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40 海の賢者ホラウ

「海の賢者?」

 マリィはおうむ返しに聞き返す。それに対してユアは心得ているというように説明する。

「これまでの生活を考えればあなたが知らないのは当然のこと。海の賢者というのはその名の通りこの海に暮らしている、私の祖母のように長く知を蓄えている者です。ある特定の者を指す呼び名ではなく、何代も継がれた名前です。今の『海の賢者』はホラウといいます」

「ホラウ……」

 海に住む種族もいるということは知識としては知っていたが、実際に目の前の海を見てみても、その中に誰かがいるというのは理解しにくかった。そもそも本物の海というものを見たのが、前日にフレアたちと対峙した、あのときが初めてだったのだ。

 黙って思案していると、ユアが明るい声で言った。

「さぁ、ではそろそろ行きますよ。私の背に乗ってくださいな」

 ユアはマリィが乗りやすいように、背を向けてしゃがむ。その動作があまりにも自然だったので、マリィは何の疑いも持たずにその背に乗った。

 次の瞬間、マリィは一瞬何が起きたかわからなかった。ユアは一度低く飛翔したのちに海面に突っ込んだのだ。

「あぅっ……!?ごぼっ」

 急なことに思いきり海水を飲んでしまった。それなのにユアは浮き上がるどころかそのまま潜っていこうとする。息ができずパニックを起こす。

ーー落ち着いて。もっと私にくっついて。ちゃんと呼吸できるから。

 ユアの声は奇妙に響いて聞こえた。ブクブクと肺のなかの空気を消費しながら、なんとか言われた通りにする。

 するとぽふん、というくぐもった音とともに何かの膜のようなものの内側に入った。

「ぷはっ、げほっ、はぁ、はぁ……あれ?」

 その膜はユアの体表を覆うように全身を包んでいて、その内側には空気があった。それでマリィは海の中でも息をすることができた。

「ごめんなさいね。ちょっと意地悪をしてみたくなって。でも溺れなかったでしょう?」

「はぁ……」

 はじめにちゃんと説明しなかったことをユアは詫びた。しかしその態度にマリィはかすかに引っ掛かりを感じた。

 ユアは本心を隠している気がする。彼女は一体、本当は何を考えているのだろう。

 言われるがままに付いてきてしまったが、本当によかったのだろうか。急に自分の行動が浅はかだったように思えて不安になった。

 マリィは今までもずっと、誰かに言われた通りにしてきた。それが当たり前だったので、今回も流されるままにここまで来た。そういうものだと思っていたはずだった。


 辺りに光が届かないくらい潜ったところで、ユアは海底に着地した。明るみに馴れたマリィの目では、周りの様子はほとんどわからなかった。ただ、目の前から圧倒的な何かの気配を感じた。それは岩のように大きな、生命の気配。

「ホラウ殿、ご無沙汰しております。アヴェルの孫のユアがここに」

 その大きな気配に向かってユアが告げた。マリィの下の体が身じろぎした。おそらく目上の者への礼をとったのだろう。

 すると目の前の気配の主はこちらを向いた。なぜそうとわかったかといえば、目とおぼしき点が二つ、少ない光を目一杯集めたようにキラリと反射したからだ。それはマリィのはるか頭上だった。その頭上から野太い声が降ってくる。

「おう、ユアか。アヴェル殿は息災か」

「お陰さまで元気にしているようです。今は離れて暮らしておりますが」

「そういえば城に仕えておるのだったな。そちらはどうだ?」

「アヴェルの孫という名に恥じぬよう精進しているところです」

 周りの海水をうねらせるような声に圧倒されながら、マリィはしばらく茅の外で二人の会話に耳を傾けていた。どうやらユアとこのホラウは古くからの馴染みのようだった。

 すると急に話の矛先が自分に向けられた。

「して、その娘は?」

 光の目と視線が合った気がしたので、自ら名乗った。

「私はマリィと言います、あの、初めまして」

 見えているかどうかはわからなかったが、マリィも目上の者への礼をした。そのあとにユアが補足をした。

「統治者を引き継がれたウィル殿の妃となられる方ですわ」

「ほう」

 ホラウは驚いたような声をあげて、しばらく黙っていた。光の目がちらちらと動いていたので、観察されていたのかもしれない。そう思うと居心地が悪かったが、マリィもまた黙って耐えた。そしてちらと、ユアの目的がこのことだったのではないかと思った。何らかの理由で、確かな目を持つ第三者によってマリィの人となりを見定めること。

 ややすると、ホラウは再び口を開いた。

「なるほど。見たところ楽族に近似の者とお見受けする」

「はい、そうです」

 マリィが応えると、ホラウはさらに言葉を継いだ。

「それが使者どもの選択ということだな。そしてユア……お前はそれが気に入らないのだな」

「えっ?」

 急にユアのことに話が及んだので、一瞬何を言われたのかわからなかった。言葉を飲み込んでみれば、そこには不穏な響きがあった。

 どういうことだろう、とマリィは思った。だがその言葉にユアが応えることはなかった。再び訪れた沈黙は、海底の闇をさらに濃くするような重いものだった。

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