フーダニット、ワイダニット
6 フーダニット?ホワイダニット?ハウダニット?
「あ〜、あの爆発事件ですかぁ。あれ大騒ぎでしたもんね。そっか、ウチの高等部の生徒
がいたとか聞いてたけどアレ、センパイ達だったんだぁ〜」
皆川千代が、あっけらかんとした口調で言った。
「俺とヨーヘイね。退学かと思ったね。停学一週間で済んだってのは奇跡っつうか………。
まあ、マツリカさんとイロハさんの差し金だったわけだけどさ」
はあ、と溜息をついて布施弘毅が答えた。むしろ退学のほうがよっぽどマシだったかも
知れないとぼんやりと空を見上げている。
「アレ以降、不良非行少年扱いですヨ。浮いた存在になっちまってまあ面倒で仕方ないっ
たらないわ………」
「たしか〜ニュースだとガス爆発だって言ってたケド、そっかぁ、タマキセンパイがドカ
ンと一発!かぁ〜!やっぱ魔法少女ってすごいすごい!」
「ちょ!チヨちゃん!そこ!憧れるポイントじゃない!ないないない!」
「そうだよ、アレで俺、死にかけたんだからよう。ろくなもんじゃねえっての!」
そう言って、三笠環と布施弘毅は、ハムを睨んだ。ハムはいつもどおりのがらんどうの
目ハの字の眉毛、ムの字の口元というふざけた表情で飄々としている。
「ハハッ。確かにあれは大事件だったねえ。私もマツリカも事態を収拾するのに大分苦労
したものさ。六年前のソレとくらべれば大した事ではなかったけれども 」
と、言ったところでしまったと、ハムは言葉を濁した。
「六年前?」
皆川千代が食いついた。
「もしかしてあの〈大火災〉ですか?丘の上の公園であったあの事件ですか?アレは大騒
ぎでしたねえ。街の東北の丘にある………名前は忘れちゃったけど大きな公園。あそこで
大火事が起こってもう大騒ぎでしたもんね。サイレンがウーウー鳴ってテレビに釘付けで
したもん。あれってなにか関係があるんです?魔術に?」
皆川千代がそう言うと、〈六年前〉という言葉に反応して、三笠環の表情が陰った。そ
れを見たハムは、別の話を皆川千代に振った。 勘のいい娘だ。皆川千代という娘は。
そう、思いながら。
「いや、それはまあさておき、チヨ。魔法少女見習いの君にここでひとつ問題だ。」
「はいはーい!どんとこいですよ!」
そう言って、皆川千代はえへん!と胸を張る。先ほどの質問は綺麗サッパリ忘れている
かのような切り替わり様だ。それだけ、魔術に関して色々と興味があるということだ。皆
川千代は勘が鋭い。ソレは能天気に、唐突に核心を突く。周りの都合の良し悪しなど関係
なく、それは時として混乱をもたらす。そんな時、ハムはいつも魔術に関する質問をして
話をそらす。
「我々、魔術師が魔術を行使する際に展開するものは?」
「結界!結界です!」
「正解。さて、結界の主な効果を述べよ。」
「えーっと、人を寄せ付けないようにする効果と、〈世界の修正力〉ってやつから逃れる
ための………んーっと………シカク!死角効果!魔術を安全に行使するために、必要な最
も大事な効果ですね〜」
「正解。さてさて、じゃあ魔術師が行使する魔術の種類は大別して二つあるそれは何?」
「〈概念魔術〉と〈実体魔術〉!」
「それも正解。チヨは優秀だなあ。」
えへへへ、それほどでも〜と皆川千代は照れている。その後、ハムと皆川千代の間で、
魔術に関する講義が始まった。
ーーー魔術とは、絶えず変化し続ける既存の〈世界〉への対抗装置として魔術師によっ
て考えだされた新規の〈セカイ〉創造法である。便宜上、〈世界〉という存在を〈神〉と
するのであるならば、魔術は、神に対抗する為の手段であるといえる。魔術師は、結界を
形成することにより、〈世界〉の中に世界に干渉されない魔術師個人の〈セカイ〉を構築
することで世界に対して独立を宣言する。魔術師個人の構築したセカイ(結界)内では、
あらゆる因果・事象は、そのセカイを構築した者の設定したルールに支配される。物事の
過程と結果の関係は、既存の世界の常識を超えて成り立たせることが可能となる。故に、
超常現象といわれることをなすことができるのである。
魔術行使においては、大別して二種類の魔術行使体系がある。
〈概念魔術〉と〈実体魔術〉だ。
両者の違いは、その発動における段階の取り方に見られる。概念魔術は、この世に存在
するありとあらゆるものの概念に働きかけ、その影響を、物理世界に反映させる。つまり、
最終的に物理的な効果を得ようとするならば、一度、その存在を構成する〈概念〉に干渉
し、そこを経由することで、その存在の物理的実体に到達し、物理的な効果を得るという
経路を取る方式である。それに対して、実体魔術は、概念干渉を介さない。概念を経路と
して使用せず、直接物理世界の存在を各々の術式で変容せしめるという点である。
実例を出そう。炎を行使する魔術において説明する。概念魔術は、炎の概念を形作り、
その概念を燃やしたい対象に撃ち込み、その対象に、炎が身を包んでいると強制的に錯覚
させ、そのリアクションとして、物理的に燃えるという現象を起こすというプロセスをと
る。
一方、実体魔術は、概念を叩き込むということはしない。それはどういうことか?文字
どおり、〈実体のある炎を作り出し、対象を燃やすことが出来る〉ということである。既
存の世界の物理法則ーーー例えば、燃素を用意し、点火すると言った方法ーーーに縛られ
ず、魔術師個人の構築した因果形成プロセスを以って、直接的・物理的に発動させること
ができる。
魔術の多くは、その発動プロセス、シークエンス、構造が、結界という自己の意識(精
神、概念)を拡大した領域内で顕現せしめるものだ。結界そのものが概念に働きかけるも
のであるがゆえに、魔術師が行使する魔術のそのほとんどは概念魔術に該当する。
いや、むしろ、概念魔術を行使することが強いられているといっても過言ではない。それ
は〈世界の修正力〉から自己の魔術行使を隠匿するのに、実体魔術より容易であるという
点からもそう選択される/せざるを得ないと言える。
「〈世界の修正力〉ってそんなに厄介なんです?」
ほへっ?と小首を傾げて皆川千代が尋ねた。
「厄介も何も!」ハムは声を大きくして言い、続ける。「危険だね!大いに危険さね!故
に別称として〈死神〉と呼ばれるくらいにはね。だからほとんどの魔術師は、どちらかと
言えば感知されにくい概念魔術を展開することが多いのさ。実体魔術はあまりにもあから
さまに既存の世界に反抗的だからね。」
「ふーん。でもでも〜、その〈死神〉から逃れるために〈結界〉を張ってるんでしょう?」
「まあね。実のところ、概念魔術も、実体魔術も結界が安定して張られていればさほど問
題にはならないんだけどね。実際問題はエネルギーの偏りさ。ソレに対する修正力。子細
を説明するには長くなるので省くけどね。とはいえ、結界を安定的に張り続けるのもそう
容易ではないけどね。後は術者の能力にもよるね。後者を世界の修正力から上手く隠匿し
て発動できるのは高位の魔術師か異能者か、もしくはそれ以外の特別な何かによるけども」
そう言って、ハムはちらと三笠環の方を見る。
「〈魔眼〉ーーー例えばタマキのソレとかね。」
三笠環は、そう言われて、自身の右目 魔眼 をさすり、言った。
「………結局、この魔眼が励起しなければ、実体魔術は発現しなかった。つまりあの爆発
事故は起こらなかったって言いたいわけ?全部アタシのせいってわけ?」
「いやいや、そうは言ってないさ。アレはこちらにも手落ちがある。それは素直に詫びる
よ。」
ハムはそう言って深々と頭を下げた。
「やけに素直じゃない?珍しいこと」
「事実だからね。それにしても………」少し、間をおいて続ける。「私が展開した結界が
ああも見事に破られるとはね。いい手駒を揃えたもんだ。流石というべきか………」そし
てハムはつらつらと独り言をつぶやきはじめた。
「………結界とは、現実の続きとしての虚構を否定し、独立した現実、もう一つの世界と
して振る舞うことにより、術式の発現、すなわち、因果関係の恣意的変化をもたらす。そ
れらは集合的無意識に接続し世界を統御する自己の意識の拡大に他ならない。しかし、あ
くまで本性は、現実の続きであり、夢の続きではないため、その効果の持続には膨大なエ
ネルギーを必要とする。現実世界との袂を分かつものであるから、過剰な結界構築は、世
界に修正される危険が高まる。これを通称〈死神〉と呼ぶ………」
一呼吸置いて、ハムはまた喋り始めた。
「この私としたことがね。奴らは私の張った結界のほんの僅かなほころびをついて上手く
侵入し、結界の機能を徐々に不全にしていきやがった。そして、あわよくば、〈死神〉を
誘発しようとしていた。ーーーよっぽど私たちの〈魔法少女システム〉が気にくわなかっ
たのかねえ?まったく。ーーー誰にとっても得にはならんのに。大それた事をやりやがっ
たもんだ。」
「ーーーあの時、場に満ちていた魔力はハムから供給されたエネルギーだけじゃあなかっ
た。」
三笠環がそう言った。
「そう、あの時、あの場に満ちていた魔力は、私が普段タマキに貸与・供給しているエネ
ルギーだけではなかった。それも莫大な量だった。それに気づいたのは後からだったけれ
どもね。タマキがキレなくても、〈魔眼〉は励起させられたはずだ。その点に関してはタ
マキが責任を感じる必要はないよ。しかし、まったく、忌々しい。」
ハムはチッと舌打ちし、続ける。
「私達が追っていたガイスト。アレがそもそもガイストではなく、奴らがガイストに偽装
した式神だった。しかも死体を依代にした、ね。そいつにはこれでもかってほどの魔力が
詰め込まれていた。受肉の大きな利点はそこだからね。爆弾を体中に取り付けられて逃げ
回らされた囮のようなものさ。気づいた時にはもう遅い。追ってきた者を道連れにドカ
ン!とね。」
「いや、追ってきた者じゃあなくて追われた俺がドカンとやられたんすけど………?」
布施弘毅がうんざり顔で言った。しかも、やられたのは三笠環の魔眼で。さすがにソレ
は口には出さなかったが。
「つか、ハムの話だと、奴らがハメたかったのはタマキとハムとマツリカさんであって、
俺ではないわけじゃん?俺とヨーヘイは単なる一般ピープルなわけだし。俺だけが被害を
もろに食らったのは単なる偶然なのか?タマキの動揺を誘って魔眼を励起させるための死
んでも構わない駒として扱われたわけ?でもその割には大してハムとタマキはダメージを
喰らってないわけじゃん。」
「喰らったわよ、精神的に。人を殺してしまったかと思ってホント、あの時はキツかった
んだから………」
「いや、そういうことじゃあなくてさ、実際、あの場にはすごい量のエネルギーがガイス
トっつうか式神?に蓄えられていたわけだろ?んで、俺とヨーヘイの存在がタマキの動揺
を誘わなくっても、キレなくても〈魔眼〉の励起は可能だったわけっしょ?だったら、俺
だけでなく、タマキやハムも物理的に実体魔術とやらでもろともにできたわけじゃん。」
「あー確かに」と皆川千代が言った。「さっきハムは式神を〈爆弾を体中に取り付けられ
たようなもの〉って言ってたし。それだけの破壊力があるものを、ハムが感知できないく
らいの偽装工作をして送り込んだにしては………」
「そう、敵さんの労力と能力の割りには、こちらが受ける被害が少なすぎるってのがさ、
気になるわけよ。」
「ですよねー。タマキセンパイと、コーキセンパイと、あとヨーヘイって人とハムを実体
魔術でもろともに始末できちゃう能力があったのにも関わらず、被害を受けたのは一般人
のコーキセンパイ〈だけ〉なわけで………でもやり方は明らかに魔法少女の、特殊な世界
の人であるタマキセンパイを狙ってきたわけで………あれ?」
うーんうーんと、皆川千代は腕を組んで悩み始めた。
ーーー誰が誰を狙って事件を起こしたのか?そして、目的は達成できたのか?そもそも
目的すらなんだったのか?
それが、見えてこない。どうにもぼやけすぎている。
「ハムの話を聞くとさ、奴らがやりたかったことって、ハムとマツリカさんを追い詰める
ことが目的だと推測できるわけじゃん?〈魔法少女システム〉の破壊ってのが目的だって
いうさ。」
「ですよねー」
「んで、手っ取り早くそれをやろうとするならば、ハムも感知できない程のレベルで偽装
された爆弾抱えたガイストもどきをタマキとハムに特攻させて始末させてしまうってのが
一番簡単で、現にそれができた状況だったわけじゃん。なのに、敵さんがやったことは結
局、かなり遠回りな方法で実体魔術ってえのを発動させて、〈死神〉を呼び出してしまう
ような状況を作って、ハムやマツリカさんの立場を危うくさせようっていう方法で………
でも実際、〈死神〉とやらは来なかったわけで………」
「敵さんにとっても〈死神〉というか〈世界の修正力〉が働くような事は避けたいはずで
すもんね。だって敵さんも魔術師ですもん。」
「そそ。自分にとっても害になることをわざわざやる意味がわかんねえんだよね。しかも
手段が遠回りすぎてさ。それに、俺とヨーヘイを使う必要すらないわけで………」
布施弘毅と皆川千代は二人して悩んでいる。誰が、何の目的で、その手段をわざわざ選
んで事を起こしたのか?リスクを回避出来るだけの能力を持ちながらも、敢えてリスクに
合わない対価を支払ってまで。
「ハム」三笠環が口を開いた。「アンタ、言ったわよね。『この件に関しては、私が全て
事を片付けるから君たちは深入りしなくていい』って。だから今まで、アタシとコーキは
敢えてアンタに事の真相を聞かないできた。………色々込み入った事情があるのはわかる
し、こちらとしても知った所で何ができるわけでもないし、むしろ関わらないで済むなら
ばそれですませたいけど………」と、一呼吸置いて続ける。
「ーーー結局、誰が何故どのような意図を持ってあの事件を起こしたのよ?そろそろ話し
てくれてもいいんじゃあない?」
しばしの沈黙の後、ハムが口を開いた。
「………そうさな、君たちに余計な負担をこれ以上かけないように敢えて言わないでおい
たんだが………まあ、事も片付いたことだし、そろそろ話してもいい時期かもね」そう言
ってしっかりと三笠環と布施弘毅の方に向き直って続ける。「私たちの作った〈魔法少女
システム〉を快く思わない者。当初は、その線だと思った。タマキの魔眼についても知り
うることが出来る人物ーーーまあ、狭い業界だ。思い当たるフシは多々、ポロポロ出てく
るわけだが。ーーーそして、その線で探りを入れていった。が、事はちょいと複雑だった。
これもまた長い話になりそうだけど、時間はたっぷりある。さて、なにから話したものか
な?」
そう言うと、はいはーいと皆川千代があっけらかんとした調子で手を上げた。場を支配
していた張り詰めた空気が一気に弛緩する。三笠環と布施弘毅は、思わず、がくっと頬杖
を崩した。こういう子なのだ。皆川千代という子は。
「誰が何故どういう目的でどういう手段を使って事件を起こしたのか?ってのも気になる
んですけど、ソレより、先に、気になることがあるんですよ!」
そう言って、皆川千代は、布施弘毅を指さした。
「ん?俺?」
「です!コーキセンパイです!」
「コーキがどうしたってのよ。」
「その事件でコーキセンパイはタマキセンパイの実体魔術に巻き込まれて死にかけたんで
すよね?なのに今はピンピンしているじゃあないですか。フツーだったら死んでますよ。
運がよくたって全治数ヶ月って感じじゃあないですか。」
至極、当然な問いだった。今は九月の初旬。あの事件が起きたのは五月の中旬だ。アレ
だけの爆発を伴う実体魔術のあおりを喰らって半死半生の状態にまで陥った布施弘毅が三
ヶ月も経たないというのに、こんなにも普通にいられるというのは甚だ疑問だ。
「いくらコーキセンパイが古武術の達人だかといっても受け身でどうにかできるものでも
ないわけじゃあないですかぁ?体が丈夫ってレベルじゃあねえぞぉーーー!」
そう言って、皆川千代は、シュッシュッとシャドウボクシングの真似事を始めた。
「いや、別に達人じゃあねえし。齧ってただけだよ………それにあれは………」そう言っ
て、布施弘毅は胸をさすった。そして、ハムの方に視線を向ける。「そこのハム公のしわ
ざだよ。どんだけ修練を積んでても、運がよくっても、あんなんフツー死んどるわ………」
「〈し・わ・ざ〉じゃあなくて〈お・か・げ〉って言って欲しいねえ。」
ハムはニヤニヤとしながら布施弘毅を見つめ返す。
「恩着せがましい事を言いやがるなあコノヤロウ。つーか、最近は、俺を愚痴聞き役に仕
立てあげるための脅迫材料だったんじゃあねえかって思うようになってきたわ。」
「何をおっしゃるうさぎさん♪決してそのようなことはそのようなことは〜♪」
「あとあと〜まだまだセンパイ達はちゃんと出逢ってないじゃあないですか〜あたしは二
人の出会いが聞きたいんですよぉ〜う!早くっ♪早く♪話の続きっ♪」
おどけるハムと、腕をブンブン振り回してはしゃぐ皆川千代を見て、布施弘毅は、はあ
ーあ、っとため息を付いた。
空を見上げる。
突き抜けるような秋の空。天高く馬肥ゆる秋。
(あんとき見上げた空は、何色だったっけなあ?いや空じゃあなかったか)
まあいいや。
投げやりにそう呟いた。