紙飛行機
道端に黒い猫が居た。正確には、喋る猫が…
高校三年の12月、僕は帰宅途中の路地を歩いている。世間はクリスマス一色で、けれども僕の心はクリスマスに染まることがない。まるでこの曇天のようだ。一週間ぶりに学校に行くと周りは僕のことを腫れ物に触るように扱った。元々気のおけない友人もいなかった僕は当たり前のように独りで黙々と授業を受けてテストを返され受験の話を何度も聞かされた。
「……………。」ふと思い付いて、返却されたテストを鞄の中にあるファイルから取りだし紙飛行機を折る。中々の出来栄えだ。それを空に向けて放り投げてみる。
「………」紙飛行機は空中に漂うことなく落ちていった。地元の古びた商店街なので人はほとんどいないがさすがに恥ずかしくなり拾いに行こうと一歩踏み出したとき
「へったくそだねぇ。」僕は驚いて辺りを見渡すが人影はない。空耳かなと思っていると
「昔母さんが紙飛行機の折り方を教えてやっただろうに。」
言いながら一匹の黒猫が僕の目の前に現れた。
「……どうして…」僕は猫が喋ったことより、目の前の猫の声が母さんのそれであることへの驚きの方が大きかった。だって…母さんは一ヶ月前に事故で死んでるんだから。
「どうしてだろうねぇ。」
猫が呑気に言う。この猫は本当に母なのだろうか?僕の生み出した幻覚なんじゃないだろうか?
「たぶん、あんたと話したかったんだろうねぇ。あたしとあんたと、二人っきりの家族だったからさ。」
そう言って黒猫が恥ずかしそうに毛繕いをする。
「「………。」」気まずい空気が流れる。
「「ごめん」」
一人と一匹の突然の謝罪が重なる。お互い鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くしている。端から見れば僕はとても変な人だったであろう。けどそんなことどうでもよかった。
「なんで…母さんが謝るの。」
「いや…母親らしいことを何一つしてやれなかったから、さ…。」
「……十分、母親だった、と思う…。」
嘘では無かった。母が、かすかに笑ったように見えた。それから尋ねてくる。
「あんたは?」
「えっ?僕は………親孝行、出来なかったから。」
「そうかい。」
今度は嘘をついた。本当は、母さんを裏切ることへの罪悪感から来ていた。母さんは僕に四年制大学への進学を希望していた。けれど僕は専門学校に出願している。小説家になりたいのだ。先生には反対されてるけど。
「……………思い出した。」
「え?」
「あたしが、あんたに…自分の息子に最後に云いたかったことだよ。」
『最後』という言葉が胸に刺さり息が詰まる。聞かなければという思いだけでそれに耐える。
「………何?」
ちゃんと聞けたか自信はなかった。声が掠れた気もするし、裏返った気もする。もしかしたら、声を出してすらいなかったかもしれない。けれど、母さんからの返事はしっかり胸に届いた。
「あんたが息子で良かったよ。……あんたの母親で、幸せだったよ。」
それだけ言うと踵を返して歩きだした。歩く姿がぼやけ始める。目が、ちゃんと見ることを許してくれない。僕は出ない声を絞り出す。
「……ありがとう…!」
それが聞こえたかどうかはわからないが遠くの方からニャーと鳴く猫の声が聞こえた気がした。
四ヶ月後、僕は快晴の空の下、大学の入学式へと向かっている。結局専門学校ではなく地元の四年制大学へ進学することになった。しかし小説家の夢も諦めていない。聞くところによれば、僕の進学した大学には凄い作家さんがいるらしい。その人と話したいなと思ったのもその大学を選んだ理由の一つである。半年前には想像してなかった生活だと思いながらもそんなものだなと思う。人生なんて生き方次第でどうとでもなる。折り方次第で飛び方が変わる紙飛行機のように。
さぁ新しい生活に一歩飛び出してみよう。




