51 語り部たちの唄
翌朝、朝食を終えると、マリィはフレアたちに気づかれないように、そっとウィルを手招きした。近づいてきたウィルに小声で告げる。
「昨日のあの部屋へ、もう一度連れてって」
「ん?いいよ。午後からでも大丈夫?」
「ええ。ありがと。じゃあ午後に」
短く会話を交わすと、何事もなかったように別れた。
朝食中もマリィはなるべく普通を装った。正直昨夜の夢のせいでぐっすり寝た気がせず、頭もぼんやりしているが、それをフレアやリーフに気取られる訳にはいかない。もしそんなことになれば、休養が必要だといって部屋から出してもらえなくなるだろう。しかしマリィにはやるべきことがあった。それで必死にいつも通りに振る舞った。それが効を奏したのか、二人には気づかれずにウィルと接触することができた。とりあえずは第一関門突破というところだ。
午前中はいつものようにリーフを家庭教師役として勉強をする。リーフはわかるまで根気よく説明してくれるので、マリィも随分知識がついてきた。今は世界に点在する街の歴史や風土を一つずつ学んでいる。
その間もともすればぼぅっとしがちで、マリィは何度か眠気を振り払うために頭を振った。
「……疲れましたか?」
「あ、いえ、あの、大丈夫、です」
明らかに挙動不審になってしまい、リーフからかなり長い間探るように見つめられたが、一生懸命、笑ってごまかす。
「あまり無理はいけませんよ。前にも言ったように、急ぐことではありませんから。疲れたら休んでいいのです」
「うん、でも本当に、大丈夫です」
「そうですか」
まだ心配そうなリーフだったが、根負けしたように街の説明を再開した。
そして、午後。マリィは昨日と同じようにウィルのいる執務室を訪ねた。
ノックをしてドアを開けると、昨日と同じようにウィルが一人で待っていた。マリィは少し気まずい思いで頭を下げる。
「昨日の今日で、ごめんなさい。お仕事があるのに」
「構わないよ。フレアなんて半分喜んでるくらいだよ。良い兆候だって」
ウィルがちゃんとマリィとの時間をとることで、フレアたちも安心しているようだ。何せとにかく人見知りのウィルが、マリィと打ち解けるには相当時間がかかるだろうと思われている。どちらからにしろこうして歩み寄っていることは喜ばしいということだった。
「それじゃ、行こうか」
「うん……」
ウィルは周りをうかがいながらも、迷いのない様子で歩を進める。その姿は、夢の中の旅人と重なった。長い回廊を歩きながらウィルが訊ねる。
「何か気になることがあるの?」
「うん。多分、わかったの。楽族がもつ、血の記憶」
それきり、二人は口をつぐんで目的地へと向かった。
暗い通路の突き当たり、その扉をウィルが開ける。ランプに火が入ると、ぼんやりとそこにあるものの輪郭が浮かび上がった。
マリィはたくさん積まれた箱の中身を一つずつ確認していった。後ろでその様子を見守っていたウィルも手伝う。
マリィは夢で見たものを探していた。確信があるわけではなかった。それでもここに保管されている書物を集めたという昔の統治者が、楽族に興味を持っていたのだとすれば、もしかしたらあるかもしれない。その細い可能性に賭けた。
そして、それは見つかった。部屋にある箱の半数近くを開けた頃のことだった。
「あった」
マリィが手に取ったそれを、ウィルは不思議そうに見つめた。不自然に歪められた木の枝のようなもの。
「これを探してたの?」
「そう。ちょっと持っていて」
不思議そうなウィルにそれを渡すと、マリィは同じ箱から張りのある糸のようなものを何本か取り出した。
「これは、竪琴よ。弦を張ったままでは切れちゃうから、こうして外してあるの」
再びそれを受け取って、細い溝に弦を一本ずつ器用に引っかけていく。夢で見たのと同じように。弦の張りを調節して音階を合わせていく。繊細な作業。
「楽族が手先が器用だったのは、竪琴を扱っていたから。大きな耳は、繊細な音の違いを聞き分けるため」
すべてが、一本の糸でつながったように。やっと自分が引いてきた血のもつ意味を理解した。
ポロロン……空気を震わすような、澄んだ音色が響く。それに後押しされるように、マリィは告げた。
「これが、楽族の血の記憶。楽族は、竪琴を奏でながら唄によって語り歩いた、語り部の種族だったの」




