42 彷徨
マリィは頭がふわふわしてきた。ちょっとした酸欠状態という気もするし、考えることに疲れただけのような気もする。
そのとき、頭上からブォォ……という地鳴りのような音が聞こえた。何事かと顔を上げると、ホラウが頭をがっくしというように垂れていた。ひょっとしたら、今の音はホラウのついたため息かもしれない。
「ユア。お前はそれを言うためにわざわざここまで来たのだね?」
「そうです」
「媼の元へ行こうとはせなんだのか」
「私の祖母は、おそらく私と同じ考えでしょうから」
「うむ。正しい。お前の判断は全くもって正しい。そしてユア、お前が迷っていたのだということもよくわかる。その言い方ではこちらのお嬢さんには伝わるまい」
「……」
ホラウの指摘に、ユアは黙ってしまった。ちょっとふてくされたような顔をしているが、反論などはしない。そう言われることはわかっていたという節がある。
マリィが見るに、二人は師弟関係のようだった。ユアは何らかの教えをこのホラウに乞うていたのだろう。だからユアは、告白の場所としてここを選んだ。恐らくは今まで誰にも言えなかった、心の中のわだかまり。自分だけでは正しく伝える自信はなかった。だからその言葉を補ってくれるであろうホラウの元を訪ねた。
「お嬢さん、言葉の足りぬこの娘を許してやっておくれ。これは観念の問題で、ユア自身があなたを嫌っているという話ではないのだ」
静かに語るホラウの言葉を聞いて、今度はマリィが黙りこむ番だった。その言葉を額面通りに受け取るには、マリィは今までに傷つき過ぎていた。
両親を失い、家から一歩も出ずに過ごしてきた、あまりにも長い時間。楽族の血を濃く引いているというだけで受けた嫌がらせ。この血を引きたくて引いたわけではない。両親ですら予測していなかった特徴の顕現。
また同じことを繰り返すのだ、と思えてならない。また、嫌われて生きていくのだと。
しかしホラウは再び語り始めた。
「はるか昔のことだ。種族を越えた混血は、確かに楽族から広まったといわれておる。それは理由があった。楽族というのは同族同士では子供ができにくい種族だったからだ。自然、純血しかいなかった時代にはその数を減らす一方だった。そこに危機を抱いたが故に他族婚をすすめたのだ」
それはマリィには初耳の話だった。楽族がどんな種族だったのかなど、自分がその血を引いていること自体がコンプレックスだったから、調べたこともなかった。
「その風潮は徐々に世界中に広まっていった。我ら海に住む者も例外ではない。それはもはや抗う術のない世の中の流れだった。しかし先程ユアが言った通り、竜族はその風潮を嫌っていた。時にお嬢さん、統治者となる魔族は純血を守ってきたわけだが、それはなぜかおわかりかね?」
黙って話を聞いていたマリィは、急に話を振られてどきりとした。うまく声が出せないので、ただ首を横に振る。
「それもそうであろう。おそらく今同じ質問をユアにしても応えられぬはず」
ホラウがユアに視線を送るので、マリィもそちらを見る。ユアは唇をかんで俯いている。その通りのようだった。
小さく息を吸って、ホラウが次に語ったことばは、マリィだけではなく、ユアにも言って聞かせる類いのものだった。
「まぁ本当のところは記録もなにもないからわからんがね。だが最も有力な仮説といわれているものはある。それは、その昔統治者の後見を務めていたのが竜族だったから、というものだ」
「……え?」
不安そうな声を出して顔を上げたのはユアだった。マリィと顔を見合わせたその表情は、出会ってから今までで一番弱々しく見えた。
声に力が入らないまま、ユアが訊き返す。
「では、もし竜族が後見となっていなければ、統治者も純血を守りはしなかったとおっしゃるのですか?」
それは悲痛な訴えだった。そうであって欲しくないと、切実に願うような。
しかしホラウの返答はにべもなかった。
「あくまで後から事実を鑑みれば、その可能性が高いという話だ。だがね、私はこれがおおかた真実であろうと思っているのだよ。竜族というのは古きを守る種族だ。逆を言えば、変化を嫌う。しかしその当時から今まで混血の流れが留まらなかったということを思えば、その流れは世の理と言ってよいものだろう。変わっていくということはね、私は必要なことだと思っているのだよ」
ホラウがユアを傷つけようとして言ったことではないというのは、傍目に見ていてもわかるものだった。それでもその言葉を聞いたユアは辛そうで、ただ連れてこられただけのマリィは二人の狭間でどうしたらいいかわからなかった。




