35 静寂の城
ウィルはマリィをエスコートして城の中へ入っていった。不安そうなマリィに向けて笑顔を見せて、優しく振る舞う。それは一見この城の主として堂々とした風情に見える。まだ幼さが残る本人の見た目からすれば大したものだ、と市井の者は誉めそやすかもしれない。しかしその実、ウィルの成長をずっと見守ってきたフレアやリーフからすればその姿はまだまだだった。
ここ最近の訓練によって、ウィルの人見知りは随分改善した。それは誰もが認めるところである。しかしやはり初対面の相手に対する苦手意識はいまだにあるようで、マリィを目の前にして妙にそわそわしているし、表情もかたい。妃として迎える相手だというのに、この調子では先が思いやられるというものだ。
魔族の婚姻、特に統治者の婚姻は基本的には市井には秘匿される。最大の理由はそれが政治的権力に関わることだからだ。とはいっても慣例に従えば次期統治者として戴冠式を終えればそう時を空けずに妃を迎えるものなので、知らせなくとも大方目星がついているというのが現状だ。今となっては純血の魔族は最後の一人になっているので考えようもないが、昔は配慮を払う必要があった。
次期統治者に就くかどうかは、条件をクリアした時期による。よって世襲ではなく多くの魔族がその候補となる。それ自体は運のようなものなので変えることはできないが、婚姻は別である。つまり、誰の娘が妃となるのか。
婚姻の条件は純血の魔族であること以外特に決まりがない。他の種族と血を交えていない魔族はこの城に棲み、言ってしまえば全員が家族のようなものなので、その中で権力争いが起こるということはほとんどない。しかし問題は統治される側の市井の人間である。彼らとすればより自分たちに有益な政治を望むのが心情だ。城に出入りできる者など自治府の高官くらいなのだが、その者たちが魔族と接触して懇意を図る。そうした者たちが狙うのは次期統治者と婚姻の可能性のある娘を持つ者だった。もちろんそんなことで妃が決まったりはしないのだが、要らぬ憶測が蔓延する原因となったため、そうした接触が全面的に禁止された。それ以前は次期統治者も含めて魔族間では婚礼の儀も華やかに行われていたようだが、それ以来対外的な行事としては行われなくなった。それも今となっては随分昔のこととなってしまった。
統治者をつとめる純血魔族は徐々に減っていく運命を抱えていた。それはその条件となる「覚醒」に起因する。ひとたび覚醒が起これば、その者は親を殺してしまう。その時点で、例えば他に親を同じくする兄弟がいたとしても、その者たちは覚醒を起こさないため、次期統治者候補からは外れる。そうした者は特別な理由(既に婚姻の相手が決まっている等)がない限り、野に下るのが習わしだった。もちろんウィルのように最初から一人っ子という場合もある。そうして少しずつその数を減らしてきた純血魔族は、とうとうウィルただ一人となってしまった。
一時栄華を極めた豪奢な城は、今や灰色の静寂に沈んでいる。
ウィルは城の二階を静かに進んだ。そのあとをおっかなびっくりといった様子でマリィも付いてゆく。マリィにとっては初めて訪れる場所であり、広大すぎて先がどこに繋がっているかもわからないため、案内されるままに歩いてゆく。初めて会ったウィルだけが頼りだというのに、そのウィルがあっ、と声をあげて急に立ち止まるのでびっくりしてしまう。
「君の部屋に案内しようと思ってたけど、先にユアを紹介した方がいいね」
振り返ってそんなことを言う。そして廊下を逆方向に辿る。ユアという名前は先ほど門前で聞いたところなので覚えていた。ラピアがくれた竜の鱗の主である、竜族の血を引いた者。正直なところマリィはもう驚きやら長旅やらで疲れていて、案内される先が自室だろうとユアの元だろうとどちらでもいいと思った。




