19 見えない者
収穫祭以降、ラピアは家を訪れなくなった。それはマリィにとって想像以上に辛いことだった。いつの間にか、それが日常の一部になっていた。ずっと一人だったマリィには、ラピアとただおしゃべりするひとときが何よりも貴重だった。その日常を失うことで、ラピアが訪ねてくる前よりも強く寂しさを感じた。
マリィは窓から外を眺める。そこに広がっているのは、うらぶれた街並み。建物同士の間隔が狭く、人が住んでいるのかも定かでないそれらは灰色に煤けて今にも崩れそうな風情だ。
「私、何で生きてるんだろ……」
口に出して言うと涙がこぼれた。最近ずっとこんな調子だ。情緒不安定ですぐに泣いてしまう。
本を読む気にもなれず、マリィは体を投げ出すようにベッドに横たわった。
あの日、収穫祭の夜に聞いてしまった話が頭の中をぐるぐる駆け巡っている。それはマリィがこの家に閉じ込められている理由そのものだった。
* * *
「あの娘は『見えない者』でなければならん。もちろん贄なのだから献上されるまで死なせてはならんが、その存在がどこかで露になるのもまた問題だ」
自治府の高官の男、ジルは居丈高に告げる。シェリルはもう何度も聞いたことなのか、相づちさえ打たずにただ黙っている。ジルは小さく舌打ちする。
「お前に与えられた責務はそれほどに重要なのだ。それなりの報酬も払っている。怠慢は許されんのだぞ」
しかしその言に叱責の色を認めると、シェリルは憮然と返す。
「私は職務を怠慢などしておりません」
ジルは痺れを切らしたように険しい声でまくしたてる。
「ではなぜ最近この辺りを小娘がうろついているのだ?彼の娘と同年ぐらいだ。よしんば接触でもしていたらどうしてくれるのだ」
耳をそばだてていたマリィは息が止まりそうだった。ラピアの存在が知られている。それだけではない。ジルの言葉は剣呑なものを含んでいて落ち着かない。ラピアがこっそりここを訪ねていたことが知れたら、一体どうなってしまうのだろう。
シェリルはしかし、ただ静かに応えた。
「そのような者は存じ上げません。この家までは来ていないのでは?」
「もちろんそんなことがあっては困るから言っているのだ。もっと周りにも目を配れということだ」
そのあんまりな言い様についにシェリルは切れたようだ。
「お言葉ですが、私一人には身に余ります。周辺の監視が必要なら人手を下され」
「おのれ!誰に向かって口をきいてるつもりだ」
ジルは激昂したがシェリルも退かなかった。
「この老体でできることには限りがございます。お聞き入れ頂けないのなら、私はお暇を願い入れます」
そこまで言われてさすがにジルも怯んだようだ。現実、ここでシェリルに辞められてしまうと穴埋めはかなり難しい。楽族に関わる仕事など誰もやりたがらないからだ。シェリルは稀有な人材なのだ。
ため息混じりにジルは投げやりに言う。
「わかった。周辺の監視はこちらで何とかする。……まったく、厄介な預かりものだよ。早いところ贄として献上されてしまってもらいたいものだ」
ドアを隔てたマリィの胸がずきん、と痛んだ。耳をふさいでしまいたかったが、できなかった。
「ここまでのことをしているのだ。楽族の血をより濃く継いだ者の生身献上……見届けぬわけにはいくまいな」




