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34 新たな地へ

 マリィと猫の姿となったリーフを背に乗せながら、フレアは苦い思いを味わっていた。何だかすごい行き違いがあったようである。

 楽族の血を濃く引いた者を募った際、その目的は伏せていた。ウィルの妃として迎えるのだと周知されてしまえば要らぬ混乱を招きかねなかったからだ。しかしそのせいで当事者であるマリィには随分辛い思いをさせてしまった。その後のことは自治府に任せていたので、こんな誤解が生じているとはつゆとも思ってみなかったのだ。

 今もその背にマリィの震えを感じる。経緯は一通り説明したものの、まだ信用されていないようだ。やっとここまで漕ぎ着けたというのに、逃げられたりしたらたまらない。どうやらまだしばらくは悩ましい日々が続きそうである。

 一方その頃マリィはというと。

「た、高い……!」

 フレアの背にしがみつきながら、ぶるぶると震えていた。

 地に住む者たちにとって、空を飛ぶなどという経験は滅多にないことだ。もちろん元々飛ぶことのできる鳥族や翼族、あるいは竜族の血を濃く継いだ者ならば多少の飛行はできることもある。しかしそれらの特徴が顕著に現れるのは稀で、飛ぶといっても今のように大空を渡ってゆくような芸当をやってのけるような者は皆無に等しい。特に翼族は元来体が大きく重い種族で、その翼は飛行には不向きだった。マリィを見守ってきたシェリルは翼族の血が入っているが、その翼はとても小さく、もちろん飛ぶことは不可能だ。

 そんなわけでマリィは今、人生で経験したことのない空中飛行に恐れおののいているのである。

 フレアとリーフがそれぞれ烏と猫に変化したことにも青ざめるほどに驚いたが、もうそんなことは思考からすっ飛んでしまった。使者や従者が二つの姿を持つことは知識として知っていたので、現実に目の当たりにしたというショックが落ち着けば受け入れられたというのもある。先程からずっと気遣わしげに身を寄せてくる白猫姿のリーフをぎゅうっと小脇に抱えているし、フレアの烏の羽毛を必死で掴んでいる。

 眼下を過ぎていく景色は、目にしたことのない美しさで。恐怖と感動がない交ぜになって体の震えが止まらない。

 その先に暗い森に抱かれた城塞が見えた頃には、マリィはもうぐったりしていた。

 フレアはいつもの執務室の窓枠ではなく、城門の前にふわりと着地した。そこでマリィとリーフを背から降ろす。

 今日は朝からいろんなことがありすぎて、これ以上驚くことはないだろうと思っていたマリィだったが、目前にした城門にまたも驚かされたーーその巨大さに。

 一体どうやって造られたのか想像もつかない。巨族の血を引く者でもその頂点までは届かないと思われた。門には黒く重そうな観音開きの扉が付けられている。装飾はあまりないが、その大きさだけでも十分に威圧感がある。

 その扉がギィィ……といかにも重そうな音をたてて内側から開かれた。

 いつの間にかフレアとリーフは元の人の姿に戻り、マリィの両脇で膝を付いていた。先程マリィもされた、目上の者に対する礼。自分も倣った方がいいのだろうか、とまごついているうちに、その扉から現れた者に声をかけられた。

「君が、マリィ?」

 視線を正面に戻して、その姿を捉える。背格好も、おそらくは年の頃も同じくらいの、少年。略式の正装を身につけたその少年は、装いのいかつさとは裏腹の柔らかな笑みを向ける。

 マリィはしばらく呆けたようにその笑顔にみとれた。今までに、生きてきたうちに自分にそんな笑顔を向けた人がどれだけいただろう。

 少年はマリィが固まっているので首を傾げて近づいてくる。そしてあ、と何かに気づいたように声をあげた。

 至近距離まで近づき、マリィの胸元から何かを掬い上げるような仕草をするので、マリィはドキッとしてしまう。

「竜の鱗。これ、きっとユアのだね」

「ユア……?」

「竜族の血を引いた人でね、ここでいろんなことを僕に教えてくれてるんだ……って、あれ?」

 嬉しそうに語っていた少年はフレアの咳払いでハッとしたようだ。まだ挨拶も何も済んでいない。少年がマリィから離れて適切な距離をとったところで、改めてフレアが口を開く。

「ウィル、これから我らと共に歩みゆく者、マリィ殿をお連れしました」

 仰々しく紹介され、恐縮した気分でウィルと呼ばれた少年をうかがい見る。少年はあくまでも朗らかに告げた。

「ようこそ、我らの城へ。僕はウィル。当代の『世界を統べる者』だよ」

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