5 混血
「して、はるばる何用で来られたのかね」
アヴェルは二人の珍しい客を自分のねぐらにしている場所へ案内した。そこは丘の麓で岩が削られ、大きなうろのようになった場所だった。洞窟と呼べるほどの深さはなく、奥に寝藁が敷いてある。間口が広いせいか湿っぽくなく、なかなか快適な空間である。
ウィルは緊張のあまり無口になっていた。本当はフレアの後ろに隠れたい気分だったが、魔族としての矜持で辛うじて耐えた。そんな様子を知ってか知らずか、フレアが話を進める。
「ウィルはつい今しがた、魔族としての自覚を覚えたところです。しかしそれは第一歩、これからウィルは世界の見聞を広め、まだまだ多くのことを学ばねばなりません。その手始めとして、古よりの叡知をたたえるアヴェル殿にご教示を願いたい」
フレアはアヴェルの前で片膝をつき、左手を胸の前に掲げる、目上の者に対する敬礼の姿勢をとった。ウィルもあわててそれに倣う。見下ろすアヴェルは目を細めて笑う。
「おやまぁ、随分買い被られたものだね。フレアの一族にしても代々魔族の教育を担ってきたのだから、わざわざ私をたてることもなかろうに……どうやらウィルはそんなフレアをしても御しがたいお子のようだね」
いきなり自分の名前が出たので、ウィルはヒヤリとした。怒られるのだろうか、と身を固くしたが、アヴェルは変わらず笑っている。
「まあよい。わざわざこんな老獪を頼って来られたのだから、私はそれに報いますよ。何せ客人など稀だからね。時にウィル、この世の成り立ちは知っておられるか」
「……はい」
アヴェルの言う成り立ちとは、創世神話のことである。それは魔族の子がはじめに覚えることだ。急に話が始まったことに戸惑いながら、ウィルはおそるおそる返事をする。ずっと穏やかなアヴェルでさえもウィルはまだ怖がっているのだ。
「そこには我ら種族のことが書かれている。私らのような竜族のことも、ウィルのような魔族のことも。しかしそれは、世界の始まりに過ぎない。遠い昔のことなのだよ」
ウィルはわからない、というように首をかしげる。まだ世界をあまり見ていないウィルにとっては、あの城の中でフレアやリーフに教えられたことや、本で読んだことが全てだ。アヴェルはゆっくり諭すように言葉を継ぐ。
「今はわからなくてもいいんだよ。でも覚えておかれよ。この世は常に同じではない。動いておるし、変わっておる。成り立ちと大きく違うのは、混血だよ」
「コンケツ?」
「血を交えるということだ。今の世では、もともと違う種族だった者同士が子をなし、血を交えて生きているのだよ。私にもね、こう見えて小族の血が入っている。見た目には現れないがね」
なぜか、そう語るアヴェルの声は悲しげだった。細めた目でウィルを見下ろし、低く告げる。
「世界を統べる者として、覚えておいておくれ。今や世界中のどこを探しても、純粋にその種族と言えるものはいないのだよ。最後の純血魔族であるウィル、あなたを除いては」