

 だってそんなのまだ心の準備ができてないし、フレアは帰ったら稽古をつけてくれるって言ったんだし……と口の中でもごもご言っていると、上からしわがれた笑い声が降ってきた。

「それはもちろん、我々が決める事ではない。あなたのペースで世界をまわるがよかろう。今ユアを遣わすのは、ひとつの試みだ」

「……試み?」

 ウィルがおうむ返しに問うと、アヴェルは今まで見せなかったような皮肉めいた笑いかたをした。

「本来、陸海空のすべてを知る竜族が、この世を統べる存在である魔族に仕えるのはごく自然なことだと思わないかい?事実、遥か昔はそうだったのだよ。おそらくは、混血がすすんで純血の竜族がいなくなったことで廃れたのだろう。だからこれはその本来の形に戻す試みだ。試すのが最後の純血魔族のお子というのも皮肉な話だが」

 そこでアヴェルはフレアの方を見た。

「これは今の使者と従者の役目を奪うかもしれない試みだよ。フレア、お前さんはどう思う」

 その言葉にドキッとしてウィルはフレアの横顔を見る。今まで黙って話を聞いていたフレアは、目礼の姿勢のまま応える。

「アヴェル殿がご提案なさるなら、おそらくその道が正しいのでしょう。私どもの私情など意味を成しますまい」

 それは威厳に満ちた姿だった。ウィルは何も言えずにただその横顔を見つめていた。


 新たにユアを迎えた一行は、一度城へ帰還する。ウィルは今度はフレアの背中ではなく、ユアの上に乗っている。その道すがら、ウィルはユアに尋ねた。

「ねぇ、君はアヴェルと一緒に暮らしてたの?」

 ユアは明るい声で応える。あまりアヴェルとは似ていない。

「今日はたまたま遊びに来てただけですよ。私はおばあちゃん子で、よくお手伝いをしに来るんです。今回のことは突然でびっくりしましたけど。普段は丘の向こう側で、父と母と暮らしています」

 父と母、という言葉にウィルは心の隅がきしむような妙な感覚を味わった。しかしそれがどこから来たものなのかはよくわからなかった。物心ついた頃から、ウィルには父も母もいなかった。その代わりをしてくれるのがフレアとリーフだ。そこに疑問をもったことなど今までなかったのだが……。

 この時初めてウィルは考えた。自分にはどうして父と母がいないのだろう?

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