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26 守り継ぐ

「浮かない顔だな」

 珍しくフレアの方から声をかけてきた時、リーフは心ここにあらずだった。だからいきなり声をかけられてびっくりしてしまった。振り返ると、顔を曇らせたフレアと目が合う。

「何がそんなに気になるんだ?」

 心配されているのだ、とその段になってようやく気づく。そんなに頼りない様子だったかとリーフは苦笑する。使者は従者の心配などしないものだ。逆もまたしかり。お互いに頭にあるのは魔族の子、ウィルのことだけだ。

 リーフは遠い目をして呟く。

「ウィルがこの手から離れていくのは、なんだか寂しいことだわ」

「そうか?やっと我々の役目に一段落つくというのに」

 眉をひそめるフレアに、リーフはやはり苦い笑みを浮かべる。

「あなたにはわからないかもしれないわ……もし私に子供がいたなら、この手から離れていくとき、同じように感じたのかしら」

 まるで独り言のようにリーフは遠くを見やったまま消えそうな声で呟く。それきり、二人の会話は途切れた。

 使者や従者となる者は、自分の子供をもつことはない。結婚をせずに城に仕え、そのまま生涯を閉じるからだ。

 リーフたちの故郷は城のある山岳の麓を覆う森の中だ。そこには自治府を有するような街は存在しない。それどころか、昼間でも闇の深い森には、普段どの種族も近寄ろうとしない。そのため、そこに住んでいる者たちについて詳しく知る者は、ほとんどいない。だからこそ、そこで生まれるリーフやフレアのような者たちは、他の住民たちから畏れられているのだ。それが魔族の権威を支えている部分もある。リーフたちが何族の系譜を持つのかは定かでない。一説には魔族から分化した者だとか、はたまたそうした種族が存在する前の神の時代の生き残りだとか言われている。しかしどれも確かと言われる根拠はない。なぜならそうした一切に関する文献が残されていないからだ。

 いつから、なぜ魔族に仕えることになったのか。魔族の統治の歴史ともいえる神話にすら語られていないため、誰にも知る術はない。


「……ねぇ、リーフ。これ、ぶかぶかじゃない?」

 翌日。リーフは衣装の仕立て屋とともに、ウィルの戴冠式での衣装合わせをしていた。リーフは上機嫌な様子で姿見の中に映るウィルを見ているが、当の本人は戸惑いを隠せないように、着せられた衣装を引っ張ったりつまんだりしている。

「戴冠式の衣装とはこういうものですよ。袖丈は確かにもうちょっと詰めたほうがいいかもしれませんが、本番は補正もしますから」

「補正??」

「そうですよ。これは魔族の威厳を示すものですからね。堂々と見えるように作るものなんです。あまり気になるなら、当日までに体の線を衣装に沿わせることです」

 にこやかに言われて、ウィルはうっ、と詰まった。

 これでも以前に比べれば、がたいはよくなった方である。整身術でも今ではフレアと互角の型をとることができるようになった。最近は体術だけではなく、剣術の鍛練も始めている。それにつれてウィルの体つきは見違えたし、自信にもなった。しかしこの衣装がさまになるには至っていない。歴代の統治者に比べれば、まだまだウィルは細身だった。

 しかしそんなことよりも、ウィルにはそれ以上に気にかかることがあった。それは、リーフが衣装合わせのために連れてきた仕立て屋の男である。

 ここに来たときから、彼は一言も喋っていない。リーフが指示するままに大きな荷箱から衣装を取り出したり、ウィルの体の採寸をしたりしているのだが、ずっと俯き加減でこちらと目も合わせようとしない。ウィルはそんな男の様子を不気味そうに伺う。

 男は楽族の血を引いているのだと、今のウィルにはわかった。なぜならその特徴の一つがあらわだったからだ。男の髪は、目の覚めるような鮮やかな赤色をしていたのだ。

 楽族の血が市井では忌まれていることもユアから学んだが、魔族の間では別の独自の解釈がある。最初に純血が滅んだ楽族は、とても手先の器用な種族だったらしい。世界の文明をすすめるのに大きく寄与したのは間違いなく、魔族は彼らを尊重していた。今では自治府の管轄する街でも作られている毛織物などの手工業品は、楽族がその製法を開発し、広めたと言われている。実際この仕立て屋のように、手で作るものを扱う一部の職では、今もその血を引く者が重宝されている。忌まれているはずの血の者が、である。

 仕立て屋は結局、最後まで一言も発することなく、戴冠式の前までに直しを終わらせるようリーフから指示を受けて、荷物をしまうと静かに去った。その赤い髪の色が、ウィルの目の奥に長く残った。

 それから数日後、ウィルはいよいよその日を迎える。

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