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23 ちぎれる

 その日、魔族に仕える使者から各自治府に向けて一斉に親書が飛ばされた。曰く、楽族の血をより濃く引いた少女を捜すように、と。その目的はまだ明かされなかった。

 純血の楽族が途絶えて久しい今、条件に合う者はそう簡単には見つからなかったようだ。唯一手をあげたのが、マリィの暮らす自治府だった。当時、自治府で住民の情報を管理していた男がジルだった。条件に合う者がいる旨を返答すると、直接使者が訪ねてくるということだった。

 滅多にない使者の来訪という知らせを受けて、大事らしいということは自治府内でもささやかれた。しかしそれが何の為のものなのかは誰にも想像すらできなかった。何せそんな触れが出たのは今回が初めてなのだ。

 ジルは使者フレアと対面した。そこで初めてその趣旨を明かされる。

「生身献上、ですか」

 年若のジルはその不穏な響きに眉根を寄せた。しかし目前のフレアは落ち着き払った態度で説明を続ける。

「そうです。これは世界の統治者たる魔族の存亡に関わる重大事です。候補の者がいるのであれば、是が非でもご協力願いたい」

「はぁ、まぁ、それは構いませんが」

 納得したとまでは言えないもののそう応えると、フレアはあからさまにほっとした表情になった。

 それから間もなく、自治府内はにわかに慌ただしくなった。フレアが出してきた条件がかなり細かなものだったからだ。

 生身献上の件は周知されないこと。

 当人はこれから献上の日まで他人との接触を避けること。

 身辺の世話役をつけること。……

 それらの準備は迅速に行われた。もちろん、マリィたちには知らされないまま、水面下で、ひっそりと……。

 ジルがマリィたちの暮らす小さな家を訪ねてきた時、だからシオンもイリアも怪訝な顔でその珍しい客人を迎えた。

 ジルから一通りの説明を受けた頃には、シオンとイリアは顔色をなくしていた。内容が突飛すぎてうまく呑み込めない。なにも言えずに黙っているのを了承ととって話を終わらせようとするジルに、なんとか食い下がる。

「待ってください。結局、それはどういうことですか?私たちの娘は、マリィは、これからどうなるのでしょう」

 早口に問うシオンの言葉に、ジルは面倒くさそうに応える。

「だから、今説明した通り、これからは自治府が委託する身辺係をつけることになる。来るべき日まで」

「私たちとは、引き離す、と……?」

「そういうことになるな」

「それで、その日が来たら、娘は……」

 まだ何か言おうとしているシオンをジルが手振りで遮る。

「ごちゃごちゃ言ったところで、これは決定事項だ。私は伝達に来ただけだ」

 席を立ち、きびすを返すジルに、シオンはなおも言い募る。

「私たちは納得できません。だいたいこんなこと、いつの間に決まったんですか。それをただ伝達に来て、はいそうですかと納得する親がどこの世界にいるんです」

 それでもジルは振り返らなかった。まるでそうすることをはじめから決めていたかのように、頑なに。

「とにかく、伝達はした。私の役目はここまでだ。あとの事をどうするかは君たち次第だね。まぁ抵抗したところで決定は覆らんがな」

 バタン、と玄関のドアが閉まる。その音を合図にしたように、イリアがその場に崩れた。

「シオン、マリィは、私たちのマリィはどうなるの」

 震える声はかすかにしか出なかった。息を吸うだけで泣いてしまいそうなほど胸が苦しい。喉が詰まって、身動きもとれない。

 ジルの説明がまどろっこしかったわけではない。言葉の意味がわからないほど難解だったわけでもない。ただそれを理解することを頭が、心が拒否している。

「どうして……どうして私たちの娘ばかりこんな目に遭うの?」

 呑み込んだ先に湧いてくるのは憤りだった。マリィが何か悪いことをしたというのか。イリアやシオンが、こんな目に遭っても仕方ないような重大な過ちを犯したとでもいうのか。

 いたたまれないというように、シオンは妻の震える体をかき抱く。自分自身も怒りで気が狂いそうなのを、目の前の愛する者のために歯を喰いしばって耐える。

「そんなことはさせない……させてなるものか」

 今や身も世もなく嗚咽するイリアに、その呟きが聞こえたかは定かでない。だがシオンは心を決めていた。だからその言葉はイリアに向けたものではなく、己を鼓舞するためのものだった。

「自治府に直談判してでもやめさせる。こんなふざけた事は。……大丈夫。きっと何とかなる」

 その声は力んでいるからか、ひどく震えて心許なかった。

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