55 優しい歌
知らなかった。今までさんざん苦しめられてきた楽族という存在が、それほどまでに重要な役割を担っていたとは。
マリィのなかで、この城へ来てから新たに知ったことが、まるで糸を紡ぎだすようにひとつにつながっていく。すべてがようやく意味を持つ言葉として浸透してくる。
重要な書物も、創作された物語も、そのほとんどが楽族によって書き残されたこと。
楽族が自分たちのことを語らない種族だったこと。
自分の血の記憶で明らかになった、楽族が語り部の種族だったということ。
それらのすべてが、実は創世神話に楽族が登場しないことの理由を示す鍵だったのだ。真相を聞くまで、そのことに気づかなかったというだけで。今になって、フレアが語ったことを裏付けるようにいろんなことがつながっていく。
真相を知ったからといって、何かが報われたわけではない。今までに経験した辛苦が消えるわけでもない。それでもマリィは心の中にずっと抱えていた、重くどろどろとした澱のようなものがすぅ、と溶け落ちていくように感じた。
それでようやく思うことができた。自分は、ここにいていいのだと。
本当は誰かから、それを許して欲しかったのだ。ここにいてもいいと。もちろんウィルもフレアたちも、最初からそうしてくれていたのだが、マリィにはずっと疑念が燻っていた。それがすっかり晴れたのは、フレアが自分たちの存在のことも明かしてくれたからだろう。
一通りの話を聞き終えて、今までずっと黙っていたユアが俯いたまま口を開いた。
「私の祖母のアヴェルが、以前言ったことがあるのです。使者と従者は我々も預かり知らないような古い知識を伝え守る者たちだと。その意味が、今ようやくわかったわ」
そして顔を上げ、マリィをまっすぐに見つめる。
「どうやら私は、ひどい思い違いをしていたようですわ。いや、正確に言えば自分の血を過信していたということでしょう。思い上がった発言をしてごめんなさい」
何について謝ったのかはすぐにわかったが、急なことだったのでびっくりした。ただ、それでもマリィにも言うべきことがあった。
「私こそ……楽族のことをちゃんと知っていればよかったのに、なにも知らなかったから余計なことを考えさせてごめんなさい」
お互いに謝ったことで、ユアとマリィはようやく本当に邂逅した。この場にユアを残したウィルも、その様子に安堵したようだった。
「でも、どうしてそんなに昔のことを伝えてきたんですか?それも、秘密にしながら」
それはユアの発言を受けて新たに浮かんだ疑問だった。ユアの祖母であるアヴェルが竜の媼と称されて、その知識が膨大であることはよく知られている。ところがフレアが語ったことは、そんなアヴェルの知識をも越えているものということになる。なにせユアも知らなかった話なのだ。
フレアはやはり静かに語った。しかしそこには少しだけ気まずさが混じっていた。
「我々の祖先は、はじめは影に追いやられたことを恨んでいたのです。だから様々なことを細かく観察し、いつかその者たちから日の当たる地を奪い返そうと画策していました。しかしなかなかそんな機会は訪れず、祖先はその子孫に情報を言い伝えることで後世に託していったのです。そうして何代も受け継ぐうちに本来の目的は失われ、その内に魔族から重用されるようになりました」
彼らは本当に世界の辺境で隔絶されて生きてきたのだ。楽族の血によって運命を翻弄されたマリィなんかよりも、ずっと奥まった場所で。彼らもまた、自分たちの存在にコンプレックスを抱えていたのだ。
「マリィ殿に、私からも一つお願いがあるのですが、聞いていただけますか」
全てを語り終えたあと、フレアがおずおずと訊ねた。マリィは自分にできることなら、とうなずいた。
「楽族の語り部の唄を、一節でよいのでお聞かせいただきたいのです。世界から失われて久しい、伝説の語りを」
それはフレアには珍しい依頼だった。一節位なら、ウィルに披露したように聞かせられるだろう。それでウィルがあの部屋から竪琴を取ってきてくれた。
マリィは受け取った竪琴を手早く調律し、ポロロン……と音を鳴らした。そしてウィルの前でつま弾いたその一節を静かに奏でた。
決して滑らかではないその音色と語りは、城の食堂の壁に反響して優しい響きとなり、聞く者たちの間を流れていった。




