39 空中散歩
どうしてこんなことになっているのだろう、とマリィは目をすがめながら思った。
事の発端は先刻、朝食中のことだった。初めて食堂に足を踏み入れたマリィは、まずその広さに圧倒された。一体何十人座れば席が埋まるのか想像もできない。そんな広い食堂だが、今はその一角に小さなテーブルセットが置かれていて、朝食はそこでみんなで食べた。空間が広すぎて落ち着かない。なぜこんなに少人数となった今でも食堂で食事をするのか。それはこの食堂と地続きに厨房があるからだ。この人数で食事をとるのにぴったりの部屋も城にはあるが、いちいちそこまで運ぶとなるとリーフの負担が大きくなってしまう。実は少し無理をしてマリィが食堂に下りてきたのも、リーフに手間をかけさせたくなかったからだ。城がとてつもなく広いということは初日の時点でわかっていた。
その途中で、マリィが今までずっと家に閉じ込められて暮らしていたという話になった。一番の問題は、そのせいでマリィはほとんど世界のことを知らないということだった。マリィがウィルの妃となることはまだ正式に伝達されていないし、速やかに何か知識を求められるような場面は今のところない。そもそもマリィは魔族でもなければ城にずっといたわけでもないのだから、何も知らなくて当然である。これから時間をかけて少しずつ知っていけばいいことだ。
しかし、それを大事ととらえた者が一人ーーそれはユアだった。ユアはできる限り早く見聞を広めた方がいいと言い、早速マリィを散歩という名の外遊へと連れ出したのだ。ユアのモットーは思い立ったが吉日。周りが引き留める間もなく出立してしまった。
それで今、マリィは人生二度目の空中飛行に目を回しかけているのだった。
「ご心配なさらず。私がいる限り、あなたのことを世間知らずの妃だなどと嘲笑するような真似はさせませんわ」
自信たっぷりに言い切るユアだが、正直その声も飛行の風圧で耳がふさがってしまってほとんど聞き取れない。それにマリィの目下の心配事は、目的地に着くまで振り落とされずにしがみついていられるかどうかということだった。
ーーユアは教育係なのですが、彼女もちょっと奔放なところがありますし。
リーフの台詞を思い出す。確かに、奔放という言葉がユアを端的に表していると思った。
そろそろ腕の力と意識を保つことに限界を感じた頃、ユアはようやく高度を落とした。この時ほどほっとしたことはなかった。高いところというのはやはり苦手だった。
ユアが降り立ったのは、小さな浜辺だった。そこは前日にフレアとリーフに迎えられた場所よりも狭く、片側は崖に、もう片側は河口になっていた。その先には穏やかなシルバーブルーの海。
マリィの心情が違うせいかもしれないが、その海はより優しい色に見えた。
「さぁ、では参りましょうか」
その景色に目を奪われていると、ユアが楽しそうに言う。
「参るって、どこへ?」
すっかり着いた気でいたマリィは訝しげに問う。ここからさらにまだ移動するというのか。そんなマリィにさも当然というように告げる。
「この先ーー海です」
「海……?」
何を言っているのだろう、とマリィは思った。ユアは腕でその方向を指し示す。どんなに目を凝らしてもただ広い海が見えるのみ。
ユアは改まった顔をして、あの目上の者に対する礼をした。
「これからあなたを『海の賢者』の元へお連れします」




