28 長い手紙
ーー急がなきゃ。なんとかしないと……。
ラピアは焦っていた。街で聞いた、不穏な噂のせいだった。
忌むべき血を引いた少女がもうじき、贄にされるらしい。
大人たちは何でもないことのように、他の話題と同じ調子でその噂を口にする。それを耳にして、密かに背筋を凍らせるラピアになど気づくこともなく。
忌むべき血、というフレーズに思い当たる少女など一人しかいない。
噂の内容を鑑みるに、それは随分前からの決定事項だったようだ。なんでもその為にあの家に一人で閉じ込められていたということだ。生きることに、希望を抱かないように……。
今までの全てのことが一本の線につながった気がした。再会してすぐ涙を見せたマリィ。執拗に二人が会うのを邪魔する自警団の大人たち。収穫祭前夜、ラピアの話に青ざめた母。
これは、仕方ないと流すべきことなのだろうか。マリィ本人さえそうしているように。
とてもそんなことはできない、とラピアは思った。
なんとかしないと……。
* * *
ラピアが不穏な噂に頭を悩ませている頃、その当事者であるマリィは机に向かっていた。
あの日以来、シェリルは再び沈黙を守り、見た目には以前と変わらない生活を送っている。だが前のようにシェリルとの生活に気詰まりを感じることはなくなった。彼女がマリィのことを家族のように思ってくれていることがわかったからだ。シェリルはマリィの世話役をかって出ることでマリィのことを見守っていてくれたのだ。そうと知っている今は、知らなかった以前とは比べ物にならないくらい心が軽かった。
今マリィは、手紙を書いている。長い長い手紙。宛名はない。
それは最近始めた新しい日課だった。本棚の奥に使われていない便箋綴りが押し込まれているのを見つけたのがきっかけだ。
これから自分にどれくらいの時間が残されているかわからない。ならばせめて、生きた証を残したいと思ったのだ。いつか誰かが知ってくれるように。この家で暮らしたマリィのことを。
「誰かさんへ。」そんな書き出しで始まった手紙は十枚目に差し掛かっている。内容は雑多で、まだ両親と共に暮らしていた頃のことだったり、自分の好きな本のことだったり、その時に浮かんだことをただつらつらと書き綴った。その中にはラピアとの思い出もあった。その辺りは何度も筆が止まり、つっかえながら書いた。その頃のことを思い出すと、どうしても今を寂しく思ってしまう。無理とわかっていても、また会って話したいと思ってしまう。
マリィが机として使っているのは、母が使っていたドレッサーだ。正面には板戸で隠された鏡がある。マリィは観音開きになっているその戸をそっ……と開けてみる。
久しぶりに対峙する、楽族その物だという己の姿。燃えるような緋色の長い巻き毛に、大きな耳。今この境遇がその容姿のせいだと思うと、自分の姿であるのに憎らしく思う。純血が絶えて久しい楽族のことなど何も知らないのに、血だけが残酷なまでにつながりを証明している、その容姿。
マリィは何度目かわからないため息をついた。
* * *
自警団の面々は少し気だるげだった。ここのところは天気はいいものの、冷たい季節の風が空気を冷やしているためか、出歩く人々もいつもより少ない。人混みに紛れて窃盗などの良からぬことを企てる悪党たちもさすがに鳴りを潜めていて、つまりは大変平和であった。もちろん何も起こらないのは良いことなのだが、何か起こらないことにはほとんど仕事がない自警団の団員にとっては、ただのパトロールはひどく心の萎えるものだった。
そんなわけで、彼らは随分と油断していた。そこを意外な者に足元を掬われる。
「物盗りだ!」
どこからか叫ばれた声を聞き咎めたのは、市場近くを巡回していた二人組で、その一人はラキだった。辺りを見回せば、走り去っていく黒いフードを被った者。とっさに二人で後を追う。しかし恐ろしく足が速く、しかも速度を落とさず路地へ駆け込まれ、一人が早々に脱落する。ラキは持ち前の体の大きさを活かしてリーチで詰めていく。とうとうフードの者が逃げ込んだ建物に、ラキはためらうことなく入った。しかしそれは間違いだった。
何者かに背後からぶつかられ、ラキは前のめりに倒れた。固い地面に積もった土埃が舞い上がる。痛みと埃っぽさでむせながら体を起こすと同時に、何者かが入ってきた扉をバタン、と閉めた。
何かの倉庫らしい建物の中は薄暗かった。奥の窓は劣化しているのか、外の光をほとんど取り入れていない。その窓の前に、フード姿の者が三人佇んでいた。あまりにも小さいその影を訝しげに見ていると、真ん中の者が口を開いた。
「手荒なことしてごめんね、でも時間がないの。今回ばかりは何がなんでも、協力してもらうわ……ラキ兄さん」
ラキは目を見開いた。フードを取って姿を見せたのは、従妹のラピアだった。




