1-1【旅の始まり】
ガタッガタッ……
無機質な騒音が鳴り響く
「ん……ん?」
俺はその大きな音に驚き、その場に起きあがった。
かび臭い匂い。汚い床。
何が書いてあるかわからない書類のような紙。
ここは、どこかの研究所のようだ。
俺は……なんでこんなところにいるんだ?
なにも思い出せない。
とりあえず。ここを出よう。ここはなにか変だ。この異質なにおいのせいなのか、汚い床のせいなのかはわからない。だが、ここは気持ち悪い。ここに居たらおかしくなりそうだ。出よう。
そう決心してから、俺は少し歩いた。俺の目の前には大きな扉が広がっている。
こんな大きな扉……何で研究所に?
「おっと、生き残りか?」
とっさに声が響き渡った。
俺は驚いてその声のほうに振り返ってしまった。
「制服を着ていないということは、私たち近衛師団の人間ではないな。」
そう言い、静かに剣をこちらに向けてきた。
「こどもか。だが、ここにいるということは、ここの関係者なのか?答え次第では見逃してやる。答えろ。」
「あ?てめぇ。人に名乗らせるときは自分から言えって習わなかったのか?バカ野郎。」
「なに!?貴様!!私を愚弄する気か!!貴様は今、自分の状況がわかってないようだな。教えてや―」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!」
ガン!!
俺はそいつが話に夢中になっている間に頭部を、そこにあった消火器でなぐりつけた。
バタッ
その男は、その場で気を失った。
「はぁ……はぁ……なんなんだ?こいつは………とりあえず。」
とりあえず。俺はここを離れることにした。
行く宛があるわけじゃないが、こいつの言ってたことから察するに、近衛師団ってのがここにいるんだろう。そいつらもこいつみたいに俺を殺しに来るんだとしたら……今はここから離れたほうがいいな。
ガヤガヤ……
ざわざわ……
「ほう。動き始めたか………世界が。歴史が……」
「ちょっと。なにぼーっとしてんのよ。早く行きましょ リュウ。」
俺はあの研究所から少し離れたところにあった街の中にいる。
ネオンが輝いている。近代的な街のようだ。
少し。おなかがすいたな。
俺は少なからず、昨日から、何も食べていない。
『少なからず』というのは、俺は起きる前にあったことを覚えていない。
だから、いつから寝ていたのかもわからない。もちろん寝ている間にものは食べられない。だからいつから食べ物を口にしていないのかわからない。
バタッ
俺は、空腹でその場に倒れた。
目の前が真っ白になっていく。
俺が目を覚ましたのは、それから数時間後のことだった。
どこかの家の部屋といった感じの場所に寝ていた。
「お、起きたか?」
俺が辺りを見まわしていると、後ろから少年の声が聞こえた。
どうやら俺が起きたのに気づいたらしい。
「よ。どうだ?調子はよ。」
「お、おう。おかげさまで……」
いきなり少年が目の前に現れたため、少し同様してしまった。
「そうか。そりゃよかった。
あ、そうだ。俺『バーン』お前は?」
「お、俺?俺は………………」
「ん?どうした?」
俺には記憶がない。もちろん。自分自身についても、それは例外ではなかった。
「わりぃ。今は、答えられないんだ。」
俺は作り笑いをしながら答えた。
「ん?そうか。別に良いぜ。でも………呼び方がないのは不便だからな。じゃあ………リュウ。
『リュウ』だ。お前の名前はこれから本当の名を名乗ってくれるようになるまで。」
「『リュウ』………か。わかった。よろしくな。バーン。」
そういって俺は手を差し出した。
「おう。リュウ。」
そういい、バーンは俺の手をつかんだ。
「そうだ。お前、なんであんなところで倒れてたんだ?家は?両親は?」
「あ、ああ。俺………なんていうか………身寄りがねぇんだ。親もよくわかんねぇ……………」
「そっか。じゃあ俺と同じだ。」
「え?」
「俺もな。居ねぇんだ。親。」
「…………」
俺は、その言葉に対して、何も言うことができなかった。
「いや、捨てられたんだ。俺は…………両親に。まだ………顔もはっきりわからねぇ。そんな小さいときに…………そんなクズみてぇなヤツが親なんだ。生きてるのが惨めになるぜ。」
バーンがその言葉を発してから、その場の空気は重くなり、俺もバーンも、一言も発することはなかった。
「アニキ!!来てくだせぇ!!」
その場を打ち砕くか如く、ひとりの少年が声を張り上げて部屋に入ってきた。
「!? なんだ。お前か…………」
「誰だ?」
「ああ。俺のダチだ。 どうしたんだ?ヤナ。」
「ハッ!! ヤツらが来ました。」
ヤナと呼ばれたその少年は、その場でバーンに敬礼し、ハキハキとそう答えた。
「ヤツらか……… わかった。今行く。」
「待ってくれバーン。少しは説明してくれ。いったい何なんだ。ヤツらって誰だ!?」
「ん?ああ。 まぁ簡単に言うと……… 国のお偉いさんだ。」
バーンは、さっき俺と話していた時とはまるで違う。別人のような顔でそう言った。
「そうだな。ちょっと来い。 お前。身寄りがねぇならここに住め。」
「あ?ああ。 そりゃ。住まわせてくれるのは嬉しいけど…………」
「よし決まりだ。じゃ、ついてこいよ。」
バーンは、俺の話を聞かずに俺を無理やり外に連れて行った。
そこには、いかにもといった感じの人がおり、その周りには何人かのSPがいた。
「君がバーン君かい?大きくなったね。」
お偉いさんがバーンに対し、手を差し伸べながらそうつぶやく。
「うるせぇよ。」
バシッ!!
バーンは、その手を平手打ちにし、相手を睨みつける。
「今日は茶をすすりに来たわけじゃねぇんだろ? なら、そんな世間話はなしだぜ。」
「ふっ……… 体は大きくなっても、中身はこどものころと同じ……いや、退化したね。」
「てめぇにゃ言われたくねぇぜ。 もっとも、アンタは退化もできねぇぐらい落ちてるか」
「貴様!! それ以上の天皇に対する侮辱は許さんぞ。」
SPの中の一人が体を乗り出そうとしたが、それを天皇が片手で抑える。
「いい。むこうは普通の人間じゃない。お前では瞬殺だぞ?」
「ハッ。」
「なんだよ。幼稚なうえにチキンなのか? 今の天皇ってのは。 これじゃこの国の未来は暗いなぁおい。」
その様子を見ていたバーンが煽る。
「ふふ。 バケモノにはそれ相応の倒した方があるものだ。仕事だ。 『アイゼンバルト』!!」
天皇がそう叫ぶのと同時に、裏から大量の人間が歩いてきた。
「ふふ。 こやつらは、ただの人間じゃない。 お前と同じバケモノだ。 一人一人が、一個艦隊並の戦闘力だ。 いくら貴様でも、この量相手は無理であろう。」
ボキッ ボキッ
バーンは、やれやれといった感じで首をならし、数を数え始めた。
「ざっと100ってとこか?」
「そうだ。 落ちろ。魔物よ。」
「バーン……」
「心配すんな。大丈夫だ。」
俺が不安げな表情をしたのがわかったのか。バーンは俺にそう言った。
「一個艦隊? ってこたぁ………これ全部合わせて100個しか艦隊を集めてこなかったのか? 足りねぇよそんなんじゃッ!!」
ヤツら目掛けてかけていくバーン。
「ふん。はったりもそこまでくると滑稽だな。 やれ!!」
「ニヒッ」
バーンは、ゆっくりと右手を上にあげた。
そしてその手をしっかりと握りしめた。
ボッ
その音と同時に、バーンの右手は炎に覆われた。
「ちゃんと喰らえよ!! こいつが俺の能力。 『炎化武装』だ!!」
バーンは、右手の炎を伸ばしたり、張り付けたり、自由自在に操り。次第に敵は天皇一人となっていた。
「よお。 国の象徴ご苦労さん。」
「は、はは……… どうも……」
「オラァ!!!!」
バキッ
バーンはその炎で、天皇の顔を思い切り殴りつけた。
「さっすがアニキ。最強っすね」
俺は声が出なかった。あれだけの大軍を、一人で、俺とさほど歳がはなれてもいなさそうな少年が、一人で倒してしまったのだ。
「な。リュウ。大丈夫だったろ?」
そういい。バーンは微笑んだ。
「おいバーン。時間かかりすぎだろ?」
「!?」
俺が声をかけようとしたとき、バーンの背後から不思議な生き物が出てきた。
「ん?ああ。フレア。悪い。ひさしぶりでな。」
「お、おいそいつ………」
俺はその生き物を指さしながら、震える声で聞いた。
「あ? お前………こいつが見えるのか?」
「どういうことだ?」
「こいつは妖精だ。」
得意げな顔のバーン。
「俺は火の妖精。『フレア』だ。」
「妖精が見えるってことは、お前。 能力者なのか?」
「能力者? よくわかんねぇよ。」
俺は、目の前で起こってることが衝撃的すぎて、整理がつかなくなっている。
「妖精?能力者?なにを話してるんだかさっぱりだ!!」
「そうか。 でも、能力者なのは間違いないな。フレアが見えるならよ。」
「まぁ………そういうことならそうなんだろうな。」
「準備できましたぜ。アニキ。」
ヤナが荷物を持ち、ニヤニヤしながら呼びかける。
「お、じゃあ行くか?」
「あい!!」
「俺もできました。アニキ。」
ヤナの隣から、もう一人の少年がパソコンを持ち、出てきた。
「おう。」
「行くってどこにいくんだ?」
「ん?ああ。旅に出ようと思ってな。」
わくわくした表情を浮かべながら話しているところを見ると、まだこどもだと思う。
「お前も来いよ。リュウ。」
そういい笑顔で手を差し伸べる。
「…………ああ。」
俺はその手を握った。