22 未来
これは、遠い遠い国のお話。
あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
二人には娘がいましたが、遠いお家にお嫁に行ってしまったので、今は二人だけで、小さな家で静かに暮らしています。
そんなある日、二人の家を訪ねてきた者がいました。……
イリアがマリィに読み聞かせているのは、古い童話だった。マリィはイリアに似たのか好奇心が強く、一つの物語を読み終えるとすぐに次の新しいものを聞きたがった。はじめは安く譲り受けた絵本などを読んでいたのだが、それでは追いつかなくなり、イリアが持っていた昔の本を読んで聞かせるようになった。
うつらうつらと眠りに落ちそうな娘を見て、イリアは栞を挟んで本を閉じた。名残惜しそうにこちらを見上げてくるマリィに「続きはまた明日ね」と言い聞かせて手元のランプを消す。するとぐずるでもなく、スイッチが切れたようにパタリと眠ってしまう。だいぶ限界だったようだ。そんな娘の様子にイリアは苦笑する。そして自身も本をランプの脇へ置いてベッドに入る。
マリィは今年で四歳になる。四歳にもなると、大抵の子供たちは自治府の運営する子供教室(寺子屋のような小さな学校)に顔を出すのだが、マリィは行っていない。街の者が「北」や「裏」と呼んで蔑んでいるこの辺りは、子供を一人で歩かせるには危険すぎること。そして何より、マリィの目立つ容姿を気にして躊躇しているのだ。
いつかは外へ出さなければいけないと、頭ではわかっている。今はシオンが働いたお金でなんとか生活しているが、本当はイリアも働いて家計の足しにしたい。そのためにもマリィを子供教室へ連れて行きたいが、まだその踏ん切りがつかない。
イリアはシオンと話し合うことにした。仕事帰りのシオンは、話を聞くと意外とあっさり応えた。
「そうだな。マリィのためにも子供教室にやった方がいい」
「え……でも」
「心配ばかりしていても始まらないよ。しばらくは僕らで送り迎えして様子をみよう。そのうち友達ができたりするかもしれないし」
そう語るシオンの表情は穏やかだ。しかしイリアには、そんな風に楽観視することは出来なかった。考えが悪い方にばかり傾く。うつむいて思案顔のイリアに、しかしシオンは静かに語りかける。
「なぁ、イリア。僕はマリィには、普通に社会を知って、普通に生きてほしいと思うんだ。もちろん見た目っていうハンディはあるけれど、それでもできるだけ他の子供たちと同じことを経験させてやりたい。それを今阻んでいるのは単純に、僕らの都合ではないかい?」
はっとして顔をあげたイリアは、シオンの存外真剣な顔を見た。まるでただ自分がわがままを言っているように思えて泣きそうになる。そんなイリアをいたわるようにシオンは表情を緩めた。
「大丈夫、なんとかなるよ。これまでもそうだったんだから、これからも」
強くならなければ、とイリアは思った。これまでもずっとシオンの言葉に励まされてきた。もうこれはマリィの問題ではなく、自分の心の問題だった。涙をこらえてイリアはうなずいた。
こうしてマリィは子供教室へ通うことになった。そこでマリィはラピアと出会う。はじめのうちはつまはじかれていたマリィも、ラピアのおかげで少しずつ他の子達と馴染んでいった。それを何より喜ばしく思ったのは他でもなくシオンとイリアだった。彼らはようやく娘をもった喜びを享受していた。これからの明るい未来を思い描くことができた。
しかし穏やかな日々はある日突然途絶えることになる。マリィにとってひどく過酷な、運命の日がやって来る。




