25 嵐の夕べ
びゅう……と寒そうな音を立てて強い風が吹き荒れる。夕刻の空は全体的に雲に覆われていて、一足先に夜が訪れたような暗さだった。
そんな強風の中を切り裂くように黒く大きな鳥が滑空する。そしてその先の、城のいつもの窓枠にピタリと留まる。その格好はどう見てもアンバランスで、なぜ落ちないのか不思議だ。
窓を開けると一瞬で部屋の中の書類や文具が飛ばされる。それくらい今吹き荒れる風の威力は強い。この時期に特有の、季節を進める風だ。
「おかえりなさい……あらあら」
一拍遅れて入ってきたリーフは、その部屋の惨状を見て呆れたような顔をした。いつものように外套を脱いだフレアは憮然とした。
「思ったより遅くなってしまった。こんなに荒れる前には帰れると踏んでたんだが」
散らかってしまった書類をフレアと共に拾い集めながら、リーフはため息のように呟く。
「まぁでも、これで準備はほぼ整ったわね」
「……そうだな」
それきり黙ったリーフは何を思っているのか、少し寂しげな顔をした。
「戴冠式?」
その日の夕食時、ウィルはフレアが言ったことを不思議そうにおうむ返しにした。曰く、ウィルが正式な世界の統治者となることを周知するため、戴冠式を執り行う、と。
これまでの慣例では、戴冠式は前の統治者がたおれた次の月に行われていた。魔族の中でこの継承は世襲とは限らず、純血の者で条件を満たした者が主に年齢順にその位に就いた。基本的に一度就任した者はたおれるまで退位しないので、全ての者が統治者の位に就くわけではないが。しかしどの時代にも候補者は複数いて、今ほどその位が空席だったためしはない。だからフレアもリーフも、ウィルを早く一人前に育て上げなければならなかった。一日も早く、次の統治者とするために。
そして今、その準備はほぼ滞りなく済んだといえた。それで戴冠式という運びになったのだ。
「式はウィルのお披露目といってもいいでしょう。これから世界を統べるのはあなたであることを知らしめるためのものです」
「えっと、それは、たくさんの人の前に出るってこと?」
ウィルは顔をこわばらせ、ぎこちなく問う。
「たくさんといっても、各自治府の重役だけですから、大したことはありません。城内の大広間に収まる程度です」
当然のように述べられることにウィルは頭がくらくらしてきた。
ずいぶん慣れたとはいえ、ウィルはやはり人前に出るのが苦手だった。なんとかそれを顔に出さないように鍛練してきたが、内心はいつも緊張で竦み上がっている。特に初対面の者と対峙するときは心臓が飛び出そうなのを無理やり押し込めているような感じだ。それが大勢となると、どう対処したらいいのかわからない。
冷や汗をかきながら目を泳がせているウィルを、フレアはやれやれと言わんばかりに見やる。大方どうやってか言い訳をして式に出なくてもいい方策を練っているのだろう。ウィルの考えていることなどフレアはお見通しだった。
「ウィル、こればかりは無しに、というわけにはいきませんよ。魔族の威厳を示さねばなりません。この世の秩序安寧を整えるのが統治者の役目です。逃げ隠れているような者には誰も付いてきませんよ」
「うぅ、わかってるよ。でも不安なのは仕方ないだろう」
フレアの説教にウィルは拗ねたようにふくれる。
そんなことは今さら言われなくてもわかっている。ウィルはこれまでずっと、統治者としての心得や振る舞いをフレアやリーフから教えられてきたのだ。最近はユアと共にいろんな場所に赴きながら、さらに多くのことを学んできた。全ては、この時を迎えるため。
表情を緩めて、諭すようにフレアは言う。
「大丈夫ですよ、今のウィルなら。我々もそう判断したから戴冠式を決定したのです。だから胸を張って、堂々としていてください」
「……うん。がんばる」
気を引きしめるウィルの姿を見て、フレアは安心したように柔らかく笑った。それらの様子を黙って見守っていたリーフは、やはり少し寂しそうだった。




