17 理由
リーフは後悔していた。ウィルの無邪気な好奇心を微笑ましく思っていた。だから城の探索も、本を読むことも今まで特に留めようとは思わなかった。まさかウィルが見つけてはならないあの部屋に行き着いてしまうとは思ってもみなかった。何せ城は無限と思えるほど広いのだ。
だからフレアがウィルを連れて戻ってきたとき、リーフは思わず駆け寄ってその細身の体を抱き締めた。半分体当たりのように抱きつかれた格好になり、ウィルは後ろに二、三歩よろける。
「リーフ?」
戸惑いの声をあげてリーフの様子を覗きこむと、ウィルはぎょっとした。いつも飄々としているリーフが、泣いている。
「ウィル、ごめんなさい。私がもっとちゃんとしているべきでした。そうすればこんなことには……ごめんなさい」
その尋常でない様子に、自分がとんでもないことをしでかしたのだということは理解した。しかしそれが一体何なのかまではよくわかっていない。ウィルとしてはいつもの探索の延長上のことであり、こんな大事になるとは思っていなかったのだ。
三人は連れだって城の奥に進んだ。ちなみにユアはリーフが速駆けさせてしまったので、今は自室で休んでいる。
尖塔の一つのちょうど根元にあたる場所に位置するその部屋に入るのは、ウィルは初めてだった。いつもはしっかりと施錠されていることと、フレアが執務に使っている部屋からすぐのところということから、探索でも入り込むことはなかった。
黒々とした重そうな扉をフレアが開く。そこは古い書斎のようだった。天井の高いその部屋の壁には大きな縦長の窓が設えられており、中は明るかった。しかしそれ以上にウィルの目を引いたのは、今までに見たことのない量の本だった。窓以外の壁がほぼ全て書棚になっている。それらはしかし、ここしばらくは誰にも手をつけられていなかったようで、例外なく埃を被っている。
フレアが窓を開けると、新鮮な空気が外からの風に運ばれてきた。
「ウィル、こちらへ」
フレアはウィルを窓際の丸テーブルに誘う。後から付いてきたリーフもそれに続き、三人はそれぞれ椅子に座る。
そしてフレアはおもむろに話しはじめた。
「これからする話は、ウィルには辛いものかもしれません。まずは本題に入る前に、我々のことからお話しいたします。
我々、使者と従者は代々、魔族にお仕えする者です。一番重要な我々の役目は、ウィルのように次に世界を統べる者を子供の頃から養育することです。今は昔とは状況が違うのでよくわからないかもしれませんが、元々魔族はとても大きな種族でした。世界を統べる者となるのは純血の魔族だけなのですが、その条件を満たす者も大勢いました。そうした者はこの城に住み、その間にもう一つの条件を満たした者がその役を継ぐことになります。これは多くの場合、世襲ではありません。後程説明しますが、それは役が滞りなく受け継がれるためにはとても重要なことなのです。そうして次の世の担い手が決まった時点から、我々はその子どもの養育をすることとなります。
では、それはいつ決まるのか。それはその魔族の子が『覚醒』した時です」
「カクセイ……?」
ウィルがおうむ返しに問うと、フレアは一瞬息を詰めたように見えた。そして一度居住まいを整え、再び話し始めようとした、その時。
「止めてフレア。やっぱりダメよ」
リーフが口を挟んで引き留める。
「こんなのはいきなりすぎるわ。それを知るには、ウィルは優しすぎる。ひどく傷つくに違いない。せめてもっと時間を置きましょう」
また泣き出しそうな顔で言い募るリーフを留めたのは、ウィルだった。
「大丈夫だよリーフ。これは僕が言い出したことだ」
「でも……」
「どのみちいつかは知ることになるんでしょ?だったら僕は今知りたいよ」
そう言ってウィルはフレアに向き直る。フレアはフレアで、一度大きく息を吸って気持ちを整える。話をするフレア自身にとってもそれは語りにくいことだった。しかし覚悟を決めて、口を開く。
「覚醒とは魔族の成長過程の一つです。世を継ぐ者は等しく子供の時に経験することです。もちろんウィルも例外ではありません」
「僕も?」
「はい。覚えてはおられないでしょうが。そしてその時から先、その魔族の子は我々がお世話をいたします。なぜなら」
フレアはウィルの目をまっすぐに見つめた。その表情は悲しみだか苦痛だかでひどく歪んでいた。そしてそのままフレアは静かに言った。
「覚醒した魔族の子は、己の親を殺すからです」




