18 呪われた種族
ウィルが覚醒したわーーその報告をリーフから受けたのは、自室のベッドの上だった。
フレアが使者として城へやって来たのは、先代の統治者だったウィルの父がその位を継ぐ少し前のことだ。ウィルはまだ生まれておらず、従者として仕えていたのはリーフの先代、老齢のアイラだった。
当時の統治者がたおれた後、ウィルの父は妃を迎えた。純血の魔族同士が婚姻するのはこれが最後となる。
二人の間にはなかなか子供ができなかった。だから妃が懐妊し、無事にウィルが生まれたことを当時フレアは我が事のように喜んだ。しかし当の父は憂い顔だった。
「難儀なものだな」
呟くように彼は言う。フレアはその声音に冷や水を浴びせられたような気分になり、思わず問う。
「と、言いますと?」
「この子が覚醒すれば私は死ぬ。おそらくそれはそう遠くない未来に訪れる。そうなればもうこの世に純血の魔族はこの子しか存在しなくなる」
魔族の覚醒については、フレアにも知識があった。使者となる前に頭に叩き込まれる事柄の一つだ。しかし実際にこうして当事者から話を聞くと、その衝撃の度合いは桁違いだった。周りの者からすればただの世の理に過ぎない。しかしそれを宿命として受け入れて生きるというのは想像を絶するものがある。彼はさらに言葉を継ぐ。
「我々は呪われた種族だ。世界を統べる代わりに、こうして滅びゆく運命を抱えている。もしこの世を神が造ったというのなら、問いただしたい。なぜこのような運命を背負わせたのか。一体神は世界をどのような形にしたかったのか……今さら詮ないことだが」
フレアには返す言葉がなかった。
アイラがたおれたのはウィルが生まれて間もない頃だった。まるでその生誕を見届けたとでもいうように、この城で息を引き取った。それからすぐに城に遣わされたのがリーフだ。ウィルはリーフによくなついた。フレアのことははじめ少し怖がっていたようだったが、次第に打ち解けていった。
ウィルはいろんな面で周りから心配される子供だった。その一つがウィルの優しさだった。
元々ウィルは人見知りで引っ込み思案だったが、一度心を開いた者には優しく接する子だった。男の子ならもっとやんちゃで腕白なところがあってもいいのに、ウィルはそうしたところがあまりない。好奇心は旺盛だが、それは本を読むなどの知識欲の方面が強い。それは魔族の子にはあまり表れない特徴だった。つまり、優しすぎるのだ。このままではもしかしたら覚醒もしないのではないか。そんな不安がウィルの周りを取り巻いていた。
そして、運命の日がやって来る。
(泣き声……?ウィル?)
その日、フレアは城の回廊で声を聞いた。ウィルが身も世もないように泣いている。ちょうど街の視察から戻った時だった。フレアは声のする方へ急いだ。
回廊をたどった先、城の広大なエントランスで、フレアは奇妙な光景を目撃した。ウィルが、泣きながら父と対峙している。といってもウィルは腰が砕けたように座り込み、自身の嗚咽と戦っている。
「どうしたウィル。さぁ、立ち向かってこい」
「……できません」
フレアは戦慄した。ウィルの前には重厚な鋼の剣が置かれている。フレアでも扱えるかどうかあやしいほど立派なものだ。そしてそれと同じものを、ウィルの父が正面に構えている。これは、一体どういう状況だろう。
泣きながら、ウィルは目の前に放り出された剣を持ち上げようとする。しかしまだ幼い上に剣術など触れたこともないウィルにはまったく歯が立たない。
(まさか、あれで立ち向かえと?)
無理だ、とフレアは思った。今までずっとその成長を見守ってきたのだ。ウィルにできることとできないことの判断など容易につく。
だが父は痺れを切らしたというように剣を構え直す。
「腑抜けが。それでも魔族の子か。ならばこちらから行くぞ」
父は間合いを詰めて剣を振り上げる。
もう何も考えられなかった。フレアは二人の間に飛び込むように駆けた。
「ウィル!!」
そして何もわからなくなった。
次に気がついたのは、自室のベッドの上だった。なぜこんなところにいるのか、はじめは頭の芯が痺れたようにぼうっとしてわからなかった。しかし正気づくにつれ、先の状況が思い出されて青くなった。
がばっ、と起き上がろうとしたのを優しく押し戻された。リーフだ。
「もうちょっと寝てた方がいいわ」
「だが……」
言い返そうとするのを、リーフは首をふって留めた。そしてため息のようにささやく。
「ウィルが覚醒したわ」
フレアは目を見開いた。では、あの後、そのままーー。
「私は落ち着くまでウィルのそばにいるから。あなたも少し休んで、落ち着いたら殯の準備を」
「……わかった」
* * *
ギィ……と嫌な音を立てて扉を開く。夢で見たのと同じ光景が広がっていた。かがり火を焚いているので、夢の時より鮮明にその姿が見える。
二つの長くて大きな箱。中には遺体が納まっている。話を聞いた今なら、それが誰かわかる。
「……」
ウィルはただ黙ってそれらを見つめた。言葉が出なかった。
ずっと疑問だった。なぜ自分には親がいないのか。それが自分のせいだとは思ってもみなかった。ウィル自身には覚醒時の記憶はない。今よりもずっと幼い頃のことなのだ。後ろからフレアが声をかける。
「ウィルの父上はあの時、多少無理をしてでもウィルを覚醒させようとしていたようです。私がそれを知ったのは後のことですが」
ウィルの父はフレアに手紙を残していた。それはいわば遺言とも言えるものだった。なぜそこまでのことをしたのか。それは、彼が病を得ていたからだ。このままウィルが自然に覚醒するのを待っていては、先に自分の命が尽きてしまうかもしれない。それを一番危惧していた。
フレアは一枚の紙をウィルに差し出した。それはフレアに残された手紙だった。
ーーこれからは、誰も経験していない時代が訪れる。出来る限りの布石は打ってきたつもりだ。後のことはよろしく頼む。
ウィルの頬を涙が伝い、その手紙の上に滴り落ちた。




