1 創世神話
原初、世界に光あり。
光を導きし者現れ、闇混じりて色を為す。
色の中より生まれし者あり、大地を成して住まわんとす。
雨降りて海となり、大陸と島々を孤立させんとす。
生まれし者、それぞれに住み分けり。
海に生きる者、分けて魚族、鰭族と称す。
陸に生きる者、分けて巨族、小族と称す。
空に生きる者、分けて鳥族、翼族と称す。
陸、海、空すべてを渡り生くる者あり、竜族と称す。
すべての者たちを導かんとする者あり、魔族と称す。
ここに秩序が生まれ、世界の始祖とならん。
世界の果て、という言葉をそのまま絵にしたかのような、黒々とした森に覆われた険しい山脈。その頂近くに厳めしい外観の城塞がある。周囲は堅牢な石壁が取り囲んでおり、外から確認できるのはいくつかの尖塔のみだ。しかしその壁が囲っている敷地は広大で、城は麓の街からでもその姿をかすかに確認できた。さぞ多くの使用人を雇っているのだろう、と皆が想像するのだが、それは誤りである。実際の城の中はがらんとしていて、重苦しいほどの静寂が支配している。
それもそのはず。この豪奢な城の住人は、今やたったの三人なのだから。
「フレア、ねぇ、いる?」
まだ幼さの残る少年の声が、広く静かな回廊に響く。朝の柔らかい光が明かりとりの高窓から差し込んでいる。外は晴れているようだ。
すぐそばのドアが開いて、中から女が出てきた。長い黒髪を緩くまとめ、ゆったりしたドレープの白いワンピースを纏っている。少年は女の方へとことこと駆け寄る。
「ねぇ、リーフ。フレア知らない?」
「フレアは昨晩から出ていますよ。市井の様子を見に行ったのでしょう」
「そう……」
リーフと呼ばれた女の返答に、少年はつまらなそうに俯く。
「どうかなさったのですか」
「えっ?いや、ううん、何でもないんだ」
リーフの問いに、少年は顔を赤らめて大げさに手を振る。それでもリーフがもの問いたげな様子なので、少年は話をそらすことにする。
「それより僕お腹すいちゃった」
やはり少し大げさな身振りで言うと、リーフがクスリと笑った。
「では少し早いけど朝食にしましょうか。すぐ準備しますから、食堂へおりていてください」
「うん」
踵を返して元気に走り出す少年の背中に向けて、リーフが付け足すように言う。
「そのうち、フレアも帰ってきますよ」
「……うん」
一瞬足を止めて振り返らずに返事をする。その頬は紅潮していた。
再び走っていく少年の後ろ姿をリーフは回廊の先を曲がるまで見送った。慈愛に満ちた目で、一心に見つめる。
「御意のままに。我らの最後の子」
呟く声はどこにも響くことなく、その空間に吸い込まれて消えた。
少年の名はウィル。これからの世界の命運を握る、最後の純血魔族である。