44 楽族の謎
翌朝。朝食を終えて自分の部屋に戻ったマリィは緊張した面持ちで座っていた。
ーーそれならば、明日からそのための時間を作りましょう。私が家庭教師をさせていただきますわ。
昨日お茶を飲んでいたとき、しばらく考えていた様子のリーフがそう言ったのだ。それでこれからしばらくの間、朝食後の時間を勉強の時間にあてることになった。
正直、マリィは自分の言い出したことに怖じ気づいていた。マリィとしてはあの時間にできる限りのことを教えてほしいというニュアンスだったのだが、いまいちうまく伝わらなかったようだ。
それは単にマリィの言葉が足りなかったという話ではない。使者や従者と呼ばれる者たちは一般とは少し違う感覚を持っているのだ。
永年魔族、特に統治者に仕えてきた彼らは一方で教育者という面を持っている。これはひとえに魔族の「覚醒」という成長過程のためだ。つまり、統治者となる者は必ずどこかの時点で両親を失う。そうなれば必然的にその魔族の子を守り育てるという役が必要となる。それを担ってきたのもまた使者と従者なのだ。そのせいか、彼らは人の成長に対して非常に敏感な感覚を持っている。リーフは先のマリィの言葉を受けて、次のステップへ進んでも大丈夫だと判断したのだ。
そんなこととは露ほども知らないマリィはまた新たな不安を抱えることになった。これから自分は一体どれだけのことを覚えなければならないのだろう。
コンコン、という控えめなノックの後、ドアを開けて入ってきたリーフを見て、マリィは顎が落ちそうになった。リーフが古そうで重そうな書物を山のように抱えていたからだ。あまりのことに手伝わなければ、ということにも思い至らず、ただその姿を目で追ってしまった。
どさっ、とそれらの書物をサイドテーブルにおろしたリーフはふぅ、と息をつく。
「遅くなりました。関係しそうな書物を見繕っていたもので」
「い、いえ。……あの、これは?」
ぎこちない動きでその山を指さしたマリィに、リーフは朗らかに言う。
「世界の創世記をはじめとする歴史書や地学書、風土記のなかで、簡単にまとめられているものです。教科書がわりに持ってきました」
マリィはそれを聞いて目が回りそうだった。こんな量のことを、一体どれだけ時間をかければ学ぶことができるというのだろう。そんなマリィの思いを知ってか知らずか、リーフは気休めにもならないことを言う。
「もちろんこの内容を一気に学んでいただくという話ではありません。前にも言いましたが、急ぐことはないのです。大丈夫ですよ。あなたには理解する素質があるはずなのです。これらの書物を記したのは楽族だといわれているくらいですから」
気休めにはならないが、ひどく気になる発言があった。これらの書物を記したのが、楽族……?
思わずその一番上に積まれた書物を手にする。「創世紀概説」と題された分厚い本。
「楽族って、一体……」
一体どういう種族だったのだろう。世間から疎まれ、蔑まされてきたその血。一方でこんな大事な書物を書いたのが楽族だという。
その疑問を感じ取ったリーフが微笑む。
「楽族について興味がおありなら、まずそこから始めましょうか。興味のあることの方が頭に入りやすいですし」
そう言うとリーフは山の中から一冊の書物を引っぱり出した。それは他のものに比べると随分薄いものだった。
「これは楽族の仕事について、それを称賛した他族の行商が書き残したといわれているものです。どうも楽族というのは自身のことをあまり語らない種族だったようで、書物としてはあまり残っていないのです」
リーフが渡してくれたその書物をぱらぱらとめくる。そこにはベッドなどの家具から女性用の装飾品まで、様々なものが描かれ、その横に説明が書かれていた。中にはマリィがラピアからもらった髪飾りに似たような物もあった。
書物が書かれたのは、まだ楽族さえ純血のまま暮らしていた頃。随分と昔のはずなのに、それらは今普通に使われているものと遜色ないように見えた。横から様子を窺っていたリーフが補足する。
「楽族はとても手先の器用な種族だったと伝わっています。職人を生業にしていた者が多かったとか。今でも、そうした造形の技術はこの頃の楽族のものを礎にしているのですよ」
マリィは息が詰まった。今まで忌むことしかなかった自分の血。そのせいでたくさんの辛い思いをしてきたのに。
「すごい……」
その血のルーツとなった楽族の真の姿を垣間見て、初めて少しだけ、それを誇れるような気がした。




