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52 動き出す

 マリィは夢の中で見たものをそのまま再現した。繊細な竪琴のポロロン……という音に合わせて、語りの一部を小さく唄う。あの旅人のように上手くは出来なくても、声が震えてしまっても、なんとか物語を紡ぎだす。

 夢で見た旅人の荷物は、あの紙の束だけではなかった。袋のような鞄から次に取り出されたのが、竪琴だった。旅人は皆の前で朗々と、その旅路で得た知識を弾き語ってみせた。強くしなやかな音と声で、周りの者を魅了した。

 そこまでのことは、今初めて竪琴を手にしたマリィにはできない。それでも、本当は記憶にないはずの語りを唄うことができるのは、ただ夢で見たからというだけではない。はじめにウィルと話したときに血の記憶というものが存在することを知ったことがきっかけとなり、マリィの中に封印されていた過去ーーそれはマリィが生まれるよりずっと前の、遠く隔たった過去だったがーーそれがまるで鍵が開いたように表に現れたからだ。

 楽族は自分の耳だけを頼りに竪琴を調律し、弾き語ることができた。特に修練を積まずとも、自然に。それがマリィも言ったとおり、楽族がもつ血の記憶だからだ。

 マリィは一節を語ってその手を止めた。顔をあげると、呆然とした様子のウィルと目が合う。マリィが首をかしげると、ウィルはようやく我に返る。

「すごい……これが、楽族の、血の記憶なのか」

 ウィルは衝撃を受けたようだった。それは自身が受け継いだ魔族の血の記憶を考えれば当然かもしれない。

 魔族の子が引き起こす「覚醒」とは、それは随分毛色の違う類いのものだった。どちらかと言えば特殊能力といえるような。そのような血の記憶なら、後世に残っていったほうがよかったように思えるが、純血が絶えたことで忘れ去られていたのだ。

 そして、そのことを何より強く意識したのが、他でもないマリィ自身だった。

 今この場で、マリィが辿り着いた楽族の血の記憶をウィルに披露した理由を、その口から語った。

「ここに来てから、ずっと疑問だった。どうして私が妃に選ばれたのか。だって楽族の血は、皆から疎まれる存在だったから……だから、ユアから妃として相応しくないと言われたときも、その通りだと思った」

 その考えを否定してくれたのは、目の前にいるウィルだ。それがどんなにマリィの心を軽くしたことか。マリィは感謝しているのだ。だからこそ、誠実に接したいと思った。明るみに出た事実から新たに浮上した疑問をそのままにしておくわけにはいかなかった。たとえそれが解決した結果、自分がこの城を出ることになるのだとしても。

 一つ息をして、マリィは本題に入った。

「私が妃に選ばれたのは、もしかしたらこの血の記憶が関わっているかもしれない。でも多分、それがどんなものなのかは誰も知らなかったんじゃないかしら。もしもこの血の記憶が、彼らの思っていたものとは違っていたとしたら……私は多分本当に、あなたの妃には相応しくないわ」

 その可能性は大いにある。ウィルだって知らなかったのだ。楽族の血の記憶については。

「確かめるべきだって、君は言うんだね」

 しかしウィルは眉間にしわをよせ、渋るような口調で確認する。何かが引っかかっているような様子だ。それでもマリィは確信ありげにうなずいて見せる。それでウィルは最後には言った。

「わかった。じゃあ直接訊いてみよう、フレアたちに。君が妃に選ばれた理由を」

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