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33 運命のとき

 白い砂が一面を埋めている。遠く見える岩肌は冷たい灰色をしていて、神が巨大な刀で切り落としたとでもいうようにまっすぐ切り立っている。近づいていけば、その麓は海であることがわかる。青みがかった銀色の水がさらさらと静かに波打っている。そこは広大な砂浜だった。

 先刻の騒動が元で、マリィは縛されて引き連れられていた。もう二度と逃げたりしないように。ジルは明らかに気が立っていた。縄がほどけないように結ばれているか、その先をしっかり持っているかなどを執拗に護衛の男に確かめた。そのくせ自分からマリィに近づこうとはしない。まるで禍物を見るように顔をしかめるだけである。マリィはそんなジルの姿をなるべく見ないようにして素直に歩く。その間じゅう、ラピアが言った言葉が頭の中を巡っていた。でも、この状況を自分で何とかする術をマリィは持っていなかった。

 一行は今、灰色の岸壁に向けて歩いている。その岩肌のごつごつした感じが見てとれるほど近づいたとき、その麓に人影を見た。一組の男女と見てとれる二つの影。草木も生えない荒涼とした地に、目的ありげに並んでいる。この一行を待ち構えているのだ。

 いよいよその二人と対峙したとき、ジルが相手に敬意を表す仕草をして、朗々と述べる。

「使者殿の直々のお出迎え恐れ入る。こちらへ所望された者をお連れした」

 ジルは手でマリィを指し示す。その時二人が一度にマリィをまじまじと見た。自分に注目されたマリィは怯えたように身をすくめる。

 それでもマリィは二人から目を離すことができなかった。二人とも外套を纏っているので体格などはわからないが、どちらも市井ではあまり見ないほど優れた容姿をしていた。男の方は銀の中にほのかに紅の混じった髪、切れ長の目。女の方は漆黒の艶やかで長い髪に、何もかも見通してしまいそうな大きな丸い瞳。なんてきれいな人たちなのだろう、とマリィは知らず息をのんだ。

 そんな二人はマリィを見つめるにつれ怪訝な表情を浮かべる。そして男の方がまるで我に返ったというようにジルへ言葉を返す。

「顔を上げて下さい。ジル殿、ご苦労をかけました。重要な責務を果たしていただいたこと、感謝します。……ところで、何故縄を打たれているのですか」

 やはりマリィを手で指して問う。ジルは苦い声で応えた。

「大変言いにくいのですが、この者は脱走を試みたのです。それ故不本意ながらこのような形を」

「まぁ」

 それを聞いて呆れたような声をあげたのは女の方だった。そしておずおずという様子でマリィに近づく。

「では、もう我らがお預かりしますから必要ありませんわね?」

「はっ?あ、えぇ、まぁ……」

 ジルのうろたえたような声を勝手に同意ととったのか、女はマリィの縄をあっという間にほどいてしまった。女はマリィを見てにっこりと微笑む。それをどうとればいいのかわからないマリィはぽかんとしてしまう。

「そ、それでは我らはこれで」

「はい、ご苦労様でした」

 男に暇を告げたジルは護衛の男に目配せしてそそくさともと来た道を戻っていく。もう役目は果たした、あとはどうなってもこちらの責任ではないーーその背中にはそんな言い逃れが透けて見えるようだった。

 マリィは、迷った。逃げるとしたら今しかないのかもしれない。だが何かがそれを押し留めている。足が、体が言うことを聞かない。もう縄は解けているはずなのに。

 ジルたちを見送って、改めて二人はマリィに向き直った。そして次の瞬間、マリィは人生で今までされたことのないことをされたーー二人が同時に、片膝をつき、左手を胸の前に掲げる。目上の者に対する礼だった。マリィはびっくりして振り返った。自分の後ろに誰かいるのだと思ったのだ。しかしそこにはただ荒涼とした海辺が広がるばかり。

 改めて二人の方を向くと、男が口を開いた。

「紹介が遅れました。私はフレア。魔族の元で使者を務めています。こちらはリーフ。同じく従者を務めています」

 使者と従者。話には聞いたことがある。統治者としての魔族を補佐する存在。魔族とともに城に棲み、市井にはほとんど姿を見せない……。

 そんな二人が、なぜこんなところにいるのだろう。そしてなぜマリィに対し、礼の姿勢をとっているのだろう。

 疑問符をいっぱい浮かべているマリィに、そんなことはお構いなしというように話を進める。

「さぁ、では参りましょうか」

「……どこへ行くのですか?」

 硬い声でマリィが訊く。献台でもあるのだろうか、と思ったのだ。痛々しい画しか浮かんでこない。だったらいっそこのきれいな海に流してしまって欲しかった。

 するとフレアと名乗った男が訝しみながら応える。

「どこへ、と言うまでもなく、我らの城ですよ。ウィルもお待ちしています」

 マリィは訳がわからなくなった。これ以上自分を待っている者がいる……?贄である私を?

「私は、今から贄になるのですよね?」

 困惑したまま問うと、二人は驚いた。そして今度はリーフと名乗った女が応える。

「贄だなんてとんでもない。あなたはウィルの妃としてお迎えするのですよ」

「…………………………妃?」

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