36 戸惑い
「マリィ、この子がユアだよ」
ウィルは気軽な様子でユアを紹介した。しかしマリィはもう何度目かわからない驚きで目を丸くした。その見た目が竜族そのものだったからだ。マリィの街にも竜族の血を引いた者はいたが、これほどその特徴が顕なものはいなかった。混血がすすんだ今となっては、そうした特徴を持つ者は稀だった。
だから余計に、マリィのような存在は奇異の目で見られたのだ。
ユアというその竜族の娘は柔らかく笑って自ら挨拶した。
「初めまして。私たちの城へようこそ。といっても、私は預かられている身ですから、ずっとここに住んでいるわけではないけれど。気軽な話し相手にしていただけると嬉しいわ」
「は、はい。よろしく、お願いします」
マリィがおずおずと頭を下げると、ユアは声をたてて笑う。
「どうかそんな畏まらないで下さいな。恐縮してしまうわ」
「ねぇユア。この子君の竜の鱗を持ってるんだよ」
二人の様子を脇から見ていたウィルが横やりを入れた。その事を言いたくてうずうずしていたのだ。言われてユアはマリィを注視する。
「あら、本当。どこで落としたかしら」
ユアはまだ若いので、鱗が勝手に剥がれ落ちることはあまりない。羽毛の毛繕いをするように流れを整える時に古くなったものが剥がれるくらいだ。
あまりに胸元をじろじろ見られるので、いたたまれなくなったマリィが説明する。
「あの、これは友達に貰ったんです。お守りに、って。収穫祭の日に拾ったと聞きました」
「収穫祭!」
ウィルとユアが同時に声をあげるので、マリィは思わずのけぞった。そんなマリィをよそにウィルとユアは顔を見合わせる。
「あの時だ。ユアが収穫祭を見に行こうって言って街へ行った、あの夜。じゃああの街にマリィはいたんだね」
「あらら、全然気づきませんでしたわ」
しばらく二人とも動かないので、何か問題があったのだろうかと心配していると、ふいに二人同時に吹き出した。
「すごいね。こんな偶然ってあるんだ」
「本当。なんだか面白いですねぇ」
そのテンションに付いていけず、おいてけぼりをくらったマリィは脱力した。本当に、そろそろ疲労が限界に来ている。
そこに助け船を出したのは、先ほどマリィをこの城まで送り届けた片割れ、リーフだった。
「あらあら、まだこちらにいらしたのね。部屋が空でおかしいと思いました」
「あ、リーフごめん。つい話が弾んじゃって。まだ部屋に案内してないんだ」
悪びれずに告げるウィルを、リーフは軽く諌めた。
「ウィル、客人は労うものですよ。マリィは厳密には客人とは言わないかもしれませんが、長旅でお疲れのはずです。城の主として、心配りも必要ですよ」
「あぁ、うん。ごめんよ」
「わかっていただければ。ひとまずマリィは私が部屋へ案内いたします」
「うん、助かるよ。お願いね」
マリィはリーフに促されてユアの部屋を後にした。
「ごめんなさいね。ウィルはまだ子供の部分があるので、細かいところに気が回らないのです。ユアは教育係なのですが、彼女もちょっと奔放なところがありますし。連れ回されて疲れたでしょう」
「いえ、大丈夫、です」
本当はひどく疲れていたし、正直どこでもいいから倒れこんでしまいたい気分だったが、そんな本音を吐露していい相手なのかをまだ計りきれず、口では強がりを言った。だがリーフにはお見通しのようで、今度こそまっすぐに部屋へと向かった。
「こちらです」
重そうな大きな扉を開けて通されたのは、広くはないが品のいい調度品の整えられた綺麗な部屋だった。高い天井に届くほど大きくとられた窓には厚い生地のカーテンがかかっている。書き物用の机に、丸いサイドテーブル。ちょっとした茶器や皿などが入れられたサイドボード。天蓋の付けられた白いベッド……。個人の部屋だというのに、ここだけでも十分生活できてしまいそうだ。
「今日はお疲れでしょうから、食事もこちらへお持ちしますわ。ゆっくりお休みになって。何かあったら、私は向かいの部屋に控えていますから」
「あの」
ベッドを見てしまってから倒れこんでしまいたい衝動はあったが、マリィはなんとかそれを抑えて、出ていこうとするリーフを呼び止める。振り返ったリーフは怪訝そうだったが、マリィにはどうしても気になることがあった。
「あなたは、その……ウィルの、お母さん、なのですか?」
「いいえ。私はただの従者です」
その言葉は先にも聞いた。だがここへ来て、ウィルとの関係を目の当たりにすると、従者という言葉のイメージとは随分かけ離れた関係性に見える。
「でも、ここに来て、まだウィルのお母さんやお父さんに会ってません」
そこでようやくリーフはマリィが何に引っ掛かっているかを理解した。
「ウィルには両親がいません。だから我々がお世話をしているのです」
「どうして……?」
「それは追々お話しいたします。どのみちいつかは知っていただかなくてはならないことですから。ですが今日のところはお体を休めていただくことが先決です」
それはもっともだった。限界をとうに越えていたマリィの意識はそこでふっ……と途切れた。




