38 これからのこと
黄昏時はとうに過ぎ、藍色に染まった空を、マリィは窓越しに黙って見つめている。
気を失ってどれほどの時間が経っていただろう。気がつくとマリィはベッドの上に丁寧に寝かされていた。掛けられていた布団をよけ、起き上がる。気分はいくらかましになっていた。
今まで暮らしてきたあの小さな家とは、この部屋は何もかもが違いすぎた。華美な装飾品はないものの、調度品はどれも丁寧に造られていることが見るだけでわかるものばかり。それも一人で過ごすだけの部屋とは思えないほど、いろんなものが揃っている。正直、ここが自分にあてがわれた部屋なのだとはまだ認識できない。仮住まいの宿という感覚でしか捉えられない。
何もすることがなく、かといって家捜しのようなことをする気にもなれず、マリィはベッドに腰かけたままぼんやりと外を眺めていた。
しばらくすると、トントン、と控えめなノックの音が聞こえた。ドアの方を見ると、小さなワゴンを押してリーフが入ってきた。
「お目覚めですか。お気分はいかが?」
「大丈夫、です」
それを聞いてほっとしたようにリーフはワゴンからマリィの分の食事をサイドテーブルに並べる。それはどれもマリィの見たことのない料理だったが、湯気がたっていてどれも美味しそうだった。今まで空腹など感じていなかったのに、それらを目の前にして急に食欲がわいてきた。
「いただきます」
一口食べると、それだけで疲れが癒される気がした。色とりどりの野菜、歯ごたえの楽しい穀類や果実、ほろほろに煮込まれた干し肉料理。それらは決して格式ばった宮廷料理のようなものではなく、もっと一般的な雰囲気のものだった。初めて食べるものばかりだったが、どこか懐かしい家庭料理のような優しい味がした。
「おいしい」
「お口に合ったなら何よりですわ」
城には料理人がいるわけではなく、食事はすべてリーフが用意している。それこそ昔は大所帯だったので専属の料理人がいた時期もあったが、その頃でもちょっとした軽食やお茶の用意は従者がしていた。対外的な責務を果たす使者に対し、従者はそうした内部の細々とした雑事を一手に担っている。
はじめのうちは物珍しさと空腹から食がすすんだマリィだったが、ふとその手が止まる。そこにはやはり戸惑いの表情が浮かんでいる。様子を見守っていたリーフが心配そうにのぞきこむと、マリィは口を開いた。
「あの、私はこれからどうなるんですか」
「どうなる、とは?」
訊き返されて、マリィはうまく説明できないことをもどかしく思いながら、整理のつかないままに今思っていることを話した。
「私はずっとあの小さな家で暮らしてきました。お父さんとお母さんがいたときも、いなくなってからも。すごく寂しかったし、贄になるのだと聞いて、すごく辛かった。でもそうじゃないってわかって……それでも、あぁよかった、とは思えなくて……」
それが本当だったら絶たれていたはずのマリィの未来。だからその先のことなんて考えていなかった。むしろ、考えないようにしていた。明るい未来を思うことは、今に絶望することしかもたらさなかったから。今「贄」という現実がなくなって、広がりすぎた未来をどう描いたらいいのかわからない。
かといって、完全な自由ではない。「妃」という、やはり誰かから与えられた未来をこれから生きていくのだ。そこからは逃れられないのだから、それは今までの閉じ込められた生活と変わらない気もする。
ではこれからは、何に希望をもって生きていけばいいのだろう。
背中に優しい温もりを感じて、マリィは顔を上げた。リーフが背中をさすってくれていた。その時になって、自分が泣いていたことに気づく。
「これからのことは、あなたとウィルでゆっくり決めていけばよいのです。大丈夫、何も心配なさらずに。とにかく今は、疲れきってしまった体と心を休ませて下さい。焦らなくていいんです」
涙はとめどなく流れたが、その分だけ心が軽くなっていく気がした。そんなマリィが落ち着くまで、リーフはずっと寄り添っていた。




