50 夢の狭間で
夜、マリィは長い夢を見た。
その夢の中では、マリィは旅をしていた。行商人のようにがっちりと旅装をしているためなのか、荷物が重いためなのか、はぁはぁと苦しそうに息をしながら歩く。
前後左右、周囲は見渡す限り平らな荒野だった。乾いた風が吹き渡り、足元の草花は干からびたような色をしている。生命の気配が希薄な、白く乾いた大地。
自分が一体どこへ向かって歩いているのか、方角の手がかりがほとんどないためマリィにはよくわからなかった。ただ、夢の中を歩く者は目的ありげに進んでいくので、その進むに任せる。
自分が一体誰なのかも、マリィにはわからなかった。行商であるなら大勢で隊列を組んで進んでいるはずだ。しかし歩いているのは一人きりで、荷車などもいない。荷物といえば、ときおり弾みをつけて背負い直す背中の荷物くらいだ。
やがて、何もないように見えていた地平線の上に、何やら建造物の群れが見えはじめた。おそらくはどこかの街だろう。
旅人はほっとしたように、ひとつ息をついた。どうやらそこが目的地のようだ。
市街地に入り、目に飛び込んで来たものに、マリィは思わず身構えた。街を行き交う者たちは、皆揃いも揃ってマリィと同じ、赤い髪と大きな耳を持っていたのだ。
なぜ、こんなに、楽族の血を引く者ばかり……?
それでも旅人はためらうことなくその中を悠々と歩いてゆく。何なら今までの旅の疲れもすっかり忘れてしまったとでもいうように。
街の中央にーーすぐそばに時計塔を見たのでマリィはそう思ったーー着くと、周りに比べて一際大きな建物へと入っていく。それは自治府が入る建物のようだった。旅人は官職の者なのだろうか。
その中にいるのも当然のように同じ見た目を持つ者たちだった。マリィは身構えていてはもたないと思い、力を抜く。階を上がってひとつの部屋に入ると、そこにいた者たちに向かって、旅人が初めて口を開いた。
「北方の地、巨族の群落より、只今戻りました」
一瞬の静寂の後、部屋は歓喜に沸いた。誰もが口々に「お帰り」と声をかける。
ということは、ここが旅人にとっては「帰る場所」だったということだ。道理で、ただ目的地にたどり着いたというだけにしては、心が浮き立ったように感じるわけだ。
「おお、よくぞ帰った。疲れているだろう。さぁここへ」
その部屋の中で一番齢が上と思われる男が手で椅子を示して座るよう促す。しかしその時間さえ惜しいというように、旅人は背中に背負っていた荷物を皆の前で解き始める。
「これが今回の収穫です。大変ではあったが、行った甲斐はあった」
降ろした革の鞄のような、袋のような物から出てきたのは、たくさんの紙の束だった。何かがびっしりと書き込まれ、ぎゅうぎゅう詰めにされていたせいで端は丸い折り癖がついてしまっている。そんな薄汚れた紙の束を、そこにいる全員が目を輝かせて見つめている。
先程椅子をすすめた男が、おずおずといった様子でその束を掴み、書かれている内容にざっと目を通していく。そして。
「素晴らしい」
思わずといった風に呟く。しばらくぼぅっとした様子で動かなかったが、やがて旅人と目を合わせた。
「まだこれだけのことが……語り継ぐべき事実があるということだな。それならば、我々はまだこの役目を果たすことができるということだ。神が我々楽族に与えたといわれる……語り部としての役目を」
その場にいる誰もが、感慨深げに目を細めた。そして誰からともなく、そこにはいない何かーーおそらくは、神に対して、感謝を示す礼をとった。
その礼は、今初めて見たもののはずなのに、マリィには意味がわかった。その理由も、夢の中でなんとなく理解した。
これは、過去の夢なのだ。おそらくはウィルが言ったところの、血の記憶にかかわる過去の夢。
答えにたどり着いてみれば、すんなりと受け入れられるものだった。楽族というのは、語り部の種族だったのだと。




