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48 歩き出す

 マリィはガァン、と頭を打たれたような衝撃を受けた。これらの物語が、楽族によって残されたもの。その情報は、マリィに強く響いた。それと同時に、何かにせき立てられるような焦りも感じた。何かを、思い出さなければならない。重要な、何かを。

 頭を押さえてうずくまったマリィを、慌てた様子でウィルが支えてくれた。

「どうしたの?気分が悪くなった?大丈夫?」

「うん、大丈夫……」

 言葉とは裏腹に、マリィは立ち上がることもままならないような状態だった。ウィルが慌てたように壁際に置かれた椅子に座らせてくれる。その椅子も埃を払われているところをみると、ウィルが本を読むときに使っていたのだろう。

 マリィは自分の今の状態をうまく説明することができなかった。ウィルはここの空気の悪さのせいで気分を悪くしたと思っている節があったが、そうではない。強いて言えば、頭をフル回転させることに神経が集中してしまって体からは力が抜けてしまったという感じだ。背中に冷や汗が浮くのを感じるが、悪寒がしているわけでもない。ただ気持ちだけが焦るような不安なような、ひどく不安定な感覚だった。

 クラクラするのに、今すぐに何かをしなければならない気がする。思うように体が動かないのがひどくもどかしい。それで眉間にしわを寄せていると、ウィルが心底心配そうに声をかける。

「とにかく一度ここを出よう。酷い顔をしてるよ」

「待って。大丈夫だから、もう少し……」

 なんとか言い募ろうとするのを遮るように、ウィルはランプの火を消してしまう。

「ごめんね、それは聞いてあげられない。君に無理をさせないのも僕の役目だからね」

 そう言うとウィルはマリィの手をとって立たせると、肩を支えて歩きだす。マリィをいたわるように、歩幅を合わせてゆっくり歩く。暗い曲がりくねった通路でもつまづいたり、どこかに体をぶつけたりしないように。

 改めてマリィは、隣の少年を見た。こんなに距離が近づいたことは今までなかった。それなのにごく自然に寄り添うウィル。自分を妃にするというーーつまりは、自分の夫となるという少年。見られていることに気づいたのか、照れたように口を開く。

「僕はいつもこうなんだ。もともとひどい人見知りでもあるし、周りの者のことより自分の興味を優先してしまって……そういうところをいつもリーフに注意されるんだけど、そう簡単には直らないんだよね」

 確かに、マリィが話をするために執務室を訪ねたのに、ここまで連れ出したのはウィルだ。その行動だけを見れば身勝手にも見えるかもしれない。でも今こうしてマリィを支えてくれているウィルは、優しいと思った。ちゃんと思いやりを感じる。

 はたして自分はどうだっただろうと思う。自分のことだけでいっぱいいっぱいだった気がする。だから、急に今の立場に立たされたことに戸惑ってしまう。辛いばっかりのような気がしてしまう。その思いが今ウィルと触れあうことで少しだけ変わったようだ。

 贄となって絶たれるはずだった未来。その未来へ歩き出すことに、そろそろ慣れなければならない。これからのことはこれから決めていけばいい。それがすべて辛いことだと決めつける必要は全くない。

 少しずつはにかみながら喋るウィルに、少しずつ心を開いていく。やっと少し肩の力が抜けた気がしてマリィは微笑んだ。

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