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唐玉歌仙

序 唐玉歌仙


「歌仙、歌仙、王どもが、人の子らが攻め入って参ります」


狼狽を押し隠し、鎧すがたの男はそう報告した。うやうやしく片膝をつき、頭を垂れて、彼の主上へと。

彼の主人は、それでも片まゆひとつ動かさない。

流麗な黒髪に物憂げな表情。見るものを凍らせる宝玉の瞳に朱の唇。

麗しき唐玉歌仙は、うなずきもしない。

「いかがに?」

対応を求める鎧すがたの武者、玄武臣丞を見ることもない。陶磁のような細指をもてあそぶのみ。

それから、ふと、口唇をふるわせた。

珠玉の音律、軽やかな旋律。

歌、である。

唐玉歌仙は歌いはじめた。

元来、歌とは音の集合と拡散である。

音とは?

原子の振動である。

歌詞は意味を持たない。歌詞とは本来的に言えば呪詛であり、まじないである。

歌仙の歌は詩を必要としない。

大地が揺れ動く。


「け、化鳥を呼ばれるおつもりか、」

玄武臣丞がおののいた。

人が暦も持たぬ時代。

四海を治める八人の王が乱を起こした。


黄鋼王

赤華王

海雀王

鳳扇王

百蘭王

薬香鞍王

阿闍世王

陀婆王


起兵の時期はそれぞれだが、総じてこれを八王の乱という。

西山を治める七伽羅王のみが沈黙を守り、乱は国を覆い尽くした。

目的は泰山の神、唐玉歌仙。

歌仙敗れて人となり、佳人となる。

神、人と袂を分かち、歴史は人の手に帰すこととなる。







深紅のペルマが人造翼を可変させ、風を切りながら滑空してゆく。

ペルマ、愛称だ。

意味は渡り鳥、燕である。

火星空軍の主力戦闘機であり、旋回性と運動性に優れ、火力は低いが愛称の通り、航続距離は同世代型のケインズ(蜂鳥)やナグロン(足長鳥)の比ではない。

「ありゃあ、俺のもんだ」

元火星空軍小佐、春彦・赤槻は毒づいた。

背は高く眼光は鋭いが、髪はボサボサで、だらしなく無精ひげを生やしている。片手には空のウィスキー瓶。

一週間前に除隊勧告を受けてからずっとこの調子である。

上官から除隊勧告を受けた時、はじめ絶句して、ついで理由をたずねた。

胸元の勲章を誇ることはあっても、ペルマを降ろされる理由は身に覚えがない。

しかし上官は沈黙したまま返答することはなく、勧告を繰り返すのみだった。

軍籍を失った春彦は以来、酒に溺れている。

「兄さん、」

背後からそう呼ばれて春彦が振り返る。

声の主は黒髪の少年だった。

「なんだ、シュウか、」

酒で定まらぬ焦点がやっと少年を認識する。少年は春彦の弟、秋だった。

「帰ろう。母さんが心配している」

「馬鹿言うな、稼ぎもない穀潰しを心配する奴なんているか」

「体を壊すよ」

「関係ねえよ。どうせもう飛べねえんだ。地球難民くずれが、軍機のパイロットしちゃまずいんだとよ。クソ上官め、はっきり言えばいいだろうが、」

春彦が吐き捨てた。

失態もなくペルマを降ろされた理由はひとつしか思い浮かばない。

彼の出自が地球難民にあることだ。

地球難民。

説明するためには、火星史を紐解かねばならない。

火星移民計画が始動したのは西暦2011年。

いわゆる火星テラフォーミング計画のスタートである。

遺伝子改良種子、『濃密なグリーングリーン』が火星大気圏上空から散布されたのが2035年。乾燥に強い耐性を施されたグリーングリーンは希薄な大気のなかで繁殖を続け、酸素を吐き出し続ける。

最初のグリーングリーンの発芽が観測された2038年が火星暦の元年である。

そののち極環の完全氷土の解凍や、人工太陽建設など、計画はさまざまな段階を踏み、第一次移民船団が火星に到着したのは火星歴88年、西暦2126年の事である。

地球の環境汚染や人口爆発などの余波を受け、火星移民は右肩上がりにその数を増やした。

火星歴103年に第三次移民船団の主席を勤めたブレンダ・アボットを議長として火星移民議会が開かれ、これが火星行政府の前身となる。


『火星資源平等管理条約』

『地火特殊地位協定』

『火星移民法の改正』


行政府は次々に地球との不平等条約を締結してゆく。

火星資源の無関税化と偏った交換基準レートの設定。

地球の出向機関の優遇措置。

移民の二重課税などなど。

まるで火星は地球の植民地であるかのように扱われた。なにより移民たちを失望させたのは、行政府の弱腰外交である。

地球の要求を鵜呑みにし、権利を主張することすらできない。行政府は地球の火星開発局の出先機関であるとは、行政府に対するこの時代の痛烈な批判である。

地球の抑圧を土壌にして火星移民第二世代、いわゆる火星生まれの世代が主権を握ると、いよいよ独立と解放の運動が熱を帯びてくる。

解放運動家アルフレッド・ダイアジノンが火星出身で初めて行政府主席に就任したことにより、独立自治の気運は絶頂に達する。

火星資源輸出の規制、地球資本企業へのハンガーストライキ。

「地球は母なるゆりかごである。だが我々はもはや両足で立ち上がっている」とは、フォン・ブラウンの言を借りたダイアジノンの主席就任演説である。

解放運動家としてのアルフレッド・ダイアジノンの立ち位置は保守穏健派であり、火星独立を声高にとなえても地球との武力衝突は徹底して回避している。

地球高官への根回しや、独立過激派との折衝を忍耐強く続け、戦争によらない火星独立が現実味を帯び始めた矢先、事態は急転直下する。

火星暦172年、地球への13度目の独立交渉に旅立つその時、ブレンダ・アボット空港において、ダイアジノンが暗殺された。

火星利権の恩恵を受ける独立反対派、ダイアジノンの平和路線に否定的な独立過激派、さまざまな犯人像が取り沙汰されたが事実は現在になっても不明である。

アルフレッド・ダイアジノンというバランサーを失ったことで火星史は大きな「うねり」をむかえる。


ダイアジノンの暗殺を受け、独立過激派は語気を強めて主張した。

「英雄アルフレッド・ダイアジノンは凶弾に倒れた。火星独立を阻もうとする卑劣なテロリズムである。諸兄よ、アルフレッドの死を無駄にしていいのか。このまま独立の歩みを止めるならば、アルフレッドは無駄死にである。アルフレッドの意志を継げ。独立のその日まで、我々が立ち止まることは許されないのだ」

世に言う『後継宣言』である。

平素、武力闘争を肯定し、アルフレッド・ダイアジノンとは対立関係にあった独立過激派も、この時ばかりはダイアジノンの暗殺をアジテーションの道具として最大限に利用した。

世論の圧倒的な支持を受け、独立過激派は火星議会において主流を占め、目的のためには、方法を問わないという理念のもと独立運動を継続してゆく。

それは、ダイアジノンがもっとも忌避した、武力による独立の獲得であった。

火星資源輸出の禁止

地球渡航制限

火星移民の規制


独立過激派は地球との対決姿勢を強めていく。

そして『アルフレッド・ダイアジノンに捧ぐ、』と銘打たれた演説文が行政府主席パトリック・エリコによって高らかに読み上げられた。


事実上の独立宣言である。この演説は、この日、6月7日を持って『6月7日演説』と呼ばれる。

しかし、この独立宣言とも言うべき演説は通称であり公式文書に記載を見ない。その理由は後の歴史が雄弁に説明している。


地球はこの演説に迅速に対応する。

二百万人による、火星降下制圧作戦が採択され、地球各国の連合所帯で編成された第一から第三十五師団までが火星に投入された。


『8月の雨』

火星降下作戦のコードネームである。

火星移民がはじまってから約一世紀。地球と火星の人口比は百対一。国力もこれに準じる。

火星は為す術なく、降下した地球軍によって占領された。

アルフレッド・ダイアジノンが武力衝突を徹底して避けた理由。人道や友和はお題目であり、この戦力差こそが、その理由であった。

行政府は解体され、騒乱の罪を持ってパトリック・エリコ以下、議員二百余名が銃殺。

6月7日の演説を、独立宣言と呼ぶことは占領軍から堅く、いましめられた。火星占領はこの後7年続く。


言論統制

集会の禁止

結社の禁止


行政府の解体された火星は地球の直轄支配となり、独立派は過激派穏健派を問わず徹底的に弾圧された。

抑圧に対し、非暴力を唱える火星一般市民が火星首都マルセリアの中央広場にてデモ行進を行い、占領軍に武力鎮圧されるという痛ましい事件も起きた。死者286人重軽傷者8600人余。火星暦195年12月のこと、世に言う

『クリスマスの惨劇』である。

火星行政府に代わる行政機関として、火星代理府が置かれ、代理府長官には地球から高級文官が派遣された。

しかし火星は独立を果たすことになる。もっとも皮肉な形で、ではあるが。

独立の転機は地球で起こった。

火星の開発、管理は地球の連合国家によって主導され推進されてきた。火星のテラフォーミング計画の発端は国連傘下の火星開発機構が舵取り役であったが、火星利権の増大とともに、利権の調整を主とした組織に肥大、変貌してゆく。

疲弊し、枯渇した地球に代わる新フロンティア、火星。その利権は各国が銃火を交えるほど、芳醇な魅力に富んでいる。

火星地下深くに眠る希少鉱石、化石燃料に代わる新エネルギーの可能性、何より澄んだ大気と肥沃な大地。

地球の各国は火星行政府との不平等条約を盾に、熱狂的に資源を汲み上げた。

その状況下において、パトリック・エリコの独立宣言は当然看過できるものではなく、35個師団による火星占領も、この火星開発機構が船頭を取ったものである。

振り返ってみれば、火星開発から火星の占領までの一世紀半、この期間こそ地球が最も平和だったのかもしれない。

地球の歴史は戦火の歴史である。絶えずその地平において、主義思想、民族、利権さまざまな理由を掲げて争うあう。

しかし、火星という新フロンティアの開発と、その反乱は一時の静寂を地球にもたらした。

「内部の融和を図るに必要なものは外敵の存在である」とは史上の誰の言葉であったろうか。地球は火星という仮想敵を作り上げることで仮初の平和を保っていたのだ。

火星という敵を占領し、敵を失ったいま、地球が再び戦乱を招くのは当然の業であろうか。

火星占領後の、利権の再分配をめぐって地球各国は反目を始める。

火種は『レンブラントライン』。火星開発局常任理事、ウォルフ・レンブラントが提唱した占領後の火星利権の分配比率を記したレポートである。

分配比率はある一定の国家に大きく傾き、反発を強めた。

レンブラントは主張する。

「火星の造反を防いだのは三十五師団を投じた国家達である。その他はなにをしていたか、狩猟に参加もせず獲物を要求するとは厚顔極まりない」

火星利権は『8月の雨』に投じられた戦力、計三十五個師団を供出した国家群に対する対価である、という内容である。

レンブラントの落した火種は、またたく間に燃え広がった。まさに遼原の炎である。

戦端が開かれるのに、時間はさほど要しなかった。

火星利権分配のために作られた地球の結束が、火星利権のために崩壊する。

皮肉と言えば皮肉だが、当然と言えば当然でもある。

地球は大小14の陣営に別れて泥沼の内戦に突入する。

世に言う『分裂戦争』である。

決戦主義という言葉がある。ひとつの戦場ひとつの戦闘で戦争の雌雄を決するという考え方である。

しかし、第一次世界大戦期から戦争の形態は総力戦という名の殺し合いに形を変える。ひとつの戦場で戦局が決着する事はなくなり、戦争は国力の続く限り継続しなければならないものに変容する。

しかして近代の戦争は総じて総力戦である。つまり何が言いたいかといえば、一度戦端が開かれれば、長期化は免れないということ。例外なく、地球の火星利権を巡る分裂戦争も長期化の様相を呈した。

戦局が硬直してしばらく、地球の各国は打開策として火星に打電する。

火星には虎の子の火星占領軍、三十五個師団が温存されてあるからだ。

火星占領軍は地球各国の連合所帯である。軍の総帥権はシビリアンコントロールの名目で火星代理府長官に集約されている。

よって、各国の超高速通信は代理府長官に向けて送られるのだが、内容は一律であった。

曰く、我が国家の軍備を占領の任から解き、地球に送還されたし、と。

時の火星代理府長官、マルケス・アンドレッティ・ダ・シウバは地球からの超光速通信を受け取り、七時間、執務室の扉を閉ざしたと記録が残っている。

扉を開いたとき、彼は保身と野心の両天秤を解決していた。

師団を預かるアレックス・グーリンベイト元帥以下幕僚を招集し、指揮権の確認をしたあと、なんと彼は火星全土及び地球に向け独立を宣言したのだ。

まさに驚天動地。

以下はマルケス・アンドレッティの独立宣言の全文である。

「地球は遠く離れた森の果実を求め、醜く争っている。しかしこの果実は誰のものか。この森を育てた火星移民のものである。私は、ずっと私の職務を憂慮してきた。果実をもぎ取る盗賊か、それとも果実を守る番人なのか。ならば私は私の誇りに問う。私が何者であるのかを」

これまでの経緯を全否定した上で、自らが移民の守護者であると宣言したのだ。

マルケス・アンドレッティは地球の出先機関である代理府の長官であることより、フロンティアの王になることを望んだ。

移民が待ち望んだ独立は、地球の高官の裏切りによってもたらされた。

無論、これに喝采を叫ぶ移民はいない。

マルケス・アンドレッティの造反にもっとも驚いたのは地球であろう。

戦端を開いてまで欲した火星の富が一人の裏切り者にまんまとさらわれてしまったのだから、その怒りは想像するに余る。

火星独立許すまじと再度の火星侵攻を計画するが、泥沼化した分裂戦争の停戦交渉は遅々として進まず、さらに今回の敵は脆弱な火星移民ではなく、火星占領軍精鋭の三十五個師団である。

地球の内紛が長引くと踏んだマルケスの思惑通り、地球は火星の独立に異議を唱えつつも、行動を起こすことはできなかった。

結果的に火星は独立を果たしたことになる。独立に燃え、血を流した移民の手によってではなく、一人の地球人の裏切りによって。

しかし、マルケス・アンドレッティの絶頂も長くは続かなかった。

師団の解体と再構築に着手しようとしたマルケスに、軍部が反発。『血の日曜日』と呼ばれるクーデターが勃発、マルケス以下その側近十数名が銃弾によって永遠に歴史のページから退場を命じられた。

後を継いだのは軍閥化が進む火星にあって、その主席に位置するアレックス・グーリンベイト元帥。マルケス暗殺の首謀者とも目される人物である。

流血の連鎖は続く。アレックス・グーリンベイト元帥が選挙も信任もなく火星元首に就任し、その就任演説を行おうと、旧ダイアジノン広場に登壇した時、暗殺者の弾丸がその眉間を直撃した。

捕らえられた犯人は、独立過激派のわずか十六歳の少年であった。

ちなみに余談ではあるが、旧ダイアジノン広場とは火星行政府ならびに代理府が置かれた第一都市マルセリアの中央広場である。故アルフレッド・ダイアジノンを記念してその名を与えられたが、火星占領に伴い第一広場と改名された。パトリック・エリコが『6月7日演説』を提唱した場所でもあり、占領軍によって銃殺された場所でもある。

アレックス・グーリンベイト元帥が暗殺され、軍部は後継者争いを繰り広げる。

もともと連合所帯であるから、指揮系統が一枚岩ではない。

この後継者争いは、ここでは割愛するが、最終的に35個師団は大小125の軍閥の分裂し、その後七つに集約、統合されてゆく。この七つの軍閥によって火星は分割統治されることとなる。

よって、初代マルケス・アンドレッティ・ダ・シウバ。二代アレックス・グーリンベイト以後、火星元首という役名は使われていない。

火星と地球。この双子星は時を同じくしてその大地で内乱を行い、多くの血が流れた。

結果、火星は七つに。地球は十四に分裂する。

内乱時も火星への移民は続いたが、過去の移民が新天地の開拓を夢見たのに対し、地球の戦火から逃れるため、という目的が多数を占めた。

この後期移民が総じて地球難民と呼ばる。

地球難民の比率は、分裂戦争に劣勢な国々の出身者が多数を占める。

火星を分割統治する軍閥も、地球から逃れてきた国家の難民に政治的な価値を見出さず、極めて冷淡な処遇を下す。

下水処理も滞るような都市部の一区画を難民自治区とし、キャパシティを無視して多数の難民を追い込み徹底的に管理した。

また、火星移民も地球難民には好意的ではない。

移民からすれば、地球難民も『クリスマスの惨劇』を行い、言論を統制し、自分たちを占領した地球の一派である。地球で不利になったからといって、移民達が同情する理由はない。

結果、火星に新たな階級が誕生する。

軍閥政権を担う支配階級。被支配階級としての火星移民。

そしてそのどちらからも忌み嫌われる、地球難民である。

「地球難民が、軍機のパイロットをしていることがまずい」

春彦・赤槻はそう言った。その背景には先日の難民暴動が関係している。

移民とちがい、地球難民には選挙権も公職権もない。自治区からの移動でさえ厳しい制限を受け、火星においては最下層階級に位置している。

唯一、この難民から脱する方法は軍人になること。春彦はこの道を取った。難民自治区学校から軍士官学校に中途編入し、優秀な成績で卒業。希望通り、空軍に配属された。

地球難民という出自からすれば異例の出世である。

その後も武勲を重ね、30歳にして中隊を預かる小佐に階級を進めている。

しかし、そこで難民暴動が起きた。

地位向上を求める地球難民のデモ行進が、軍の鎮圧を受け過激化、暴動に発展したのだ。

自治区を囲うバリケードを破った難民は都市部においてゲリラ行動を取り、最終的に鎮圧されるまでの二週間、激しい抵抗をした。

春彦・赤槻はこの時、鎮圧する側であったが、暴動が決着するまでの二週間、待機命令のまま自室に閉じ込められた。

ペルマで出撃し、地球難民側につく危険性を懸念されたのだろう。

そして突然の除隊勧告である。

軍への忠誠心と地球難民という出自を天秤にかけられ、危険と判断されたのだろう。


「どうせだったら、軍のペルマを全部撃ち落としてやりゃあよかった」

春彦が毒づいた。

暗に自分より優れたパイロットはいないという自負が見え隠れする。

「そんなこと言ってるとホントに捕まるよ」

秋が呆れたようにたしなめる。

「だってぇ」

「だってもなにも無いでしょうが、帰るよ」

「やだ」

「うるさい。来い」

面倒くさいと、秋は春彦の腕を取る。

「やだよ。母ちゃん怒ってるんだろ」

「ああ、頭からツノが生えはじめてる。先の尖った尻尾が生える前に連れて帰らないと、この世の終わりだ」

「あぁもう絶対やだ」

「黙れ」

なおも抵抗する春彦を足払いし倒れたところを担ぎ上げた。秋は、か細い割に力がある。

「ホントに帰るのか」

「連れて帰らないと、俺がヤバい」

「人でなし、兄を売るのか!」

「売られるような兄が悪い。どうしてだろう、ぜんぜん心が痛まないんだ」

秋に担がれて、難民自治区の大通りを、春彦の悲鳴が鳴り響いた。





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