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49 血の記憶

 ウィルとマリィは執務室に戻ってきた。まだ顔色の悪いマリィをソファに座らせ、手ずからお茶を淹れなおす。その香りと湯気でマリィは少し落ち着くことができた。

 ずっと様子をうかがっていたウィルがおずおずという感じで訊く。

「さっきの場所、空気が悪かったかな?僕は慣れてるからあまり感じなくて」

「あ、ええと、そうじゃないの」

 やっとまともに喋れる程度に回復したマリィは、誤解を解くために説明をする。

「場所のせいとか、そういう話ではなくて。さっき、本を見せてくれたでしょう。その時に、物語を残したのが楽族だったらしいって話をしたよね」

「うん。僕が気になってたのはそのことだったんだ」

 ウィルはうきうきした気分をむりやり押し込めているような微妙な表情で語る。好奇心を隠しきれないというように。

「もしそれが本当なら、どうして楽族だけがそういう本を残したんだろうって、ずっと思ってた。そしたら君が……楽族の血を引く君がやって来た。この長年の謎を解く手がかりが掴めるかもしれないって思ったんだ」

 それを聞くと、マリィはすまなそうに肩を落とした。ウィルの期待には応えられない。マリィの知識はこの城に来てから学んだことがほとんどだ。

「私は自分の血のことをほとんど何も知らなくて……でもさっき、何かを思い出しそうになって。でも結局思い出せなくて。すごくもどかしいというか。本当は知っていることなのに思い出せないことがあるような。でも、そんなはずない、何も知らないって思ってる自分がいて………うまく言えないけれど、その何かが頭のなかのどこかに詰まっているような、挟まっているような感じがして、それでめまいが」

 マリィの話を聞いたウィルは急に難しい顔になった。さっきまでの浮き足立った様子は風船がしぼむように鳴りを潜める。そうするとウィルは同じ年頃とは思えないような、大人びた一面を見せる。顎に手をやり、うーんとうなって何やら思案している。ときおり独り言のようなことをぶつぶつ言うが、マリィには聞き取れなかった。様子をうかがいながら、マリィはドキドキしていた。何か変なことを言ってしまっただろうか。

「それって、もしかしたら楽族の血の記憶なんじゃないかな」

 しばらくしてウィルがはっきりとした口調で言ったのはそんな言葉だった。しかし意味はわからなかった。

「血の記憶?」

 聞き返すマリィに、ウィルは顔をあげたが、また何か考え込むように目をそらした。言うことをためらっているような様子だ。

「楽族にも、というか僕ら以外の種族にもそういうものがあるものなのか、聞いたことがないからわからないけど……血で受け継がれるのは単に見た目とか、体の特徴だけじゃないんだって。あ、でもこれは僕ら魔族での話だけど」

 とても話しにくいことを、なんとか説明しようとしているようだった。マリィはただ黙って聞いていた。

「僕ら魔族には、あるんだ。『覚醒』という血の記憶が」

 ウィルの目の奥が揺らいでいる。それから長い時間をかけて、つっかえながら語ったのは、ひどく辛い過去だった。

 次期統治者を決定する条件が、覚醒を起こすことであること。

 覚醒が起きた魔族は、自分の親を殺すこと。

 そうやって何代も、何代も受け継がれ……ウィルが最後の純血魔族となったこと。

 マリィのなかで欠けていたパズルのピースがひとつ埋まった。リーフが言っていた、いつか知らなければならないこと。その時はまだこんなに重い話だとは思っていなかったけれど。

 自分だけではなかった。こんな深い孤独を抱えていたのは、目の前のウィルも同じだった。

 ウィルが優しいのは、同じ孤独を知っていたから。

 マリィの頬を、一筋の涙が伝った。それと同時に頭のなかで、パリン……という何かが割れたような、微かな音を聞いた気がした。

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